家出する脳
@senri_o
黒歴史の色
父の助手席ではシートを倒し、声を殺してじっとしていた。
「前みたいになんでもしゃべれなくなったのが一番さみしい」と母は嘆いた。
私は私で闘っていたのだが、後から考えると、ことごとく見当違いの自信や恐怖であった。
会社が潰れる、関係者が死ぬ、債権者がうちに押しかけて親は何もかもなくしてしまう、そうなる前にここから離れなければ…という、実体を伴わない謎のビジョンが私にはあった。
来るなら来やがれと部屋の天井に向かって『こころの処方箋』を音読していたこともあるし、上司や当時の恋人の声が聴こえ、助けに来てくれたのでは、と糠喜びすることもあった。
見るひとが見れば、これは医療の手を借りるべき案件では…と思うだろう。
心療内科にはとっくのとうに通っており、毎日薬も飲んでいてこの有り様だった。
細かい記憶が飛んでいるが、一度家出をした。
両親が留守の隙を見計らって、丸い郵便ポストの形をした三十センチくらいの貯金箱と、某ミュージシャンのフィギュアとツアーグッズの帆布バッグを抱え、自分のムーブに乗り込む。
自宅からほど近いパン屋でバゲットムニエとナッツとドライフルーツの天然酵母パンを買い、オートバックスでナビを買い、ベスト電器でコニカミノルタのデジカメを買い、ぽかぽか温泉でお風呂に入った。
折悪しく月のものが到来。ぼやっと突っ立っていたら見知らぬおばちゃんに叱られた。
「今、急に来たもんですから…湯船には浸かってません、すみません」と謝ってすぐ出た。
手ぶらでいたら、脱衣場にいたひとが「よかったら差し上げます」と、ハート柄のハンドタオルを下さった。
高速に乗る前のガソリンスタンドでタイヤの空気圧調整、マルボロライトをカートンで買う。
喫煙者だった父方祖母にふーっと煙を吹きかけられる、昭和式のお戯れ以外で煙草を吸ったことはなかった。ライターは、これもツアーグッズで持っていた。
服薬の関係で、そこそこ強かったお酒も飲めない。せめて煙草くらい、という気分。
高速で大阪方面へ。途中どこかのサービスエリアで服薬して車内泊。あまり眠れない。
持病の薬もちゃんと持って出ているあたりが、我ながらまだらにしっかりしている。
着信履歴が山程あったが、出なかったし、かけ直さなかった。ここでつながりを粒立てると、父が仕事を失い、うちが借金のカタに取られるんだから、と自分に言い聞かせる。
親はいよいよ一人娘が野垂れ死ぬかもしれないと不安だったことだろう。私の脳内のいわれのない大惨事は、ビタイチ共有されていなかったのだからしょうがない。
もったいない気がしてしばらく眺めていた煙草を開けてみるが、車内や服に火の点いた灰が散るのが気になって、二十秒とじっとしていられない。
ましてくわえ煙草で運転に集中出来るはずもなく、停まったら外に出て吸おう、と思う。
思うのだが、停まってご不浄に行ってホッとすると、あ、煙草持って出るの忘れた…となる。
次は、煙草の箱は持って出たが、ライターを忘れた。吸い殻の始末の方法もわからない。
慣れてサマになるまでには相当の修練が必要なのだなあ、と妙なことに感心したものだ。
車に突っ込まれたカバンやエコバッグのあっちゃこっちゃにひそませていた生理用品でどうにかやりくりしていたが、どこかで足りなくなって買い物をした気がする。
それとは別に、神戸あたりだったか、突然グリーンコープに入会して買い物もした。
何を買ったか忘れてしまったが、レシートがハチマキのように長くて驚いた記憶はある。
何を考えていたかも忘れたが、漠然と、生活をしなければ、とは考えていたのかもしれない。
コンビニで間に合わせに買ったタオルが意外とよくて、首にバスタオルをかけて運転を続ける。このあたりは上機嫌で、公園かどこかで注意された警備員のひとに撮影を頼んだらしく、Tシャツ首タオルでもわっと笑っている写真もある。
近くまで来たから、と大学時代の友達に公衆電話から連絡して驚かれた。うち来るか?とも言われたが大丈夫と断った。
どこかのカフェに入って、自己認識は金欠気分なので、コーヒー一杯だけ頼んで、コープで買ったのであろうポン菓子を食べていて、お店のひとにたしなめられた記憶もある。
ああ、どうもすみません、すみませんとあくまでご機嫌。
自分で言うのもなんだが、元々他人に注意されるような悪事は働かない人間だった。
私の中の大惨事の住人は、珍事を眺めておもしろがったり馬鹿にしたりしているようだった。
自分のやることなすことに、リアクションがついてまわるようで、なんらかの期待に応えなければという焦りもあった。
ドッと笑っている時もあるし、まだ生きてんのかよ、帰るとこなんかねえぞ、と怒号が飛ぶこともあった。怯えつつ、そういう病気らしいからなあ、と薬を飲んで寝た。あまり眠れない。
なんだかんだ、隣県より遠くまで行くこともなく、なんとなく地元に戻ってくる。
薬が残り少なくなったので、かかりつけのクリニックに行かなければならない。
万歩書店に寄り、目についた古本を腕が抜けるほど買う。
ナンバホームセンターに寄り、工事用チョーク、蛇腹に折り畳める円柱状の入れ物などを買う。
片側一車線の道を走っていたら、ガソリンが残り少ない。見かけたガソリンスタンドは普段使わない店。カードがあるところで入れたい、リザーブでどうにかもつのでは、と迂闊にやり過ごしたが、すぐエンジン音がおかしくなってきたので路肩の空き地に停める。
どういうわけだか、さっきのホームセンターで、赤いガソリン携行缶も買っていた。
虫が知らせるならガス欠を先に教えて欲しいが、おかげでくだんのガソリンスタンドまで歩いて戻り、五リットルだけ入れて事なきを得た。今は規制が厳しくなっているはず。当時は当時。
クリニックに行って、何かで腹を立ててドクターと言い合いになり、処方箋は出してもらえたが、「気を付けて下さいね」と張り詰めた雰囲気で見送られた記憶がぼんやりある。
院外薬局でも恐らく挙動不審だったのだろうが、なんとか薬は手に入れた。
その後、最初に買ったバゲットムニエの店に飛び込み働くことになったり、店が移転した先が父の実家の空き家のすぐ近くで、結局そこで一人暮らしをすることになったり。
当時出始めの東芝のドラム式洗濯機と、日立のオーブンレンジとブラザーの電話・FAX付きインクジェット複合機を買い、祖母の頃から出入りしていた業者に父が連絡をして、ガスや電気の手配をしてもらった。家からラジカセも持ち込む。家庭内家出とでも言うべきか。
祖母が他界して数年。完全には片付いておらず、仏壇も置きっぱなしのボロ家で、最初は祖母の服や食器を借りたり、野生の勘で自炊をして失敗したり、祖母の日記を読んだり、トイレの電球が切れたり、ゴミの捨て方を憶えたり、ガス代を払い忘れたり、しばし生活を味わう。
パン屋のバイトでは、会社員時代は残業もバリバリで休みなく働きました、と売り込んだこともあり、月曜から土曜の開店前品出しから閉店レジ締め作業までシフトが入っていた。
元は路面店で穏やかな雰囲気だったのだが、移転先で本格稼働してからは、諸々ギクシャクし始めた。私も、会社員時代は事務屋で、模試の採点と塾の講師と家庭教師しかバイト経験がなく、売り場の品出し片付けとレジを含む接客の臨機応変には全く適性がなかった。
開店前に歩いて店に近づくと、パン・オ・レザンのいい香りがするが、五つうまく袋にいれてビニタイでガッチャン、を脳内に浮かべると吐き気がするようになってくる。
パンの種類を覚えようと残り物を持ち帰り、自炊の気力もないのでひたすら食べ続け。
一日の食事を千キロカロリー以下に抑え、室内運動を続けて落とした体重は一気に三十キロリバウンド。
他人の太るのは気にならないが、自分はなかなか平気でいられず、いよいよオドオドが増し、シフトを減らしてもらい、「次のひとが見つかったら辞めさせて下さい」と頼んだが、私より後に入ってテンション高く働いていたのに、突然音信不通でバックレる若いひとや、採用されて一通り教えて間もなく妊娠がわかったので辞める、というひとが続き、なかなか辞められない。
店のある地域では、山火事や台風の水害、例年にない積雪もあった年だった。
そのうち、週末だけ実家に帰るようになっていったが、脳内大惨事が現実に侵食してくる。
家でパックに詰めてもらった惣菜を出してチンするのも面倒で、パンばかり食べて太り続ける。
視力が悪いので、うっかりするとお風呂の隅がカビだらけになっている。
希死念慮というやつは、小学生くらいからずっとあったような気もするのだが、情報がないからうやむやになる時期と、自殺マニュアル的なもので具体的に知りすぎて、こりゃ後始末が大変そうだ、となって思いとどまる時期とがあった。
私が生まれるから、母の手伝いに行ってやらなくては、と祖母は日記に書いていた。
不仲な嫁姑で同居はしなかった。最後まで一人暮らしで働いていた祖母の気分も少し味わう。
ある週末、疲労と無能感で各種のタガがついに機能しなくなり、もう限界、わたくし、おいとまさせていただきます、と思った瞬間、涙目の端に古本屋で買った本の山が映った。
あ、これ読んでないな。読まずに死ねるかとまで思ったわけでもないが、手が届かないので、ノロノロと首を抜いて一冊取ってパラパラめくる。全く頭に入って来ない。
内容に感動して、だったらサマになるのだが、単純に気がそれて、死ぬのはやめた。
元々は本好き。あれ以来、読書の集中力が続かない。同時に、本は恩人でもある。
どうにも具合が悪いので、なんとかバイトを辞め、祖母の家を放擲して自宅療養に出戻る。
よくなった?また来れそう?と電話が来たこともあり、行ける状態ではなかったが、自分が思っているほど使えなくて迷惑をかけていたわけでもなかったのかな、と少しホッとする。
しばらく経ったある日、プリンタの調子が悪くなった。
クリニックの診察時に、毎回頼まれてもいないレポートを持ち込んでいた私は困った。
コンビニプリントはまだなかったか、知らなかったか。
中身はパソコンの中にあるので、手でレポート用紙に書き写して持参した。単なる自己満足で、ドクターも特段読みたいわけでもなさそうだが、印刷物を渡した時とは反応が違った。
「これすごいね、字も…、表なんかも定規を使ってきっちり書かれて」
「はあ、元が事務屋ですから…」とボソボソ答えつつ、何の話かと訝しんでいたら、
「いや、もしかしたら、診断が間違っていたのかもしれないなと思って…」
ポカンとするが、ドクター曰く、経験則だけど、今の病名で診断されているひとは、一般的にあんまりこういう感じじゃない、別の診断のひとにはこういうタイプもいる、とのことだった。
初期は一部の症状が強く出ていたので、最初の主治医の診断を引き継いだが、それがメインの病気ではなかったのかもしれない、ということらしい。
薬を変えてみたら、それまでより随分楽になった。新しい薬が効くということは、まずこの病気に相違なかろうということで、その後はそっちの自覚で服薬を続け、かれこれ二十年。
親とはそれなりに落ち着いて、父は私の脳内とは関係なく無事定年まで勤め上げた。
今は父と協力して母の介護をしつつ、自分の好不調をなだめすかしつつ、少し働いている。
黒歴史は、自分がそうだと認めた時に、負の遺産として確定するような気がする。
あれはあれでよかった、と、可能性を曖昧なままにしていたいから、敢えてそういう仕訳をしないようにして来たのかもしれなかった。
ある程度時間をおいて出力し、自分から切り離してつぶさに観察してみれば、多少は風化なり発酵なりでよきものに感じられるかと試してみたが、相も変わらず何がなんだかわからず、今と比べてあの頃は黒いのか?今は何色だ?…と謎は深まるばかりだ。
家出する脳 @senri_o
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