第4話 「ええ、また明日」

 髪を乾かし終わってリビングに戻った。

「ところでレインって血以外の物も食べれるのか?」

「……なんで?」

「いや、俺今から飯食うからよ、もしあれなら一緒にどうかなと」

「別に食べれるわよ。お腹は膨れるけどあんまり栄養にならないから基本的には嗜好品としてしか食べないけど」

「なら一緒に作ってもいいか?」

「別にお腹減ってないからご飯なんて」


 グウウ~~~


「……えっと、レインの分も作ろうか?」

「……オネガイシマス」

「レインって苦手な食べ物ある?やっぱりにんにくとかか?」

「そうね、あまり好ましくはないわ」

「その言い方だと食べようと思えば食べれるの?」

「さあ? 食べたことないし。ただ食べた同族はみんな大変なことになってたわね」

「それって食べない方が良いってことね」

「そうしてくれると助かるわ」

「他にはない? 野菜食べれるか?」

 レインは呆れたように答える。

「あのね、確かに今見た目は小さいけど私は吸血鬼よ? あなたの何十倍も生きているの。野菜くらい食べれるわよ」

「なら良かった。じゃあ作るぞ」

 昨日仕込んでおいたカレーを出すと、レインは警戒するようにじろじろ見ている。

「さて、にんにくは入ってないから安心しろ」

「……何これ、見たことないんだけど」

「ん?別に普通のカレーだけど。もしかして食べたことない?」

「少なくとも実家にはなかったわ。大丈夫なのこれ、おおよそ食べ物の色をしていない気がするんだけど。まるではいせ……」

「おいそれ以上はやめろ。それと文句は食ってからにしてくれ。じゃあいただきます」

「……いただきます」

 そう言ってレインは恐る恐るスプーンを口に運ぶ。

「どうだ、うまいだろ」

「……おいしい」

「そうか、それなら良かったよ。こっちとしても作ったかいがある」

 レインは一言も発さずにカレーを食べている。やはり人に食べてもらうとうれしいものだと改めて実感する。

「……もう一皿もらえるかしら」

「おう、今と同じくらいでいいか?」

「うん……いや半分! 半分でいいわ」

「そうか、じゃあ入れてくるな」

 結局レインはもう一回おかわりをした。そこそこ恥ずかしそうだった。

 食べ終わって台所に向かう。

「洗い物くらい私がやるわ、全部任せっきりじゃ悪いもの」

「いやいいよ、こんくらい」

「これ以上借りを作りたくないの、何なら命令するわよ?」

「そうか? じゃあお願いしてもいい?」

「任せなさい」

 そう言ってレインは台所に立って洗い物をしようとする、が。

「……台、持ってこようか?」

「いらない! バカにすんな!」

 しかしどう考えても身長が届いていない。それもそのはず。今のレインの身長は小学生レベル。背伸びしてギリギリといったところだ。

「そうはいっても今の身長じゃ届かないだろ?」

「黙ってて! こうなったら……」

レインはぶつぶつ詠唱のようなものを唱え始めた。すると小学生程度だった身長がみるみる大きくなり、最終的に最初にであったころくらいに戻った。

「これで洗い物ができるわ。どうよ、すごいでしょ!」

彼女は思いっきりドヤっている。

「すごいけどエネルギー足りてるのか?」

「このくらいの変化なら大丈夫。まだ少しもつわ」

「なんでそんなギリギリなのに見栄のためにデカくなってるんだよ!」

「見栄なんかじゃない! ほら、時間ないんだからさっさとどいて!」

「わかったけど皿割ったりするんじゃねえぞ」

「割らないわよ! バカにするな!」

「いやバカにしてるとかじゃなくて」

 皿洗いは終わった結果としてレインはエネルギーを使いすぎて、小学生低学年レベルの身長になってしまった。

「……それでそんなに小さくなっちゃったら本末転倒な気がするんだけど」

「……うるさいわね」

「念のため聞くけど血液パックみたいのは無いの?」

「そんなの全部飲んじゃったわよ、じゃなきゃ倒れてないわ」

「そりゃそうだよな……それってどっかに売ってたりする?」

「知らないわよ、私だって家からこっそり持ってきたんだし」

「……家から」

「何よ、なにか言いたいことでも?」

 思えばいくつか思い当たるためしはある。こんな住宅地に一人で倒れてたこと。自分の苗字を嫌っているところ、そして今の『家から持ってきた』発言。ここから導き出される答えは。

「レイン、君やっぱり家出してきた?」

「……何のことかしら?何か証拠でもあるの?」

 冷静を装っているが明らかに動揺している。

「状況証拠集めたらそうかなって、それなら通報を嫌がってたのも納得できる」

「……概ね正解よ。私は家が嫌で出てきたの。もちろん親には説明抜きで」

「ちなみにいつから?」

「ざっと二週間前かしらね」

「今頃心配してるんじゃないのか?」

「心配するような親じゃないし大丈夫、それに私こう見えても子供じゃないのよ? まあ今はこんなに情けない姿だけど」

「……まあ人ん家の事情にとやかく突っ込みはしないけど。人と吸血鬼じゃ常識も違うだろうし」

「そういうことよ。まあどうしても私が必要になったらすぐに引っ張り出されるだろうから、それをされてないってことはつまりそういうことよ」

「……そうか、まあ子供が大事じゃない親なんていないし、もしかしたら全部知ったうえで見逃してくれてるんじゃない?」

「……かもね、だといいんだけど。さて、話がだいぶそれちゃったわね。それで血液パックなんだけど、基本的にほぼ全部実家にあるわ。だから今の手持ちは0、つまり絶体絶命ってやつね」

「……ちなみに血が足りなくなるとどうなるの?」

「そのへんは人間と同じよ。栄養が足りなくなって、餓死するわ」

「それって大変じゃないか、レインは大丈夫なのか? 正直倒れるほど衰弱してたのにそれから飲んだ血って俺を隷属化した時に少し飲んだだけだよな」

「そうね、ざっくりあと一日ってところかしら」

「意外と持つんだな、あの時飲んだ血ってほんの少しだけだよな。意外とコスパいいのか?」

「契約者の血は特別なのよ。契約にもよるけど一般人の数倍から数十倍、場合によっちゃ数百倍はもつわ」

「契約の内容?隷属以外には何があるんだ?」

「そうね、全部上げてたらキリないけどまずあなたにかけた隷属紋。これは一方的にかけられて代償も少ない分簡単だけど効果は薄くてざっと五倍」

「薄いやつでもそんなにもつんだ」

「それだけ契約は偉大ってことよ。言っとくけど非常事態だったからでやたらめったらにできるものじゃないんだからね。他には対等な関係を示す同格紋、使い魔にする眷属紋、あとは服従紋、洗脳紋とかかしら。他にもあるけどまあ滅多に使わないわ」

「なんというか眷属だの服従だの洗脳だの物騒なの多いな」

「そもそも私たちが支配するための契約の派生だから当たり前と言えば当たり前よ。とにかく、三日もあれば何とかなるわ」

「けど何とかならないかもしれない。このまま誰にも会えずに餓死してしまうかもしれない」

「……そのときはそのときよ。それにもし限界が来ちゃったら実家に帰るわ」

「……けど実家は嫌いなんだろ?」

「よくわかったわね」

「いや、あんな態度に出されちゃね。てかそもそも好きなら家出しないでしょ」

「え、態度……? 出てたかしら。隠してたのに……」

「あれで隠してたつもりなの?」

「う、うるさい! と、とにかく家は大っ嫌い。けど背に腹は代えられないわ」

 どうやら本気らしい。ここはどうにかして止めなければ。

「……なあ、一日に血液ってどれくらい必要なんだ?もちろん一般人の」

「そうね、その日の運動量によるけど割と少な目で大丈夫よ。パック1つで3~5日ってところかしら」

「意外と持つんだな。もっと1日1パックとかだと思ってた」

「血液は栄養効率が特殊なのよ、それこそ契約によって変わっちゃうくらいにはね」

「そうか。なら、俺の血を吸っていいぞ」

「……は?あんた急に何言って、それに徹の血ならさっき吸って……」

「けどあんなんじゃ全然足りないだろ?幸いにも今日明日はバイト無いからもう寝るし、普通に生活できる分だけ残してくれればいいから」

「……確かにそれだけ吸わせてくれれば多分一ヶ月近くは持つわ、でも却下」

「え、なんでだよ!レインにとって悪い話じゃ無いだろ!」

「でも、それじゃあなたに何もメリットがないわ。ただでさえお風呂とご飯を貰った上隷属にされて、今の所迷惑しかかけてないわ。その上限界まで血を吸うなんて申し訳ないわよ」

「痛いけど死なれるよりか何倍もマシ」

「……君本当にお人よしすぎるね、詐欺とかに引っかかってない?」

「これでも人を見る目はあるつもりだ、引っかからないよ」

「ふん! その言い方じゃ私が……もういい! じゃあ吸わせて貰うわよ、間違えて全部吸っちゃっても知らないんだからね!」

「え、お手柔らかにお願いします」

「じゃあそろそろ寝るから、いま吸っちゃって」

「わかった、じゃあ布団に移動しましょ。多分吸われてすぐはろくに動けないでしょうし、すぐ布団入れた方がいいでしょ?」

「布団って……いいのか?」

「あら?何が不都合な理由でも?」

「いやないけどさ……寝室だろ?その……」

「襲わないんでしょ?貴方を信じてあげるから、早く行きましょ。寝室はどっち?」

「あ、ちょっと待てよ!」

 そして寝室、ベットの上に乗っかっている俺にレインが話しかける。

「その、ここまで来てなんだけど本当にいいの? 吸わせてもらっちゃって」

「くどい、さっきからいいって言ってるだろ?」

「そうだけど……じゃあお言葉に甘えちゃっていい?」

「おう、それと多分俺が起きる時にはまだ日出てると思うからそれまで適当にくつろいでていいよ」

「……もうここまで来ると清々しいわね、私が何か盗むとか考えないの?」

「信用してるからこそだよ、第一そういうの疑ってたら家に上げない。さて実質徹夜明けだから眠いんだ、噛んでくれ」

「ふふ、噛んでくれだなんて吸血鬼やってて初めて聞いたわ」

「俺も初めて言ったよ」

「当たり前でしょ? じゃあ本当に噛むわよ?」

「おう、ドンと来い。覚悟はできてる」

 すると彼女はベットの上に乗ると、そのまま俺に近づき、噛み付いてきた。

「じゃあ……あん」

 彼女は俺の首元に噛み付いた。まず最初に感じたのは鋭い痛みだった。

「――――ッ」

 つい声に出てしまった。彼女は心配そうなでこちらを見ている。心配をかけてはいけないと思い、笑う。

 次に感じたのは血が抜けていく感覚だった。体から血がなくなって冷えていくのがリアルにわかった。

 そしてさっきは一瞬だったかつ動揺してたから分からなかったが、レインは俺の膝に乗る形になって首元に吸い付いている。つまり距離が鬼近いのだ。それに静かなのも相まってレインの声が漏れるのが聞こえる。

(これ普通に恥ずいぞ、そしてなんかエロ……)

 そんなことを考えていると、レインがスっと離れた。

「終わりか……あれ、手の甲のこれ濃くなってる」

「ん?ええ。それ魔力に関係するのよ」

「そっか。じゃあ今命令されたらやばいな」

「する必要がないからしないわよ。もういいから早く寝なさい」

「本当にもういいのか?体感まだ行けそうなんだが」

「まだ行けそうくらいでいいの、これ以上吸ったら明日にまで影響出ちゃうわよ」

「そうか?もう少しくらい……」

 立ち上がろうとしたがフラッと倒れてしまう。

「ほら、言ったでしょ?分かったらさっさと寝て」

 レインは俺に布団をかけて、宥めるように言う。

「悔しいがそのようだな、じゃあ寝させてもらうよ。レインも眠くなったらソファーにでも寝てくれ」

「最後までお人好しね。まあわかったわ、お言葉に甘えさせて貰う」

「おう、じゃあまた明日な」

「……ええ、また明日、ね」

そう言ってレインは寝室を出る、そして俺も眠りについた。深い眠りに。



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