第7話 赤猫

「すみません。辛い過去を思い出させてしまいましたね」


「いいえ、過去は変えられません。大事なのは現在ですから。赤猫を見て、現代に帰りましょう。それに、この後に、また、小夜とは会えるので、この場面はそんなに辛くはありません」


「そうでしたね。小夜さんとは、再会があって、再び暮らすのですよね」


「はい。この時のような暮らしにはなりませんでしたが・・・」

 円覚は寂しそうに呟いた。


 目の前では、まさに廃仏毀釈が行われていた。建物は焼かれ、仏像は壊され、寺はすっかり廃墟にされてしまった。何がそこまで彼らを駆り立てているのだろうか?鬱憤を晴らすかのような暴力の振り方である。または、得体の知れない者を排除しようとする恐怖心からだろうか?


「先ほど、円覚さんを担いで行ったのは何者ですか?」


「あれは、源兵衛さんです。元彰義隊の侍だったようです。死に場所が無いと言って世を儚んで寺にずっといました。近くに息子さん夫婦の家があり、身体が動くようになるまで休ませてもらいました。あと、この夫婦には子供がいなかったので、小次郎を育ててもらいました。小次郎は人間の子供だったから、ちゃんとした人に育ててもらえてよかったです。小次郎とはこの日から会ってはいませんが、大人になって人間の寿命を全うしました。」


「そうですか・・・」

 小次郎という少年だけではないだろうが、きっと、人間の子を小夜さんと育てたかったのだろう。少年の名を呼ぶ時の寂しさや悲しい気持ちが痛いほど感じられる。


「あと、実はですね。私、妻子がいたんですよ」


「それは人間の妻子ですか?」意外な話しである。


「はい。間違いなく人間です」


「人間の家族を持っていたのに、お寺の暮らしをしていたのですか?」


「はい。化物としては生きていけなくなっていたので、人間社会に溶け込むためにも人間との家庭を持つことにしました。ただ、化物の追っ手が近付いて来ているのが分かったので、家族から離れることにしました。家族から離れて逃げている際に化猫の小夜と出会いました」


「なるほど。そのような経緯なのですね」


「源兵衛さんの家で体が動くようになるまでの数日間やっかいになってから、瓦礫の山と化したお寺に寄りました。その時には赤猫だけが残っていました」


「では、その赤猫を見に行きましょう」

 そう言って、右手で空間を摘むようにして捻った。同じ寺の数日後に移動した。過去の円覚が瓦礫の中にいるのが見えたので、近くに寄ってみた。


「すまない。寺も無くなり、皆ばらばらになってしまった。俺のせいだ・・・お前、行く所が無いのであれば、俺と一緒に来ないか?」

 円覚が話しかけているのが赤猫だった。


「あの猫が、円覚さんが言っていた赤猫ですか?」


「はい。そうです。俺の家族と一緒に少しの間は住んでいたのですが、どうも馬が合わなかったようで、家出してしまうのですが・・・」


「これで、小夜さんも赤猫も分かりました。現代に帰りましょう」


 現代への帰還は、過去に来た時のようなパフォーマンスは無く、軽く開いた手を握っただけで、元居た雨の神社に戻った。


「円覚さん、あの赤猫は普通の猫ではありませんよね?」


「一目見ただけで分かりましたか?まだ、可能性があるとしか言えないのですが、あの赤猫は小夜と同じ化け猫の才を持っていたと思います。小夜にもよく懐いていましたし、俺とも夢の中で、ですが、何度か話しをしたことがあります。あの猫も小夜と会いたがっているのです。赤猫はきっと猫又になっていると思います。小夜を説得できるのは、小夜に生きる元気を与えられるのは、本当の猫又の仲間だと思うのです。だから、あの赤猫と小夜を何卒会わせてやって下さい」必死の形相で訴えかけてくる。


 猿の時には群れから追い出され、人に助けられ慕った人間は死に、仲間になったと思った化物は仲間などではなく、さらには、仲違いの末、命を狙われるまでになり、人と家族を持とうとしたが上手くはいかず、やっと、心を許せる者たちや場所を得て、情を寄せられると思った相手ができたが、それもまた成就はしなかった円覚さんなりの考え得る限りの最良の方法なのだろう。


 小夜という猫の化物も、真面目過ぎる故なのか、この二人は悲劇のような喜劇のような最期を迎えてしまった。お互いが、というか円覚さんが、素直に自分の想いを伝えればよかったようにも思うのですが、今更、そんな事を言っても、肉体はもう朽ちて無くなってしまっていますし、魂ももう長くは無いですからね・・・。


「円覚さん、前にも言いましたが、安心して下さい。私は、アメノミナカヌシですから。必ずや、小夜さんとその赤猫を出会わせます。お約束します」


「有難うございます。有難うございます。何卒何卒お願いします」円覚さんは何度も、何度も頭を下げて、泣きながらお礼を言った。


 約束を守る自信はありますが、なんだか申し訳ないような気にもなってしまいますね・・・。その赤猫・・・茜ちゃん、事務所にいますからね・・・。これもご縁ということですかね。


「では、あめのみなかぬし様、これで、未練なくこの世とはお別れできます。有難うございました。小夜と赤猫のこと何卒よろしくお願いします」


 円覚が爽やかに微笑み、別れの言葉を口にすると、魂は空に広がるように四方に散って行こうとした・・・。

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