4.

 博之が帰って来たことにも、気づかず、由里は眠っていた。

「由里?」

「……博之さん?」

「ずっと寝ていたのかい?」

「……疲れてしまって」

「今日は実家に行っていたんだろう? ゆっくりしてきたんじゃないのか?」

「……ごめんなさい」

「ごはんは?」

「……ごめんなさい、作っていないの」

「いいよ。何か買ってくるから」

「……ごめんなさい」

 そして、由里はまたそのまま眠りについた。


 夢の中で由里は、小さな女の子になって――幼い、五歳くらいの由里となって、公園にいた。周りのみんなはお母さんといっしょだった。由里だけ、一人。

 ブランコに乗ったけど、うまくこげなかった。

 隣の女の子はお母さんに背中を押してもらっていた。笑い声を立てて、女の子は宙に行く。高いところで、笑い声も高くなった。

「ねえ、かわって!」

 由里がゆらゆらしていると、同い年くらいの女の子にそう言われた。

「あなた、ずっと乗っているから、かわってくれる?」と、女の子のお母さんらしき人に言われ、由里は黙ってブランコから下りた。

「どうぞっていわなきゃだめだよねえ」

「ひとみはどうぞって言うのよ」

「うん! まま!」

 背中に声が刺さるような気がした。


 翌朝起きると、博之はもう起きていて、「今日はコーヒーだけでいいから」と言って、コーヒーを飲んで、会社に行った。「今日の夕ごはんは頼むな」と言われ、由里は「うん」と言った。

 昨日は博之に悪いことをしてしまった。

 今日はちゃんとしなくては。

 でも、今日も身体が重かった。

 冷蔵庫を見ると何もなかったので、買い物に行くことにした。

 勇気を振りしぼって、外出の用意をする。

 ゆっくりゆっくり歩いて、買い物に行った。

 帰り、身体がしんどくて公園のベンチに座り、休憩をした。

 ……昨日、そう言えば、公園が出て来る夢を見たような気がする。

 由里がぼんやりと公園を眺めていると、女の子が一人で公園に来た。小学校低学年くらい? 

 女の子はスカートを翻して、ブランコに乗った。

 上手に立ちこぎをしている。

 由里は女の子を見ながら、自分もブランコに乗るのが好きだったなと思い出した。でも、うんと小さいころはうまくこげなくて。だけど、だんだん上手にこげるようになったのだ。

 女の子は大きく、何度も何度もブランコをこいだ。

 高く天に届くように。

 由里は女の子をじっと見ていた。

 女の子が気持ちよさそうにブランコをこぐ姿を見ていたら、なんだか気持ちがすっとするように思った。

 女の子がブランコをこいで、高く天に届きそうになるたび、由里の気持ちも空に飛んでいくような気がした。ブランコが下がり、また上がる。下がったとき、上にあがるんだ、という期待感があって、見ていてどきどきしてしまった。

 ふいに、女の子は由里の方を見た。

 そして、こぐのをやめて、ブランコを下りて、由里の方へ来た。

 

 どこかで見たことのある女の子だった。

 肩位までで、切り揃えられた髪。

 ちょっと遠くを見ているような、瞳。

 小さな唇。

 どこにでもいそうな女の子。

 ひらひらのスカートをはいていた。どうしてだろう? 女の子にも見覚えがあったし、そのスカートにもなんだか見覚えがあった。


 女の子は由里の前に来て、由里の大きくなったお腹を見て、言った。

「ねえ、おばさん、赤ちゃんがいるの?」

「ええ、そうよ」

「さわっていい?」

「いいわよ」

 女の子はそっと由里のお腹をさわった。

「ねえ、赤ちゃん、女の子?」

「そうよ」

「あたしね、妹いるの。妹が生まれたときのこと、なんとなく覚えているよ」

「そうなの?」

「あたしね、妹が生まれたとき、すっごく嬉しかったんだよ!」


 そのとき、由里の脳裏に、過去の情景が蘇った。

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