第14話 あなたに会いに来ました。

「――――ぐああああぁぁぁぁっ!!!」


「……――――ッ!? なんだっ!? 襲撃か!?」


 上階から響いてきた悲鳴を聞き、屋敷の二階で仮眠を取っていた騎士ポールは飛び起きた。


 同じ部屋で寝ていた他の騎士も次々と起きて、急いで鎧を装着し始める。


 お馴染みの黒甲冑に早着替えしたポールは壁に立て掛けてあった己の武器、幅広の曲刀を手に取って他の騎士たちと一緒に部屋の外へ。


 ドアを開ければ、すぐ目の前を必死の形相をした屋敷の従者が駆け抜けて行った。


「おいっ! 何があったんだ!」


「ハァッ、 ハァッ――――、ああっ! 騎士の皆様!! た、大変です! 四階から、人形の悪魔たちがっ!!」


「に、人形……?」


 半泣きの震え声で従者が緊急を訴えようとするも、人形と聞いて男の頭に浮かんだのは綿と布で作られたふわふわのそれ。


 悲鳴には似合わない言葉にポールは戸惑うが、フェリックスがぼやいていたある言葉を思い出す。


「“ぬいぐるみに殴られた気がした”…………」


 騎士団がリリアナたちの宿を突き止めたときの町で、地面に倒れていた気絶寸前のフェリックスから聞いた言葉。


 そのときの彼は胸元の傷の他に頭も打っていたらしく、気絶する直前の記憶があやふやだったが、フェリックスを担ぐポールにそんな呟きをしていたことを思い出した。


「おいお前ら! 急いで上に向かうぞ! エリンとジールは西階段、エルゴとバスコはオレと東――――」



「――――ア゙ア゙ァァァッ――――!!」

「――――キャアァァァッ!!!」


 ポールが二手に分かれる指示を出した所で、再び悲鳴が聞こえた。

 しかも今度は二カ所、別々の方向からだ。


「――――急ぐぞ!!」


「「「「はっ!!!」」」」


 侵攻の広がりを悟ったポールは部下達を急かす。


 魔術持ちの二人を自分の班から分散させて、ポールは残りの騎士二人と共に東階段へ向かった。走っている間にも上階から聞こえる悲鳴は増え続けている。


 だが、階段を上がる途中でポールは違和感を覚えた。


 必死に駆け下りる使用人たちとすれ違うが、三、四階にいた仲間の騎士たちとは一人も会わないのだ。


 襲撃を上手く引き止めているにしては悲鳴の数が多すぎる。もしや、と彼の頭に悪いビジョンが浮かび上がった直後、三階に上がりきったそのとき。


「――――止まれッッ!!!」


 彼らの目の前に

 崩壊音と共に天井を形成していた石材の瓦礫が降り注ぎ、一歩手前で踏みとどまった彼らの視界を覆う。


 数瞬の断幕、瓦礫の最後に落ちてきたのは、

 


「なっ…………!!」


「――――ッ、むごいな」 



 ひしゃげた黒い鉄くずと、その狭間から押し出されるように噴き出た肉片。

 彼らと馴染み深いその鋼鉄の黒は、雨に打たれた土砂のように凹んだ穴を全身に散りばめている。

 積まれた瓦礫には赤い血が垂れ流れて、何もなかった廊下が一瞬で死気に彩られた。


 そしてそのの側に佇むのは、十数体のぬいぐるみたち。


 手足を血に染めた彼らは、その縫い付けられた可愛らしい笑顔をゆっくりと騎士たちに向ける。



「…………戦闘態勢だ」


「え? て、敵は」


と言っている!!! 敵はそこにいるだろう! 人形の形をした悪魔共が!!」


 魔術が使えるポールには、ぬいぐるみから上に空いた穴へと繋がる魔力の糸が見えていた。そしてフェリックスや使用人に聞いた言葉から、ポールはこの人形たちが襲撃犯であることを見抜く。


 なにより目の前の惨状が、彼らから伝わるおぞましい気配がポールの生存本能を刺激した。


「――――くるぞっ!! “鎖束ジェイル”!」


 ぬいぐるみたちが攻撃対象を認識し、一斉に騎士へ飛びかかった。

 

 ポールの左手から放たれた五本の鎖が、中空の人形へ軌道を変えながら巻き付きにかかる。


 “鎖束ジェイル”は飛ばした鎖が相手を追尾し、自動で巻き付くという魔術。


 ポールはリリアナと違い、戦いの中で感覚的に魔術を発現させたタイプであるため、己の魔術の研究をしたこともする知力もない。


 よって鎖の細かい操作や命令はできないが、自動で追尾することしかできないという能力が、動きを捉えづらい対人形戦においては良い方向に効果を発揮した。


「ハァッ!」

 

 弾けるように飛来したぬいぐるみを鎖が自動で捉え、右に持った曲刀でその腹綿を切り裂いていく。固い何かが同時に砕ける感触がして、五体の人形は動きを止めた。


「――――くっ!!」


「ちょっ待っ――――ゔぼッ」


 だが他の騎士二人は構えが遅れていた。

 一人はかろうじて攻撃を防いだが、もう一人は剣をすり抜けて三体の人形に接近を許し、腹と両肩に衝撃が入る。ひしゃげた鎧が内蔵を圧迫し、男の兜から血があふれ出た。


 思わず床にうずくまるが外れた両肩が身体を支えきれず、上体だけ伏せた間抜けな格好になる。


 だが、慈悲を持たぬ人形たちは再度襲いかかり――――

 

「“鎖束ジェイル”!! アァ゙ッ!」


 再度、拘束からの斬撃で埋められた魔力結晶ごと破壊された。


 ポールの動きは止まらない。

 他二人とは比較にならないほど洗練された立ち回りで、己と部下に襲いかかる人形を一つ残さず綿クズに変えた。


「ポ、ポールさんっ……! 超格好いいっすね……!」


「ゴボッ、ゴボボッ(見直しました)…………!」


「ポールって言ってるだろうが。野郎に褒められても嬉しくねえよ。あと汚いからお前は喋るな」


 普段の軽薄な言動から良い意味で部下にナメられていたポールだが、彼も感覚で魔術を習得できる程度には窮地を切り抜けてきた猛者。


 リリアナの簡易命令オートモード人形なら、十体でかかってきても軽くほふれる。


 ポールは取りこぼしが無いか確認した後、階段の方を向いて、



「よし、オレは一人で四階に行くから、エルゴはバスコを連れて下まで――――」


「ぁがッ…………」



 振り返った彼の視界には、首が直角に折れたエルゴの頭。


 その足下には兜ごと潰されたバスコの伏せた上半身と、今度は二十体を超えるぬいぐるみの群れ。


 彼らが来た理由は単純明快。上階で敵を殲滅したあと、更なる獲物を求めて階段を降りて来ただけ。


 黒い鎧を認識した彼らは、 その綿の体を弾ませてポールに飛びつく。


「――――……ハッ、会えて嬉しいですってか? ……上等だ、オレがここで全員綿クズに変えてやる!! かかってこいよ、人形共ォ!!」


 無惨に散った二人への弔いを胸に、怒りの籠もった鎖と曲刀が廊下で舞う。

 

 鉄と綿が入り乱れる戦場で、ポールは思考を忘れない。


 上の人間はほぼ確実にやられているだろうが、今階段を降りてきたのならばまだ人形が居る可能性はある。


 逆に、ここで自分が全ての人形を食い止めていれば階下の被害は出ないし、異変に気付いた騎士たちが増援に来るはず。


 西階段に向かわせた二人も魔術持ちだ。増援が来るまで三階で踏ん張れば自分たちの勝ちだと、そう結論付けて耐久戦を決めた。

 

「耐えてくれよ、エリン、ジール…………!!」


 だが、東階段付近で戦うポールは知らない。


 反対側の階段では今戦っている倍の数の人形が黒鉄の残骸を踏み潰し、とっくに二階へ侵入していることなど。


 二階の戦力もほとんどが肉片に変わり、今や生き残っている騎士は半数以下になっていることなど。


 何も知らないポールは永遠に来ない増援を期待しながら、独り鎖と剣で踊り続ける。


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