第10話 どういう状況なんだよ
(あれ……ここは?)
周りを見るとバイトからの帰り道のようだ。おそらく記憶の抜けている二日前だろう。
(え……ってボーっとすんな俺! 確かこの日はバイトがめっちゃきつくて疲れてたはず……)
思考をフル回転させる。この先には何が……そうだ!
(なにかが倒れてたんだ、それを見つけて)
「なんだあれ、犬か?」
口が勝手に動く。どうやら再現するだけで動けるわけではないらしい。
(そういや道を照らすとか言ってたな……)
「……って人間じゃねえか! おい! 大丈夫か!」
そう言って駆け寄る。
(お、マジか。このまま顔が見えるんじゃ……)
そう思って顔が見えそうな距離になった瞬間、急に意識が飛んだ。
(……なんだ今のは、どうなってんだ?)
意識を戻すと公園にいた。バッグは背負っておらず、ベンチの端っこに座っていた。
(そうか……たぶん俺は『この人を』忘れるように命令されてるんだ。つまりこの人が隷属紋をかけた人か? それでさっき顔を見ようとしたときにストップがかかったってわけか。)
予想はしていたが一筋縄ではいかない。顔を見たらアウトとなるとこの先スキップになる可能性すらある。
(結構きついが、なんとか思い出すしかねえ。今どういう状況だ?)
確か倒れていた人を介抱してきたのがこの公園だったはずだ。バッグが手元にないのは倒れたこの人の枕にしてるか、端っこに座っているのは隣で寝ているからだ。
(よし少しづつだけど思い出せている、だけど)
肝心のこの人についてがほとんど思い出せない。今わかってるのは倒れていた時に来ていた服がぼろぼろだったということだけだ。だがわからないならわからないなりに考えるしかない。小さいことでも思い出せばそこからつながってくるとイトナさんも言っていた。
(隣に寝てるってことはたぶんそんなにデカくないはず、どれだけ大きく見ても俺よりは小さいか?)
お、早速一つわかった、このままいけば結構わかるかもな。
そう思ったがその後は何もわからず、定期的に俺が様子を見るせいで記憶が何度も飛び、どれくらいたったのかもわからなくなってしまった。
(う~ん、覚えてる時間だけでも二時間は立ってそうだぞ。大丈夫か?)
「…………ッ!」
そう言って隣に寝ていたその人は飛び起きた。すぐに記憶は飛んでしまったが、起きる習慣になびいた髪は月明かりに充てられて銀色に光っていた。
(……次はどこだ?)
周囲の状況を見る限りさっきの公園から出て帰路についていた。ただただ帰っているわけではない。
(いやいやいや誰か背中にいるんだけど!? 感触的に女の子だな、てことはさっき倒れていた子は女の子……ってどんな状況だよ!?)
困惑も多いがとにかく思考を回す。
(とにかく思い出せ! 背負ってるってことは一緒に家に来るってことだ。なんでだ、家……いやわかんねぇ!)
考えていると彼女が口を開く。
「うん、じゃあこっちも質問。なんで人を呼ばなかったの?」
(声だ! てかやっぱ女の子だったのか。よし、どんどんわかってきたぞ)
「あ? 覚えてないのか、君が呼ばないでって頼んだから」
(そうだ、確か電話を取ろうとした俺の腕をつかんで止めたんだ。それで公園に行ってあんな感じに……)
「いやそれは覚えてるわよ、ただこんなどう考えても怪しい状況、普通無視して誰か呼ばない?それに何時間も待つんだったらとっとと通報なりして退散するのが普通でしょ」
「いや相当迷ったよ。ただ最初は虐待でも受けてるのかって思ってさ。話を聞いてからにしようと思った。まああれ以上意識失ってたら流石に救急車呼んでただろうけど」
「やっぱりお人よしね」
「そのお人よしに付け込んでるのは誰だよ」
「家に行くことを提案したのはあなたでしょ」
「それはそうだけどよ、なんか釈然としねえな。おい、着いたぞ」
「あら、ホントに十分で着いた。」
「もう一回言うけど大した家じゃないからな」
「大丈夫よ、慣れてるから」
「……それって男の家にか?」
「大したことないところによ、人の家はあなたが初めてよ」
(そうだ、彼女はずっと上から目線だった。思い出してきたぞ!)
「そうか、じゃあちょっと玄関で待っててくれ。今カーテン閉めてくる」
彼女を降ろすときに彼女の顔が見えてしまったのか、意識が遠くなった。
目を覚ますとソファーに座っていた。シャワーの音がするのでおそらく風呂に入っているのだろう。
(いやだからどんな状況なんだよ! 顔見ると終わりだから時間だけ進んで一向に現状がわかんねえ!)
「あ、そういえばあいつ服ぼろぼろだったな。……俺のでいいのかな」
そう言って立ち上がるとタンスからTシャツを取り出し、脱衣所に向かう。
(は? マジで何してんだよ俺は!? まあ気持ちはわかるけどせめて買いに行くとか……いや風呂出るかもしれないしこれでいいのか? ……いやダメだろ)
「おい、着替えここに置いとくからな」
「あ、ありがと、だが私はさっきまで着ていたもので大丈夫だ」
「あんな汚れてるの着させられるかよ。俺ので悪いが洗濯してあるし大丈夫か? もし嫌なら買ってくるが」
「そこまでしなくてでいい! まったくどこまでお人よしなんだ君は。君ので我慢するから置いたらさっさと行ってくれ」
「はいはい、ってどこまで偉そうなんだよ! 仮にもここ俺ん家だぞ!」
「だからって女の子が風呂に入ってる前にずっといるのもどうかと思うぞ」
(本当にそれはそう、何してんだ俺)
「あ~はいはいわかりましたよ、リビングにいるからさっさと出て来いよ、お嬢様」
「五月蝿い!さっさと行け!」
「へいへい」
俺はそう言ってため息を吐くと脱衣所を後にする。
そのあと俺はずっと仕込んでいたカレーを混ぜたりしていた。
(今出てる情報を整理すると……彼女は銀髪で少し小さめ。ぼろぼろの服を着て道に倒れてるとこを介抱して……なんやかんやあって今俺の家でシャワーを浴びている、か……)
冷静に状況を分析するとある一つの答えにたどり着く。それは、
(いやだからどういう状況なんだよ! 大事なことがマジでわかんねえんだけど!?)
……ということである。マジで顔を見れないということがデカすぎる。それに背負ってだいぶ歩いてから記憶が戻ったことから他にも条件があるかもと考えるときつすぎる。
そう考えていると脱衣所の方から声がした。
「……徹! ちょっと来て!」
(どんな状況だよ! てかいつの間に自己紹介したんだ?)
「今忙しいから無理! 自分で解決してくれ!」
(俺も俺で即答かよ! マジで何があったんだよ)
「やだ。『今している作業をやめてこちらに来なさい』!」
そういわれると俺はコンロの火を止め、駆け足で脱衣所に向かった
「ちょ、ふざけんなお前!あーもう逆らえねえ!」
(これが命令ってやつか……ってマズイ。呼ばれたってことは!)
案の定記憶は飛んでしまった。次はもっと近いといいが。
(……お、戻れたか……ってはぁ!?)
目を覚ますと今度は彼女の髪を乾かしていた。
(いやいやいやいや意味わかんねえから! ってかなんで記憶飛んでねえんだ? こんなんすぐ顔見れるだろうに)
しかしいくら待っても顔を見ることは無い。というよりもはや避けているかのように見ていない。
「ねえ、私のこと見てないでしょうね」
「命令くらってるんだから見れるわけねぇだろ」
(あ、そういうことか。流石に風呂上りは見られたくないって感じかな? でもなんにせよラッキーだ)
そう思い彼女に意識を向ける。
(やっぱり綺麗な銀髪で結構長め。それでいてめちゃくちゃサラッサラだな。んでもって思ったよりちっちゃいな。背負った感じ中学生くらいかと思ったが予想より一回り以上小さい)
「どうだか、君は破った前科があるんだし。私の恥ずかしい姿が見たくって見る可能性も……」
「そんなこと言うとホントにやるぞ」
「あ、やめてよ!」
(お前らなんなんだよ! ってか俺一回命令破ってるんかよ! じゃあなんで今記憶ないんだ?)
「冗談だよ……ほら、乾かし終わったぞ」
「あら、ありがと。じゃあ『もう見ていいわよ』。ご苦労様」
「お、もう視界が動く」
(じゃあここまでか……次はいつになるのか)
意識が飛ぶ。
(……あれ、ベッドか?)
目を覚ますと眠っていた……いやおかしいだろこの文章。ということはあの後寝るまでずっと顔の見える場所にいたことになるな……いやだからホントにどういう状況なんだよ! 何寝る瞬間まで一緒だったのおかしいだろ。
「逃げられた……? いや考えれば当たり前か」
(逃げる!? 当たり前!? マジで意味わからん。俺昨日何があったんだよ)
「探しに行くか? でも今探してもどこかに隠れてるだろうし、かといって夜探しても見つからないだろうし……」
(隠れてるってどういうことだよ! そんなペット探すみたいな言い方すんなよ俺!)
俺は部屋中を探すと畳んであったTシャツと置き手紙を見つけると、わき目もふらず手紙を読んだ。
(やっぱり帰ったのか?でも玄関のカギはかかっていたはずだし……まさか窓から?でも俺の部屋五階だぞ!? どういうことだよ空でも飛べんのか?)
「なんだよこれ……」
俺は他に何かないか探すと服の裏から封筒が落ちた。
「なんか手掛かりはないか……? あれ、もう一枚ある」
俺は表に書いてある字を読んだ。
「なんだよ……びっくりさせやがって」
(よかった、とりあえずここは何とかなりそうだな)
俺も安心して封筒を開けようとしたその時。
「危ない‼‼」
頭の中に声がすると急に意識が薄れる。そして手紙の内容を見る前に意識が飛んでしまった。
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