第9話【オーバーキル】

 アイテムも潤沢で、モンスター相手の戦闘は今のところ問題なく進めている。人の気配はない。


 その後も通路にいた猪鼠3体を倒し、2つある扉を両方開け、中にいたモンスターを片付けると宝箱を開ける。


 宝箱を開けるたびに身代わりの護符を譲渡して返却するのは面倒だし、前線に立つ武藤さんに持っていて欲しいということで、身代わりの護符については有坂さんからの提案で武藤さんが装備することになった。


 小部屋での戦闘で僕も風魔術を使ってみたが、魔法はとても強力で何の問題もなく一撃で猪鼠を倒せた。


 僕の場合は職業補正がないのでMPが枯渇しやすいのが難点ではあるけど、MPポーションがあることと、基礎ステータスを伸ばすことで何とかなりそうでもある。


 小部屋に人はいないが、血痕はあちこちに増えていて、注意を払わなくても視界に入る。それに鉄サビのような匂いがする。

 それは通路も同じ……いや、通路にこそ血の痕があちらこちらについていて、殆ど乾いているものから、半乾きのものまであって、時折原国さんが血痕を見つめている。



「生存者を見つけた際のことを、少し詰めておきましょう」



 通路のモンスターを倒して、僕たちはレベル4に上がった。

 スキルポイントの割り振りも必要なので一度立ち止まる。


「2名以下の場合、パーティーに組み込むことが出来ますが、私としてはしばらく様子を見てから、の方針を提案します」


「怪我をしていれば手当てをして、保護、同行はするけど、パーティーに即加入はさせない、ということですね」


 原国さんが提案を投げかけ、有坂さんがそれを受けてまとめる。


 有坂さんはとても頭の回転が速い人だ。成績も学年でトップクラスで、情報を整理するのも上手な人だからクラスメイトにも頼りにされている。

 そして、穏やかだけど物怖じもしない格好良さもある。


「その通りです。パーティーに加入させない理由としては、今のところ我々はスキルポイントコイン、モンスターコインをパーティーで共有して使用している点が1つ」


 原国さんが僕らを見ながら言う。


「パーティーメンバーはメンバーのステータス、スキルの表示がされるため、真瀬くんのガチャスキルを隠匿出来ないのが1点。それからアイテムも共有のストレージに入れているのもありますね」


「確かによくわからない人を加入させてしまうと、奪われてしまう可能性はだいぶありますね……しかもこちらの戦力やスキルも丸裸になってしまう……」


 原国さんの言う通り、僕たちはこのダンジョンで得るものは共有化をしている。だけど助けた人や出会う人がそれに本心から賛同するとは限らない。


 自分さえ良ければいい、という考え方は僕にはよくわからないけれど、そういう人がいることは知っている。

 幸いここにいるパーティーメンバーにそういう考え方の人はおらず、ギブアンドテイクが心地よく成立している。


 それは僕たちの考え方が近いからだろう。

 1人でも『自分が最上位でなければ気がすまない人間』が入れば、簡単に崩壊してしまうものでもあると原国さんは言っていた。


「助けた相手がどんな人間か、も考えなきゃならないのは実に面倒だな」


 他の人間、そして負傷者が存在する可能性が極めて高い。床や壁の血痕がそれを強く意識させる。


 僕は実感として『悪人』がどれほど酷いことをするのか知らない。フィクションやニュースでは、学んだけれど、周囲でそれほど酷いことが起きたことがなく、実感がない。

 だけど多分武藤さんは大人だから、そういうのを知っているだろうし、日夜犯罪者を取り締まる原国さんの言葉には強い強い実感があった。


「正直これだけ血痕があるということは、多くの人がこのダンジョンで負傷したのでしょう。回復したものもいれば……死亡者もいるはずです。死亡者の出たパーティーの生き残りがいるとして、まともな精神状態でいられるかと言うと、それが夢だと思っていても、友人知人であったとしたら、だいぶ難しいかと」


 人から奪う側だけでなく、奪われ傷ついた人も、原国さんは知っている。その実感を言葉の温度で感じる。


「あの、いいですか。先ほどお話が出た通り、私の回復師の職業レベル25で『蘇生スキル』があるのですが、これを優先してとるのはどうでしょう。蘇生が出来れば、精神的に参ってしまったパーティーでも、気持ちを持ち直す人もいるでしょうし」


 有坂さんが提案をする。

 おっとりはしていても、有坂さんは自分の意見を臆すことなく言える強い人だ。そういうところがいつも格好いいなと思う。


 一見儚げな美少女ではあるけど、有坂さんのそういうところを僕は尊敬している。


「どこまでポイントを注ぎ込むか、も割と難しい問題だよな、これ。選択肢が広いし、情報が足りねえ。戦力は今のところは余裕があるが、ボスとかがいたら話は違って来るだろうし、次の階のモンスターがどんなモンかもわからねえ」


 僕たちは個々のレベルアップやクエストで得た、スキルポイントコインもモンスターコインもパーティー資産としてみんなで管理している。


 全員が全員のスキルや職業ツリーを把握、必要なスキルレベルや職業レベルを全員で話し合い取得してきている。

 残りのスキルポイントから、個々に1解放分ずつスキルや基礎ステータス、職業レベルに割り振る。


 そんなふうに、武藤さんの提案通りに個々に自分の分としてスキルポイントを使うより『パーティーを1つの個』として運用していくスタイルにそのまま落ち着いている。


 基本的にモンスターコインは全てガチャに回すために温存していて、既に20連分が溜まっている。

 ガチャについても、僕の単独スキルではあるけれど、共有スキル扱いとして貰っている。



 その方が生存の可能性が高いからだ。



 個々のスキルや職業を個々で管理するのではなく、パーティー全体で生き残る。生存戦略としての個々の能力を運用し、全体で全員を強化する。


「とりあえず坊主にガチャ回して貰って、有用スキルや武器防具、アイテムがないかチェックってとこか? スキルポイントはその後割り振る。共有ストレージから溢れる分の武器は各個人のストレージに分散予備にするって感じかね」


 武藤さんの提案で、まずは共有ストレージを整理して、ガチャを回すことに決まった。


 武器をそれぞれの個別ストレージに移動して、ガチャを20連回して、獲得するのはおまけ含めて22だ。


 まずは武器が6つ。星7の槍、星5の日本刀、後は星3の杖、弓、シミター、棍棒だった。


「星7は装備条件的に誰も装備出来ねえな。日本刀は俺が装備出来るから、使うが構わないか?」


 星7の槍は槍術のスキルレベル2がないと装備不可。それ以外にも必要筋力と技力が250で、現状装備が出来る人はいない。

 日本刀は条件をクリアしているので武藤さんが装備を交換して、元々使っていた剣を予備にした。


 残りの武器はそれぞれの個別ストレージに割り振った。


 次は防具。8つ出たので、これも1人2つずつそれぞれに割り振って装備した。


 武藤さんに星3物理+30と星4耐毒50%。

 原国さんに星3魔法+30と星5耐炎75%。

 有坂さんに星2物理+10と星5耐氷75%。

 僕が星6耐毒100%に物理+30と星2魔法+10。


 だいぶ防御力も強くなっている。ガチャがない攻略だと、宝箱やモンスタードロップを期待するしかないが、1階での宝箱の中身は回復アイテムが中心で、星2防具が1つしか見つかっていない。


 他パーティーのスキル構成によってはかなり厳しいのが、壁や床に散らばる血痕が物語っている。


 ガチャから出たスキルは回復スキル『解毒』をヒーラーの有坂さんに、気配察知が被ったので判断能力が高い大人である原国さんに、デバフスキル『闇霧』を僕が得た。


 デバフスキル『闇霧』は、敵1体の視界を黒い霧で覆う、視覚を奪うスキルで、レベル1時点では効果時間は短く30秒だった。

 それでも近接戦闘中などに突然視界を奪えれば、かなり有利だ。


 残り4つがアイテムで、解毒ポーションと麻痺回復ポーション、MP回復増加のネックレス、蘇生の下級が手に入った。

 MP回復のネックレスは原国さんに装備して貰い、蘇生の珠にパーティーが沸く。


「これがあれば1人は戻せるんだな」


「使い方は……? ええと、蘇生可能時間内に端末に使用する……? 亡くなった方のスマホに使うんですかねこれ……?」

「時間制限有のくせに説明が不親切すぎねえかこれ……」


 蘇生の珠の説明不足ぶりに全員が悩む。

 人の死体もスマホも今のところ、1つも見つけてはいない。

 制限時間もどの程度なのかもわからない。


 大変不親切ではあるが、これを使う場面を想像すると、胸が痛い。

 これを使うような事態にならないといいな、とそっと思う。


「基本的には温存しましょう。どちらにせよ、このダンジョンをクリアしなければ目覚められるかわからないですから、制限時間に間に合うのであればクリア直前、あるいは有坂さんが蘇生魔法を覚えてから、ですかね」


 武藤さんの武器が強化されたので、スキルポイントは有坂さんの回復師レベルに4レベル分ふって、有坂さん以外の各個人が1つずつ強化、残りを温存する。


 有坂さんはこれで回復師レベル10になり、回復力が上がった。

 多少の怪我なら、問題ないだろう。ポーションもあるし、MP回復ポーションもある。

 


 順調に進む中、武藤さんが「ん?」と言って、何もない壁に触れた。

「この向こうに、宝の反応があるな」

 そう言って触れている壁一面には扉はない。

 宝感知のスキル効果で隠し部屋がわかったのかもしれない。どこかにスイッチとかがあって壁が開くのだろうか?


「仕掛けがあるってことですかね……?」

「ちょっと壁ぶっ壊してみていいか?」


 武藤さんが言うと、みんなを下がらせた。

 日本刀を構え、スキルの斬撃を壁に当てる。大きな破壊音と共に、壁が崩れ落ちた。


「星5武器だけあって、すげー威力だな……」

「壊せるんだ、壁……」


 壊れた壁の奥に宝箱が1つ置かれていた。今まで見た宝箱より装飾が少し豪華だ。

 開けると中には腕輪が入っていた。


 筋力と技力が+15になるアイテムだったので、武藤さんが装備する。

 戦力的には1階攻略なら何の問題なさそうな布陣になった。というか完全にオーバーキル、無双状態かもしれない。


 壊した壁の対面の壁には大きな扉が1つある。今までの部屋の扉より大きく、材質も違っていて、装飾も細かい。

 ボス部屋だろうか?


「中にはモンスターが3体、1体はあのデカ鼠より大きいから多分ボスだろうな」


「では私が範囲魔法、その後武藤君が斬撃を撃ち、弓で撃ちます。それで倒れなければ」


「坊主がデバフを打って、俺が前に出て斬る。多分途中まででオーバーキルだろうがな」


 さくさくと作戦が立ち上がり、全員が合意する。


 合図と共に扉が開け放たれ、作戦通りに範囲魔法と斬撃だけで武藤さんの予測通りオーバーキルと相成った。ボスは猪鼠の親玉であろう熊程の大きさの鼠だった。

 どうやら1階は大きい鼠型モンスターのみらしい。


 床にはモンスターコインの他に、ボスドロップらしきものが落ちている。

 魔石だ。

 数多のファンタジーモノに登場する、ドロップアイテムの代表格とも言えるものが落ちている。


「はー……しっかし長いこと作中で魔石をドロップさせて来たが、自分の手でそんなことする日が来るとはね……」


 感慨を含んだ言葉と共に、武藤さんが魔石を拾い、マジマジと眺める。僕らもそれを手にとり眺めてから、共有ストレージへ。


 アイテム効果が何も表示されないが何かに使えるのだろうか? 

 ラノベだと何かしらのエネルギー源として買い上げられるような換金アイテムとして登場することが多い。現代ダンジョンでも国が買い上げたりしている設定を良く見かける。


『レベルが上がりました』

『クエストをクリアしました』


 アナウンスが流れる。

 部屋の奥には宝箱が1つと地下への階段が見える。


 こうして僕らは、あっけなくダンジョン1階を攻略したのだった。

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