吸血鬼の少女と変化した日常

十晴

第1話 誰にも知られていないこと

 この世界には誰にも知られていないことが結構ある。そのことを理解したのはゴールデンウイークの前日のことだった。


「なあとおる、お前ファンタジーってどれくらい信じてるか?」

 朝準備をしていると隣に座っている岡野おかのが急に話しかけてきた。

「……いきなりなんだよ、ファンタジーって」

「あれ?わからないか。ファンタジーって言うのは魔法とか……」

「いやファンタジーがなにかはわかるよ。ただお前の趣味に付き合いたくないだけなんだが」

 オカルト研究部とかいうものすごく胡散臭い部活に入っていることからわかるように、岡野はそういう胡散臭いことが大好きだ。

「いや昨日テレビで特集やっててよ、もしかしたら見たかなって思って」

「まったく信じてねえよ、つーかこの年齢で信じてるやつのが少ないだろ」

 もう高校生、魔界がどうの悪魔がどうの言ってる年齢じゃない。

「だろうな。まあいる前提で聞いてくれ」

「は? まあいいけど」

「ならよかった、それで早速なんだがよ、ヴァンパイアってわかるか?」

「あれだろ? 血を吸ったり蝙蝠に化けたりできて、日光と十字架とかニンニクとかが弱点のやつ」

「そ、ちなみにその設定が1番有名だけど実は結構違うんだぞ。例えば十字架は元キリシタンじゃなきゃ効かないとか、蝙蝠じゃなくて狼に化けるタイプもあるとか、まあ人の血を吸ってそいつを吸血鬼や眷属にするってのは大体共通らしいけど」

「そうなのか、意外と知らないもんだな……ってそんなん知って何になるんだよ。意味ないだろ」

「別にいいだろ! もしかしたら役に立つかもしれないんだから」

 岡野は口をとがらせながら答える。

「何の役に立つんだよ……まあいいけどよ、どっちみち俺には関係ない話だし」

「わからんのに……」

「てかそんなことより岡野、今日英語の課題出てたよな、やってきたか?」

 「え?えいごのかだい? どんなのだっけ! 完ッ全に忘れてた!」

「……全く仕方ねぇな、ほら」

 そう言ってプリントを見せる。

「提出二限だから普通にやってたら間に合わねぇだろ。見せてやるからさっさと終わらせろ」

「うぉぉ! ありがと、徹! 恩に着るよ」

 そう言って彼は急いでファイルからプリントを取り出し、記入し始める。

「終わったら適当に机の上にでも置いといてくれ、俺はトイレ行ってくる」

「おう!ほんと助かった、ありがと!」

 トイレから戻ると岡野は課題を終わらせたようで、友人と話していた。そして机の上に俺のプリントが置いてあった。


 そして放課後。

「よう徹、今日もバイトか? 相変わらず精が出るな」

「ん?ああ、これでも足りないくらいなんだがな」

「やっぱ一人暮らしは大変だな、仕送りもらってないのか?」

「もらってるけど全然足りないからバイトしてるんだよ」

「お前も大変だよな、この年で一人暮らしなんてよ、まあ少しうらやましいけど」

「そんないいもんじゃないよ、いいのは最初だけで結局めんどくささの方が勝つ」

「そういうもんなのかな、まあバイト頑張れよ、俺は部活行くから」

「おう、じゃあまたな」


 バイトの後片づけに思ったより時間がかかり、普段よりも帰りが遅くなってしまった。

「つっかれた……」

「家着くの日にち変わりそうじゃねえかよ、これ残業代出んのか? 出なかったら訴えてやる……ん?」

 愚痴りながら帰り道を歩いていると道に何か倒れているのが見えた。

「なんだあれ、犬か?」

 そう思いながら駆け足で近づく。むしろ犬であれと思いながら。しかし近づくとそれが何かはっきり見えた。

「……って人間じゃねえか! おい! 大丈夫か!」

 倒れてる人に近づき、顔を見る。気を失っているがおそらく中学生くらいの女の子だ。服装は少し汚れた布で全身に傷があり、お世辞にも綺麗とは言えなかった。

「やばいだろこれ、とりあえず救急車を……」

 電話しようとスマートフォンを手に取ろうとしたとき、女の子が俺の腕をつかんだ。

「だ……め……!」

「意識戻ったか! 無理すんな、今救急車を呼ぶからじっとしてろ」

「ダメ……誰にも言わないで……お願い」

 その声は震えていた。まるで何かを恐れているように。

「いやそういうわけには、っておい!」

 女の子は再び意識を失ってしまった。

「誰にも言うなって、けどすげえ怯えてたな。もしかして虐待とか……」

 冷静に考えればこの状況普通じゃない。服もだぼだぼで汚れているし、何よりこんな深夜に女の子が一人で外にいるという状況自体だいぶ危険だ。

「もしかして家出してきた……とかか?」

 だとしたらここまで怯えるのも納得がいく。しかしこのまま放っておくわけにもいいかねえし……。

「あぁ~~もう、疲れてるんだけどな!」

 そう言って女の子を持ち上げ、公園に向かった。

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