第2話 ファンタジーは存在するのよ

 俺のバッグを枕にしてベンチに寝かせてあげた。

「…………ッ!」

 彼女は目を覚ますとベンチから飛び上がる。

「お、目ぇ覚めたか? さすが四時間近く眠ってたから心配したぞ」

 女の子はあたりを見渡し、俺の方を見る。

「……ここは?」

「君が倒れてた道路の近くの公園、流石にあそこにずっといるわけにもいかないから移動させてもらった」

「……そう、ありがとう」

 彼女は起き上がり、ベンチに座り直す。

「それよりなんであんなところに倒れてたんだ?」

「……言えない、あなたには感謝してるけど、できればこのまま見なかったことにして放っておいてもらえるとありがたいかな」

 彼女は申し訳なさそうに答える。しかし『言わない』でも『言いたくない』でもなく『言えない』か、やはり何か事情がありそうだ。

「……まあ簡単な理由じゃないだろうし、いいよ」

 仮に虐待やそれに準する何かだったらそう簡単に言えるものじゃないだろうし、言いたいものでもない、それを無理に聞くのも酷だろう。だが、

「だけど君をここに放っておくわけにはいかないかな」

「……まあそうでしょうね、見ず知らずの人に何時間も付き添うようなお人よしがそう簡単に行ってくれるとは思えない。でもそれを踏まえてお願い、私を見逃して」

「ダメだ。もし無理やりにでもおいていってほしいのなら……」

 そう言って携帯を取ろうとすると彼女の顔が強ばり、俺の腕を掴みながら答えた。

「やめて、誰にも言わないで、あなたも去って、それで終わり」

「却下。君に何があってあそこに倒れてたかは知らないし無理に詮索する気もないが、それは見て見ぬふりをするっていうのとは違う」

 すると女の子は俺の顔を見て、答えた。

「……そう、なら仕方ないわね」

 すると彼女は振り返って走り出した。

「あ、ちょっと待て!」

「ごめんなさいっ……!」

 しかし体がもたずに、すぐに倒れてしまった。無理もない、さっきまで気を失っていたのだから。

「大丈夫か! さっきまで倒れてたんだから無理するな!」

 そう言って彼女に近づく。

「立てるか? ほら」

 彼女に手を貸そうと差し出すが、彼女は反応しない。

「おい、まさかまた気を失ったんじゃ……」

 そう思い顔を確認しようと覗き込むと、逆にグイっと引き寄せられた。

「うおっ!」

 すると彼女は間髪入れずに俺の首元にかみついてきた。

「痛っ!おいお前急に何を!……」

 急いで突き放したが、肩にはしっかりと噛み跡が残っていた。

「痛いな!何で急に噛みついてくんだよ!」

 慌てて噛まれた場所を触ると、違和感があった。噛まれたときはパニック+痛みで気づかなかったがそこにいわゆるな歯型は無く、小さな穴が二つあった。しかもそれだけじゃない。

「……おい、説明しろ。なんで急に噛んできた、なんで歯型が二つしかない? それに君、んだ?」

 彼女は少し間をおいて、答える。

「……急に噛んだのはごめんなさい、あなたには助けてもらったのにその恩をあだで返してしまって。けどあなたもうすうす気づいてるんじゃない?私が何者なのか」

 たしかに思い当たる節はある。それこそ今日学校で話したばかりだ。しかし本当にあるのか?そんな非現実的なことが――――。

「――――吸血鬼ヴァンパイア

「ご名答、と言っても信じてくれるかわからないけどね」

「そりゃそう信じられるかよ! 吸血鬼なんて……ファンタジーじゃないのか?」

「ファンタジーは存在するのよ、残念ながらね。……バレたついでよ、特別に見せてあげるわ」

 彼女は軽く周りを見渡すと軽く息を吸った。すると彼女の背中から翼が生え、そのまままるで鳥のように空に飛んだ。

「オイオイオイ、嘘だろ……」

 信じられない、だったらこれはなんだ? 肩に噛まれた痛みがある以上夢なんかじゃない、現実だ。現実の世界で彼女は俺の血を吸い、空を飛んだのだ。

 彼女はゆっくり羽ばたきながら着地した。

「……ふう、これで信じて貰えたかな?」

「信じた……ってよりは信じるしかないって感じだけどな 」

「それでいい、今はとりあえずという事実が大事なのよ」

 そう言うと彼女は俺に右手を広げる。すると俺の左手の甲が光り始めた。

 困惑している俺をよそに彼女は話し続ける。

「吸血鬼に噛まれたら吸血鬼になる、貴方も聞いたことくらいあるでしょ? けどそれって実は私よりも貴方、つまり噛まれた側の意識に作用するのよ。早い話が相手を吸血鬼にするならその相手が『吸血鬼に噛まれた』という事実を認識することが条件ってワケ」

「ちょっと待ってくれ、その話が本当なら俺も吸血鬼に――――」

「ならないわよ、話は最後まで聞きなさい。そんなポンポン増やせるものじゃないのよ吸血鬼にできるのは生涯でたった一人だけ、だから『同属』じゃなくて『隷属』にするの」

「成程、それなら安心……って全然大問題じゃねえか! 要は奴隷になるってことだろ、ふざけんな!」

 は? これで俺の日常終わりか? ふざけんなよ!

「安心して、仮にも恩人のあなたに何かするつもりはないわ、ただ『十分間そこから動かないで、そして私に関する記憶を忘れなさい』」

「は? ってマジで動けねえ! なんだこれ!」

 その言葉を聞いた途端、まるで地面にくっついたように足が動かなくなった。

「そういうこと、じゃあ私はもう行くから、ごめんね。それと……助けてくれて、ありがとね」

 そう言って彼女は走り去る。傷が治ってたことからもどうやら俺の血を吸って多少回復したようだ。ここから立ち去るくらいはできるだろう。だがここで行かせるわけにはいかない。彼女が吸血鬼だとしてもあそこに倒れていた時点でおそらく明確なプランがないのだろう。もしこの場を乗り切れても明日は? 明後日は? きっと生き残るのは難しいだろう。それに彼女のことを忘れてしまったら、今だってかろうじて動けているだけですぐに限界が来るだろう。そんな中彼女をおいていくなんて選択肢は、無い。俺は腹から声を出す。

「ちょっと待て!」

 そう叫んで足を前に出そうとする、すると全く動かなかった足が少し動いた。俺はそのまま走って、彼女の腕をつかむと彼女は驚いた様子で振り返った。

「は⁉ なんで動けるのよ! 確かに十分動くなって命令したはず……まさか。あなたちょっと左手見せて」

 そう言って彼女は俺の左手を取り、手の甲を見る。そこにはついさっきまではなかったはずの謎の文様のようなものが薄く浮かんでいた。

「……やっぱり、魔力が弱まってて全然効いてない。これじゃ動けるわけね」

「おい、一人で納得してないで説明してくれ。このマークは一体何なんだ?」

「……これは隷属紋って言ってまあ奴隷化された証みたいなものなんだけど、これが濃ければ濃い程危険な命令ができてなおかつ強制力も強いの。逆に薄いと強い意志を持った者にははじかれちゃう。普通はもっとはっきり写るはずなんだけど、あなたの場合とても薄い。確かにこっちに来てからろくに栄養取ってなかったけど……迂闊だったわ」

「つまり君が弱ってた+俺の動こうとする意志が強かったから動けたってことでOK?」

「まあそうなるわね、ていうか仮に弱っていても動くには相当の意志の強さと何より動く“理由”が必要なはずよ、あなたどんだけお人よしなのよ」

「いや、お人よしとかじゃなくてさ、君これからのプランがあるようには見えなかったし、また都合よく俺みたいに助けてくれる人に会えるとは限らないし……」

「やっぱりお人よしじゃないの。私が適当な人を襲うとか考えなかった?」

「考えなかった、君優しいし」

「やさ……そんなわけないでしょ! 私は君のことを噛んだんだよ? 仮にも恩人の君のことを!」

「噛むの結構躊躇してて最終手段って感じだったし、血も少ししか吸ってない。たぶんその気になれば全部吸い取ってもっと回復できたはずなのに必要最低限しか吸わなかった」

「それは仮にも君が恩人だから……!」

「恩を感じてる時点で優しいんだよ、だから君をこのままいかせたら誰も襲わずそのまま死んじゃうんじゃねえかって思って、少し怖くなって、そしたら動けた」

「本当にあなた超が付くほどのお人よしね、でも私は――――ってちょっと待って今何時?日の出まであとどれくらい?」

 聞かれてスマホを確認する。

「えっと……四時過ぎだね。ってもうこんな時間なのか。まあ結構気絶してたししかたな」

「やばい! もうすぐ日の出じゃない!」

「そっか、君吸血鬼だから太陽ダメなのか。どっか行くところあるのか?」

「あるけど間に合わない!この近くにどこか日光防げる場所ない?」

「この辺建物少ないからね、マンション街だし。少なくとも徒歩圏内には……」

「この際どこでもいいから! どこかない?」

「いや、別にそういう施設があるわけではないんだけど……」

「最悪公衆トイレとか日を防げればでいいから! もう時間がないの!」

「……一応、ここから十分くらいで俺ん家なんだけど」

「誘ってるの?」

「いやいやそういうわけじゃないから! そういうわけじゃないんだけど、少なくとも公衆トイレよりはいいんじゃないかなと! まあこの公園公衆トイレないけど」

「本ッ当に何もないの?」

「ない、あるとして公園の遊具くらいかな? まあ少し日光入るだろうけど」

「絶ッ対に何もしない?」

「しねえよ! 第一吸血鬼を襲うとか怖くてできねぇよ!」

「じゃあ、お邪魔させてもらっても……いい?」

「おう、先に言っとくけど大した家じゃないからな」

「この際日光をしのげれば何でも良いわ、早く行きましょ」

 そう言って彼女は足を前に出すが、足がもつれて転んでしまう。

「痛、ダメ、血が足りない」

「おい大丈夫か?手ぇ貸そうか?」

「ありがとう、けどろくに歩けそうにないわ」

「そうか……流石に十分歩くのはきついか……どうする? 噛むか?」

 そう言って腕をまくる。

「……そんな何回も悪いわよ」

「じゃあどうする?おぶるか?」

「もっと悪いわよ!」

「でも他にないだろ、見捨てる訳にも行かねえし」

 そう言ってしゃがむと彼女は申し訳なさそうにしながら乗る。

「よし、じゃあ行くぞ」

 そう言って立ち上がるが少しよろける。

「あ、わりぃ」

「仕方ないわ、疲れてるでしょうしね。少し心は痛むけど……『迅速かつ安全に家まで私を届けなさい』」

 彼女の言葉を聞くとさっきと同じように一瞬体が止まり、勝手に動き出した。

「は?‌ ちょ、なんで」

「こっちの方が貴方も楽でしょ。それにもし嫌なら本気で抵抗すれば動けるはずよ。やらないってことは貴方的にもこっちのがいいんじゃない?」

「ンなわけあるかよ! さっきが特殊だっただけってさっきも言ってたろ! っておい叩くな! お前本当は心痛めてないだろ!」

 彼女は無視して俺の背に乗る。

「ほら、『そのまま家までGO!』早くして、日が昇っちゃう」

「マジで反則だろそれ!」

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