第7話 信じられないだろうけど

 結局大してよさそうな案は浮かばず、バイトには手袋をしていくことにした。

「おはようございます」

「おっはよ徹君。ゴールデンウィークは楽しんでる?」

 バイト先にはすでに一つ上の八乙女やおとめ れい先輩がいた。年が近いかつ同じバイト戦士なこともあって結構面倒を見てくれている。

「昨日は一日中寝ちゃってました。先輩は?」

「私は昨日もバイトだったよ。マジで疲れた」

「お疲れ様です。俺もこっからほとんどバイトなんで、お互い大変っすね」

「ね、ってあれ。なんで手袋なんかしてんのさ、もう春だってのに」

 流石に気づかれるか。

「今朝ちょっと寒かったんで、俺冷え性なんすよ」

「そうなんだ、けど流石に仕事中はつけられないからね?うち飲食だし」

「っすよね……何とかならないですかね」

「流石にダメでしょ! ほら今のうちに取っちゃって、寒さなんて慣れる慣れる!」

「……わかりました、流石にそうですよね」

 そう言って手袋に手をかける。だがここまでは想定内だ。

「よしよし……ってあれ左手どうしたの。けが?」

「そうなんすよ、ちょっと体育でやっちゃって。これもよくないっすかね」

 左手には包帯を巻いておいた。これだけだと中二病っぽいから嫌だったがその中より数倍マシだろう。

「そっか……まあそれならしょうがないかな。一応ビニール手袋しとこっか」

 そういって先輩は裏から手袋を持ってきてくれた。包帯が外れる可能性もあったのでとてもありがたい。

「あざす」

「じゃ先入ってるね!」

 そう言って先輩は先に入っていった。

「何とか助かった……って俺もいかねえと。一分一秒がもったいない」

 俺は急いで着替えを終わらせ、バイトに入った。


 そして約五時間後。バイトが終わって先輩と話していた。

「お疲れ~、午前中にしてはお客さん多かったねぇ」

「やっぱゴールデンウィークですからね。マジ憂鬱っす」

「ね、そうだ徹君。この後まだ時間ある?」

「え、まあ大丈夫ですけど。なんすか?」

「ありがと、もし大丈夫ならなんだけど……左手見してくれない?」

「え……何でですか?」

「いや、さっきちょろっと見た感じ巻き方適当だったからちゃんと固定できてないんじゃないかなって思ってさ。もしよければ巻きなおしてあげようか?」

「えと……大丈夫す。何とかなってるんで」

「そう? でもやっぱり気になる。痛いの放置するのはよくないよ。こう見えても中学バレーやってたから少しできるし任せてよ」

 完全善意で言ってくれていてかつ断れる理由がどこにも見当たらないからどうしようもない。でもあんなの見られるわけにはいかないしどうすりゃ……。

「ホントにいいんで、こんくらい平気っすよ」

「え~、そんなに拒絶する?」

 やばいなんか怪しまれたか?

「あ、いやもうそんなに痛み無いだけなんで! マジ気にしないでください!」

「ふ~ん……な~んか怪しいな。何か隠してない?」

「隠してないっすよ! 第一何を隠すんすか!」

「いやだって明らかに動揺してるし、見られたくないものでもあるんじゃないかなって」

「ないっすよ」

「じゃあ見せてよ」

 そう言って先輩は俺の左腕を掴んで包帯をめくった。ついに見られてしまった、何とかごまかさなければ。

「えっと……これは違くて! そう友達! 寝てるとき友達に油性ペンで書かれちゃって! 決して自分で書いたわけでは……ちょ、先輩? どうしたんすか」

 先輩は俺の左手をじっと見ている。そこにはいつもの笑顔はなく見たことないくらい真剣な表情をしていた。

「やっぱり紋様だ……しかもこれは……。ねえ徹君って一人暮らしだったよね? 今日帰るの遅くなっても大丈夫?」

「明日の学校に支障がない程度なら大丈夫すけど」

「大丈夫。ちょっと来て。人前じゃまずいでしょ」

 そう言って先輩は俺の腕を掴んだまま店を出て、人気のない公園まで来た。

「ここなら大丈夫かな……で、これについてなんだけど」

「だから友達にペンで……」

「噓、どう見てもペンじゃないでしょこれ。誰に……いやつけられた?」

「何? 何のことすか?」

「そうだよね、信用できないか……ちょっと待って」

 先輩はそう言うと水道で手を洗って戻ってきた。

「やっぱ水じゃ完全には落ちないけど……見て」

 先輩の左手の甲にはうっすらと俺と同じような模様がついていた。

「え……先輩も?」

 どういうことだ? 先輩も中二病ってわけではないだろうしこの模様やっぱり何かあるのか?

「これで信じてもらえた? 私になら安心して教えてくれていいから」

「いや教えるって言っても……わかんないんすよ」

「わからない?」

「っす、朝起きたら左手についてて。疲れてて昨日の記憶もないんでてっきり自分で書いたのかと思ってたんすけど皮の下まであったんで……なんなんすかこれ」

「……え? 覚えてないの?」

「はい」

「そっか……てことは何か命令を……でも『忘れろ』より『言うな』のが都合がいいはず……なんでだ」

「あの先輩? 結局これなんなんすか?」

「落ち着いて聞いてね。……それは『隷属紋』って言って何かとの主従関係を示す紋章なの」

「……はぁ? なんすかそれ。からかってるんですか」

「違うホントなの! たぶん君は今それについて忘れるよう命令を受けてるんだと思うのだから……」

「失礼します」

 そう言って立ち去る。どう考えても怪しすぎるだろ。宗教だか怪しい商法だかわからないがとにかく離れなきゃマズイ。

「待って徹君! 信じられないだろうけど嘘じゃないの!」

「いや信じられるわけないでしょ放してください」

「じゃあその手の説明はどうつけるの、他に何かある?」

「……いや無いですけど。だからっていくら何でも荒唐無稽すぎでしょ! 信じろって方が無理ありますよ」

「まあ確かにそうだよね……よし。今からウチ来れる?」

「……え?」

「だから私の家! そんなに言うなら証拠見せてあげる」

「証拠?」

「私にこれを付けた人を見せてあげるよ。ほら早く!」

「ちょっ……はぁ!?」

 そう言って先輩は俺を引っ張って駅に向かって走り出した。

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