第3話 どれだけお人よしなんだか

 歩きながら訊ねる。

「てか日光浴びるとどうなるんだ? やっぱり灰になるとか?」

「流石に即灰になったりはしないわよ、ただ凄く痛いわ。全身を炎で炙られる感じというか。一度だけ浴びてしまったことがあるのだけど、もうあれは経験したくないわね」

「そうなのか、まあ痛いのは嫌だな」

「うん、じゃあこっちも質問。なんで人を呼ばなかったの?」

「あ? 覚えてないのか、君が呼ばないでって頼んだから」

「いやそれは覚えてるわよ、ただこんなどう考えても怪しい状況、普通無視して誰か呼ばない?それに何時間も待つんだったらとっとと通報なりして退散するのが普通でしょ」

「いや相当迷ったよ。ただ最初は虐待でも受けてるのかって思ってさ。話を聞いてからにしようと思った。まああれ以上意識失ってたら流石に救急車呼んでただろうけど」

「やっぱりお人よしね」

「そのお人よしに付け込んでるのは誰だよ」

「家に行くことを提案したのはあなたでしょ」

「それはそうだけどよ、なんか釈然としねえな。おい、着いたぞ」

「あら、ホントに十分で着いた。」

「もう一回言うけど大した家じゃないからな」

「大丈夫よ、慣れてるから」

「……それって男の家にか?」

「大したことないところによ、他人の家はあなたが初めてよ」

「そうか、じゃあちょっと玄関で待っててくれ。今カーテン閉めてくる」

「……ありがと」

 彼女を玄関におろして、リビングに向かった。

 日が全く入らないように気をつけながらカーテンを閉めた。

「じゃあとりあえず……ほら」

そう言って腕を差し出す。

「え?」

「そのままじゃ困るだろ、動けるくらいなら良いから飲めよ」

「……バカなの? 今度こそ全部飲んじゃうかもよ?」

「だからそういう心配はもうしてないっての、正直家の中で動けないのも困るから早くしろ」

「……わかったわ、じゃあ」

 彼女は少し申し訳なさそうに腕に噛みつき、ちうちうと吸った。

「……もういいわ、ありがとね」

そう言って腕から離れる。俺はまくっていた袖を戻しながら質問する。

「それで、君は一体何者なんだ?」

「だからさっきも言ったじゃない。私は吸血鬼、いわゆるヴァンパイアよ」

「いやそれは理解したよ納得はできてないけど。そうじゃなくて例えば名前とか君自身のこと」

「……なんで名前なんて知りたいのよ」

「そりゃいつまでも『君』とか『お前』呼びだと不便だし。ちなみに俺は伊月いづき 徹、まあ普通の名前だよ」

「うん、とーるね、じゃあ私の名前なんだけど……誰にも言わない?」

「……?別に言わねーけど」

「約束よ?私の名前は……スカーレイン」

「外国人みたいな名前だな。じゃあスカーレインか?」

「ええ。でもそれだと長いからレインでいいわよ」

「レインね、じゃあ今日一日だけど、よろしく」

「ええ、よろしく。徹」


「じゃあ早速で悪いんだけど風呂入ってきてくれない?」

「なんでよ! やっぱり襲うんじゃ」

「だから襲わねーよ! 仮にも道で倒れてたわけだし、結構汚れてるからよ。レイン的にも入りたいんじゃないかなって。今湯舟入れたから」

「……そう? そこまで言うなら入ってあげるわ」

 レインはめんどくさそうにふるまっていたがどう見ても嬉しそうだった。


 久しぶりのシャワーを浴びながら考える。

 あの人間は何なのだろう、と。 

 何の変哲もない人間、特異体質でも何でもないただの人間。そのはずなのに弱っているとはいえ私の命令を破った。

 しかもその理由が『私が心配だから』だというのだから驚きだ。会って一日も経っていないこの私のためだけに破って見せたのだ。確かにあのまま行ってたらほぼ確実に太陽に当たっていただろう。だがあいつはそんなこと知らなかったはずだ、なのに憶測だけで動いて見せた。はっきり言って正気じゃない。それにあいつは私を吸血鬼だと知ってなお反応を変えない。普通だったら驚き、嘲笑い、恐怖し、逃走するはずだ。少なくても家にあげるなんてバカげた真似はしない。

「まったく、どれだけお人よしなんだか……」

 ただ実際そのお人よしのおかげでこうしてお風呂にありつけているわけだし、あまり強くは言えない。

「まあいい奴では、あるのかな。私のこと優しいって言ってくれたのあいつが初めてだし……」

「おい、着替えここに置いとくからな」

「あ、ありがと、だが私はさっきまで着ていたもので大丈夫だ」

 今の独り言聞かれなかったでしょうね?まあ話し方からして聞かれてなかったと信じよう。最悪命令するし。

「あんな汚れてるの着させられるかよ。俺ので悪いが洗濯してあるし大丈夫か? もし嫌なら買ってくるが」

「そこまでしなくてでいい! まったくどこまでお人よしなんだ君は。君ので我慢するから置いたらさっさと行ってくれ」

「はいはい、ってどこまで偉そうなんだよ! 仮にもここ俺ん家だぞ!」

「だからって女の子が風呂に入ってる前にずっといるのもどうかと思うぞ」

「あ~はいはいわかりましたよ、リビングにいるからさっさと出て来いよ、お嬢様」

「五月蝿い!さっさと行け!」

 そう言うと徹は溜息をつき、リビングの方へ歩いて行った。

「じゃあそろそろ湯舟に入りましょうか」

 そう言いながら片足を入れる。久々のお風呂に感動を覚えながら全身を入れる。

「ふぇ~~、きぃもちぃ~~~」

 つい気の抜けた声が出てしまったがとても抑えられそうにない。何せ超久しぶりの風呂なのだから。

「ホントにやばいわ、どうしましょう、気持ちよすぎる」

 足をグイーと延ばして、完全にリラックスする。冷静に考えれば初対面の男子の家の風呂でするべき行動ではないがこの際どうでもいい。だって気持ちよすぎるんだもの。

「ホンっと風呂を発明したやつに感謝だわ。ふぃ~~~」


「さて、そろそろ出ましょうか」

 念のため少しだけドアを開けて徹がいないことを確認し、風呂場から出る。体を拭き、徹が置いてくれたTシャツとズボンをはいた。流石にオーバーサイズだがギリギリ着れなくはない。

「さて、徹! ちょっと来て!」

 少し遅れて返事が聞こえる。

「今忙しいから無理! 自分で解決してくれ!」

「やだ。『今している作業をやめてこちらに来なさい』!」

「ちょ、ふざけんなお前!あーもう逆らえねえ!」

 まもなく少し不機嫌そうな徹がやってきた。



 レインの命令に気合いで逆らおうとしたが結局逆らえず、レインのところまで来てしまった。

「お前マジでふざけんなよ」

「ごめんなさい、けど大事なことだから。私の髪の毛を乾かしてくれない?」

 一瞬固まって、答える。

「そんなことで呼んでんじゃねーよ。鏡見て自分でやれ」

「私鏡に映らないのよ、吸血鬼だから」

 そういえば吸血鬼は鏡に映らないと岡野が言ってた気がする、まさか本当だったとは。

「別に鏡見なくても髪の毛乾かすくらいできるだろ」

「できなくはないけど苦手なのよ。それにやってもらった方が楽……じゃなくて確実だし。だからお願い」

「今楽っつっただろ。……まあどうせ断れないしわかったよ、ほら、ドライヤー貸せ」

「流石お人よし! 期待を裏切らない!」

「お前それほめてんのか?」

 レインの白髪は尋常じゃない程サラサラで、それでいていい匂いがした。なぜ同じシャンプーを使ったはずなのににおいが違うのか。

 煩悩を消すように質問する。

「そういやレインって普通の人間と何が違うんだ?」

「何って?」

「いや、例えば鏡に映らないとかよ。ひょっとして写真にも写らないのか?」

「写真は写るわ。まあ率先して撮りたくはないけれど。あとはそうね、日光が苦手だったり、人の家には招かれないと入れなかったり、変化できたり……と言っても今は弱ってるから多少サイズを変えられる程度ね」

「サイズってそれできるんだったらなんで今の大きさなんだよ」

「これが一番楽だからよ。やろうと思えば赤ん坊から老婆にまでなれるけど過度にサイズを変えると疲れるからこのサイズにしてるの、まあエネルギーを使いすぎると自動で小さくなっちゃうけど。ちなみに今はさっきあなたとあった時より一回り小さくなってるわよ」

「マジで?って言われてみるとさっきは中学生くらいだったけど今は小学生くらいか? ちなみに顔は変えられるのか?」

「無理ね、あくまで成長の段階で変えるだけだから別人にはなれないわ。変化には変化先への理解が必要なのよ、自分のことは理解できても他人のことは簡単に理解できないでしょ?」

 ってことはこの顔はデフォルトなのか……それにしても。

「何よ、人の顔じろじろみて」

 さっきまでは汚れててよく見えなかったけど綺麗になってしっかり見るとこう、何と言うか可愛いな。言ったら調子に乗りそうだから言わないけども。

「別に何でもねえよ」

「私に隠し事なんてできると思わない方が良いわよ。『今私について思ったことを正直に答えなさい』」

「……可愛いなと」

「は⁉ あんた急に何言ってんのよ! 今の話の流れでそれってつまり……素の私が、か、可愛いみたいじゃないの!」

「実際そうなんだが、気を悪くしたならわりぃ」

「わりぃ、じゃないわよ! もう、さっさと手を動かしなさい。あと今私の顔見たら殺す」

「怖えよ、てか髪乾かしてるんだから顔見れねえよ」

「それもそうね、でも少しでも見たら殺すから」

 そういった彼女の耳は真っ赤になっていた。

「やっぱ可愛いな」

 そう呟くと聞こえていたようで、こちらをじろりとにらんできた。


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