第12話 『記録』と『記憶』
駅の構内にある百均で最低限の化粧道具を教えてもらいとりあえず一式揃えることができた。これで明日の学校は大丈夫だろう。
「今日はありがとうございました。先輩がいなかったら彼女のことは思い出せませんでした……まあ思い出しきってはいませんけど」
「ん?良いってことよ。てか私はほとんど何もしてないし、礼なら今度イトナに言ってあげて」
「いえそんなことないですよ。あ、勿論イトナさんにもすごく感謝してますけど。何より先輩が俺を助けようとしてくれたからイトナさんに会えたんじゃないですか。だから先輩に感謝するのは至極当然ですよ」
そう言うと先輩は少し照れくさそうに笑う。
「そ、そうかな? じゃあどういたしまして……なんか改めて言うとちょっと恥ずいな。でも礼を言うのはまだ早いよ」
「そうですね。じゃあ見つけられたときにまた改めてお礼します」
「うん、そうして。じゃあ今日はまたね」
「はい、また」
そうして改札に入り、階段を降りようとしたとき、背後から声がした。
「あ、そうだ忘れてた。徹君!」
「え、なんすか?」
振り返って改札際に駆け寄る。
「帰ったらできるだけ彼女の痕跡を探しといてほしいの。そこから思い出せることもあるだろうからって、イトナが伝えるよう言ってたの忘れてた」
「あ。そういうことですか、わかりました。もとよりそうするつもりでしたし」
「それと特にお願いしたいのがあの封筒の中身なんだけど……明日ウチに持ってきてもらうことってできる?」
「持ってくる? まあ大丈夫ですけど。学校終わったらでいいんですよね?」
「うん、イトナならそこから手がかりを探せると思うから。ただ絶対に見ないように! もし危なかったら無理して持ってこなくていいから」
「わかりました。そりゃそうですよね、イトナさんの読みがあってたら見た瞬間また忘れちゃうわけですし」
「そゆこと。まあ今日こうやって来れたってことは表向きにおいてあるってことは無いだろうけど。例えば裏向きに落ちてたり家具の下に入ってたりしてるだろうからその辺は気を付けるように。とにかくその命令の全文読まなくても君が『認識』した時点でアウトだから。表向きに落ちてたら足でソファの裏に隠すとかして、とにかく安全第一でね。あと探しすぎないでちゃんと寝ること! 高校生としての活動はしっかりしないと。それと……」
「大丈夫です! わかりました。一応目が覚めたところは注意しておきます」
「おし。じゃあ今度こそじゃあね、また明日」
「はい、お疲れ様です」
今度こそ階段を降り駅のホームに座る。幸いにも次の電車はすぐ来たこともあり、ギリギリ日が暮れる前に帰ることができた。
「ただいま~」
帰ったといえ安心はできない。とにかく少しでも彼女の痕跡を集めなければ。
「とりあえず手紙を何とかしなくちゃな。絶対文字は見ないようにしないと」
倒れた場所の近くを注意深く探すと、ソファの近くに紙が落ちているのが見えた。文字が見えないところから幸いにも裏向きになっているようだ。
「折り目ついてるしたぶんあれが例の命令が書かれてるやつだな」
俺は表面を見ないように慎重に折りたたむと、落ちていた封筒に入れる。
「ふぅ……緊張したぁ~。下手すりゃここで終わってたしな、危ない危ない」
とりあえず第一目標クリアといったところか。じゃあ次はほかの痕跡を探そう。
俺は記憶の中で彼女が入った場所を重点的に調べるがこれといった物は出てこない。
「まあ簡単に見つかるものなら彼女が始末してるわな……」
指紋とかはあるだろうが素人の俺にはどうしようもない、まあそもそも吸血鬼に指紋があるかもわからんが。
「まあめげてもしょうがない! こうなったら意地でもなんか見つけてやる」
今度は記憶になかったところを探す。とりあえず寝室、トイレと探して、流し台に来た。
するとある違和感に気づく。
「これは……改めて見るとおかしいかもな」
そこには皿が三枚洗われてあった。一枚は昨日食べ多分だがそれでも二枚出ているのは不自然だ。状況から察するに彼女も一緒にカレーを食べたのだろう。そういえば思ったよりカレーが減っていたこともこれで納得がいく。
「てか吸血鬼もカレー食べるんだな……てっきり血以外食べないもんかと」
とりあえず一つ見つけたが何も思い出せない。その後も数時間探したが特に見つからなかった。
「げ、もう九時回ってんじゃん。まだ風呂も飯もこれからなのに……しゃあねえ、いったん打ち切るか」
用事を済ませた後にはすでにだいぶいい時間になっていた。
「流石に今から本腰入れて探す時間は……ねえよな。今日はここまでにしとくか」
歯を磨くために洗面所に向かう。そして歯ブラシを口に咥えながら考える。
(そういやここで彼女の髪の毛を乾かしてたんだよな……なんか残ってないか?)
そう思い急いで歯を磨いて吐き出すと床を注意深く探す。
「結構長い髪だったしワンチャン髪とか落ちてんじゃねえの?」
一通り探したが洗面所にはなかった。が一応ほかのところも探してみよう。
「風呂場は……流石にやめとくか。そもそも後から俺が何回か入っちゃってるし」
結局玄関からしらみつぶしに探すがなかなか見つからない。
「まさか落ちた髪すら持って帰った? もしかして吸血鬼毛が抜けないとか?」
考えてくとキリがない。俺は半ばあきらめながら窓の外を見ると、窓のサッシに何か光っているものが見えた。
「あれは……もしかして」
駆け寄って確認する。
「……やっぱり、思った通りだ」
そこにあったのは銀色の髪の毛、求めていたものだ。
「夢の中の俺もここから行ったみたいなこと言ってたし飛んだ時に引っかかったのかな?」
なんにせよラッキーだ。向こう側に落とさないように慎重に髪の毛を回収しようと触れた瞬間、頭の中に記憶が入ってきた。
彼女の髪の毛を乾かした時の感触が、会話が、台詞の抑揚までもが脳の中に浮かんだ。
「……なんだこれ、夢で見た時とは違う、まるで本当に経験したような……」
夢で見たことは一部を除いて、特に彼女にかかわるものはすべて『記録』として覚えただけだった。だけど今のは違う。まるで元々は知っていたように、思い出したかのようにその時の『記憶』が自分で経験したかのように思い出せる。
「やっぱり……これに触ったからか? イトナさんが言ってた『小さな痕跡からつながって思い出す』ってことか?」
落としてしまった髪の毛をもう一度触るが何も起きない。
「もう思い出せない? ……いや、もう思い出してるからこれ以上ないと考えるのが自然か」
でもなんであのシーンだけ? 髪を触ったから髪についてを思い出したのか? そもそもさっきの夢を見た時には思い出せなかったのはなぜだ? それっぽい理由なら用意できるが確証が持てるものは思い浮かばない。
「ああ~もう考えてもキリがねえ! どうせ明日先輩ン
時間も十二時を回っていたしどっちみち潮時だろうと思い、髪の毛を小さいジップロックに入れるとそのままベッドに倒れこんだ。昼間に寝たから眠れるか心配だったが、気が付いたらすっと眠っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます