第8話【大人たちの正体】
警戒しながら薄暗い道を歩く。あちこちに血痕があることが恐ろしい。だけど焦って急ぐことで、誰かが怪我をするかもしれない。
僕は、緊張をしていた。
僕と有坂さんはただの高校生だ。命を賭けたり、こんな危険な状況におかれたことはない。
有坂さんも不安そうに周囲を見ている。
「でさ、原国のおっさんは何者なんだ?」
その緊張を打ち壊すように、武藤さんがあっけらかんと訊いた。
「観察眼、推察力。疑い深さ。用心の仕方もだ。公務員だと職業を濁したが、ただの公務員ってわけじゃねえんだろ、アンタ」
確かにそうだ。
僕ははっとして原国さんを見る。
「手帳がないので、証明は出来ないんですが。警察官ですよ。刑事です」
原国さんがさらりと答える。
その言葉に驚くと同時に納得する。確かに、刑事さんも公務員ではある。
「やっぱな、そんな気はしたよ。何で最初にそう言わなかったんだよ、原国のおっさん。警察とか、信用度高いだろ」
「そりゃ君たちがどんな人物かわからないからですよ。警察に恨みを持つ反社会的な人だったら危険なのは私だけじゃないでしょうからね、念のためです」
「なるほどなるほど、疑われてたっつーことね」
そうはいいつつも、武藤さんの言葉に刺はなく、どこか楽しげだ。
「疑うのが仕事みたいなものですから」
職業病ですよ、と困ったように原国さんも笑う。
「俺が悪人だったら殺すってのも嘘だったわけだな」
「その通り、嘘も方便というヤツですよ。ああいえば、君が悪人でも私を警戒して行動に移すことは出来ないでしょうから」
うんうんなるほどね、と武藤さんは頷く。
「最後の確認だ。俺を信用したのはアレか、やっぱスキルポイントコイン渡したからか?」
そういえば、武藤さんはレベルアップ分のほぼ全てを原国さんに渡していた。
「そんなところです」
「食えねえおっさんだな」
武藤さんが言って、笑う。僕たちが状況に飲まれすぎないように、武藤さんは振舞ってくれている。それに応えて、原国さんも身分を明かしてくれた。
このパーティーメンバーで、本当に良かった。
少しの緊張を残しながら、僕は安堵していた。僕と有坂さんは、だいぶ、かなり、運が良かった。
出会ったのが他の大人だったら、こんなに僕らを気遣ってくれたか、わからない。
本当に死ぬかもしれない場所だということも、知らずにいた。
だからこそ、彼らの役に立ちたい。彼らの行いに報えたらいいな、と思う。
「何にせよ、俺だけ職業を明かさないのはフェアじゃないが……ガチ本名だからな……、っと、敵の反応あり、だ」
武藤さんが曲がり角の手前で止まる。
「次の通路に4体、左手側……多分部屋がある。そこに8体。俺の職業についてはその辺が片付いたら言うが、どうするね?」
僕らを振り向き、ウインクしながら、そう言った。
*
戦闘は問題なく、原国さんの範囲攻撃魔法によって一瞬で片がついた。部屋に入る前にMPポーションでMPを回復し、部屋のモンスターも原国さんが一掃する。
いたモンスターは猪鼠だけで、他のモンスターはいなかった。
ここでレベルが上がり、僕たちはレベル3になった。
「経験点、初期なのに割と渋くねえか?」
ぼやきながら武藤さんが部屋の宝箱を開ける。入っていたのはMPポーションとHPポーション。
部屋には相変わらず、血痕だけがある。
「……出血が多すぎる」
ぽつり、と原国さんが口にする。人の姿はなく、部屋にも廊下にも、壁にも良く見れば血痕はあちこちにあった。かなりの出血量であろうものが部屋の床にある。
詳しい知識がない僕でも、この血液の主が生存しているか不安になる量だ。
「レベルアップ処理とガチャはどうするよ?」
武藤さんが宝箱の中身を共有ストレージにしまいながら言う。
「今のところ戦力に問題は感じませんね。というか割と過剰戦力なのかもしれません。武藤君を温存出来てますし。範囲魔術が取れたのが非常に大きいです。武藤君、前回頂いたスキルポイントを返却して置きました。確認をお願いします」
「んー……つうかよ、スキルポイントも前回同様、パーティー共有にして、有用スキルとか職業関連とか全員で全員のツリー確認して、全体運用しねえか? 原国のおっさんの範囲魔術の有用性を見るに、多分、それがこのダンジョンの最適解だって気がするんだよな。ゲーマーとしてのカンではあるんだが」
武藤さんはゲームも好きらしく、いろんな種類のゲーム攻略をして来たらしい。
「ゲームで言うところの、プレイヤー目線というか。誰をどう育てたらパーティーが有利に立ち回れるか。個人じゃなく、パーティー単位で考えるのは有効な手段じゃねえかなって」
なるほど、と全員が腑に落ちたのでその方向で話は進んだ。共有ストレージに全員のスキルポイントコインが集まる。
「私は職業レベルを上げておきたいです。レベル5でパーティー全体回復スキルが得られるので」
「回復関係は上げといた方がいいよな、わかる」
敵が範囲攻撃を使わないとも限らない。ゲームだとボスなんかが全体攻撃をして来るものも多いのだ。
「確か、回復師はレベル25で蘇生スキルも得られるんですよね。優先した方が良いかもしれませんね」
原国さんが言い、まずは有坂さんの職業レベルを2つ上げて、温存、という形になった。
ガチャの方も共有ストレージの容量が埋まってきているので一度引かずに、僕らはそのまま進むことにした。
「それで、武藤さんの職業って何なんですか?」
進みながら、気になっていた武藤さんの話の続きを訊く。
「ああ、そんな話してたな。俺は作家だ。ラノベ作家。俺もすぐ証明は出来ないがな」
「作家さん!?」
思わず驚いてしまった。すごく鍛えている感じだったので体を動かす職業かと思っていたが、確かに説明上手で博識だ。
ペンネームと作品名は僕も知っている、アニメ化もした作品の作者さんだった。このダンジョンで一番驚いたかもしれない。
「スポーツも武術も好きだがそっちは趣味でね。よく間違われるんだわ」
快活に笑って言う。確かに、言われて見ると、武藤さんの書いた作品の主人公は、武藤さんにどこか似てる。いやでも別の作品の主人公は似てない。
……作家さんて不思議だな。僕は武藤さんの揺れる束ねられた髪を眺めて思った。
電書で武藤さんの本は全部買っていて、まさか好きな作品の作者さんの本名やら顔やらを知れるとは思っても見なかった。
「坊主がファンだとは嬉しいね。でも、ないとは思うがネットに俺のこと書き込んだりしないでくれよ?」
いたずらめかして言う。
「しませんしません」
僕らの空気がほんの少し和らぐ。
危惧することはたくさんあるし、恐ろしさもあるけれど。
僕はこのダンジョンでの時間が、もし、それが出来ることなら。
この人たちと過ごす、楽しいものであればいいなと思った。
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