災厄の始まり

『速報です。昨晩9時頃、神奈川県横浜市鳴上区で信者による集団自殺事件が発生いたしました。その後が出現したため、神奈川県管轄のアルカディア隊員2名がそれに対応。すでに災厄は祓われたとのことですが、地区一帯に住んでいた72名の死亡が確認されました。これによる一般市民の被害は確認されておりませんが、現在警戒が強められております』


『速報です。昨晩10時頃、東京都港区で信者が乗っ取られ、周囲の商店街で暴れ回っているとの通報を受け、付近にいたアルカディア隊員1名が災厄を鎮圧したとの情報が入っています。今回13名の死亡が確認されましたが、いずれも全身を強く打った状態で発見されており、特殊警察は身元の確認を急いでおります。また昨晩9時頃に発生した信者による集団自殺とも何らかの関係性があると見て、捜査が続けられております。現場には市橋アナウンサーが―――』


『速報です。昨晩未明、千葉県山ノ原市内で突如としてグノーシスが出現し、アルカディアの隊員3名により鎮圧されました。しかしながら現時点で92名の死亡が確認されており、内87名の身元の確認を急いでおります。また53名の近隣住民が行方不明になっており、現在捜索が進められております。今回の災厄によりアルカディアの隊員1名が殉職されたとの情報も入っており、現在人員の補充を急いでいるとのことです』


『速報です。今朝4時頃、埼玉県香住市で―――』

『速報です。今朝5時頃―――』

『速報です―――』







 次の日の朝、私が学校に着いたときには、教室内は今朝のニュースのことで持ちきりだった。

 災厄の連続発生。一番最初に被害に遭った神奈川県横浜市鳴上町は、私鉄で3駅隣にいけば着く隣町だ。だからみんなの表情には不安が多く含まれていて、私なんかは特にそうだった。


「でも安全、だよね。少なくともここは」

「そうだね。ここは地下にシェルターが完備されてるし、救援が来るまで持ち堪えることは全然できると思う。でも祈乃莉……大丈夫? 立地的に、祈乃莉の家から市内のシェルターまでは少し遠かったよね?」


 私は恐る恐る頷いた。

 シェルターへのアクセスがいいほど、地価が高い。そしてそれは一般家庭の手に負える値段ではない。今まではあまり気にしたことはなかったけど、実際こうして危機が迫っていると不安に駆られる。


「いざとなったらわたしの家に来てもいいよ。お母様とお父様には話を通しておく」

「ありがとう。いざってときはお願いしたいな」


 真剣な表情で頷いてくれる美嘉ちゃんが頼もしい。

 おかげで私は安心して、周囲の会話に耳を傾ける。


「……また速報だ。今度は神奈川県糸瀬市だってさ。ここからもそんなに遠くない場所で災厄が起こってて、ちょうど今アルカディアの隊員さんが鎮圧にあたっているところだって、ニュースになってる」

「おいおいまたかよ。もうそろそろやばいんじゃねえの? だって、災厄の連続発生は大災厄の前触れだって言うぜ。このままだとマジでやばいって」

「大丈夫。アルカディアの隊員様がなんとかしてくれるわ。少なくともここ神奈川県は安全よ」


 1人の女子生徒が自信満々に言った。

 確かこの子はアルカディアの熱烈なファンというか、オタクというか……。ともかく情報通だったと思うけど、どうしてそう言い切れるのだろうか。

 私が疑問に感じたところ、教室に先生が入ってくる。


「―――その通りだ。今朝からのニュースで不安だろうが、神奈川県内にいる限り君たちは安全だよ」

「先生? どうして断言できるのですか?」


 私が思わず聞くと、先生はよく聞いてくれたと言わんばかりに大きく頷いた。それからチョークを手に取り、黒板に数字を書いていく。


「ここ神奈川では1年あたり3000名近くが災厄によって亡くなってるけど、そもそもこれは他の都道府県と比べて少ない被害なんだ。例えば隣の東京だと、1年あたり2万人近い人々が犠牲になっている。これは人口と密度を加味したとしてもかなりの差なんだ」


 うんうんと、さっき自信満々に発言してた子が嬉しそうに頷いた。


「それに神奈川で亡くなっている3000名のうち、一般市民で亡くなった方はたったの1%もいない。一方の東京では例年10%弱の被害が出ている。これだけで、神奈川県を管轄としているアルカディアの隊員がいかに優れているかが分かるだろう?」

「なるほど、先生のおっしゃることは理解できました。……にしてもすごいお詳しいですね? もしかして、アルカディアのファンなのですか?」

「もちろんさ! 世界史の先生として魔女様の存在は外せないが、僕が今推しているのはここ神奈川を管轄としているアルカディアの隊員様なんだ」


 私の質問のせいで変なスイッチが入ってしまったらしく、前のめりになって目を輝かせる世界史の先生。その様子はまるでカブトムシを捕まえて喜んでる男の子みたいで、私は引き気味で相槌をうつ。

 すると真顔に戻って教壇に立つ先生。


「ちなみに今日は、そんなアルカディアが組織されるまでの経緯を詳しく説明していく。まずは前回の授業の復習から入るから板書はとらないでいいけど、ストーリーはしっかり頭の中に入れるように」


 そう言って、先生は教鞭を手に取った。






 昔、この惑星には神様がいました。

 そして、神様につかえる巫女もいました。


 彼だったのか彼女だったのかは分かりませんが、ともかく、巫女様は祈りを捧げ、神様はたくさんのものを創造しました。そして失敗してしまったのです。人々より上位の存在であった神様は人々の不満を買い、ついに反逆されてしまいました。


 結果的に、神と巫女様の力は異能として人々の手に渡ることとなりました。


 人々は喜び、それを好き勝手使いました。

 そのため多くの人死にが出ました。多くの嘆きと哀しみが生まれました。しかしながら、神様も巫女様ももういないのです。救いを求める手は空を掴みました。


 そんなときでした。

 この惑星に神様はいないけれど、他の惑星には神様がいることに気がついた人がいました。それは人々にとっての救いとなり、いつしか異界の神を信仰するようになっていました。


 それに気がついた異界の神は、人々に力を授けました。それは異能と比べると弱い力でしたが、彼らはその力のおかげで自分の身を守ることができました。

 けれど悲劇は突然訪れました。

 信者となった人々は、異界の神によって操られてしまったのです。そして信者が死ぬと、その亡骸は、異界の神が使徒をその地に召喚するための触媒としました。


 しかし、信者となる者は後を断ちませんでした。







「―――とまあ、こうやって異界による侵攻が始まったというのはみんなも知っての通り。それから第一次、第二次世界大戦と人々との間で紛争があって、第三次世界大戦があったのが今からおよそ200年前」


 その第三次世界大戦はロシアによる周辺国への侵攻が発端で、大勢の犠牲者を生んだ。そのため悲嘆に暮れ、信者となってしまう人々も多かった。それだけに使徒―――グノーシスも多く召喚されてしまって、人々で争っている場合じゃなくなっていった。


「ここで魔女様が登場したんだったね。元々強力な異能使いとして有名だった彼女だけど、アメリカの軍事力として厳重に管理されていたから、戦争に直接手出しができなかった。そこで世界各国の異能使いに呼びかけ、国際連合軍を組織した。国家の上層部の意思に反した行動ではあったけど、結果的に第三次世界大戦は終わった。ここまでが昨日のおさらいだ」


 私は昨日とったノートを見返して、1人うんうんと頷いた。歴史は暗記がほとんどだけど、こうして物語調にして話してくれるから分かりやすい。


「これを機にして、各国の情勢は動くことになる。第三次世界大戦以前は、異能使いは国家の武力だった。けれど魔女様の提案もあって、異能使いは国際社会全体で管理されることになったんだ。国際連合軍は解体され、アルカディアとして再編された」


「要するに、これまで異能という力は人間に対して使われていた。しかし異能使いを世界全体で管理するようになってから、その力は信者とグノーシスに向けられることになったんだ。結果として、これでも信者の発生数は激減して、世界に平穏が訪れた」


 それまでは今よりもっと酷かったと先生は言う。

 今朝のニュースで恐れ慄いていた私たちだったけど、アルカディアができる前は今とは比較にならないぐらいの被害があった。それを想像するだけで、身体は恐怖でぶるっと震える。


「今回の授業の大枠はこんな感じだ。それじゃあ、これから細かい話に入っていこうか」

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