第13話 動かなくなるまで殴りましょう。

 日が完全に沈んだ頃、ディエルゴの町を一つの馬車が駆け抜けていた。


 馬を操っている女は頭から麻袋を被って顔を隠している。目元と思われし位置には、視界の確保のために小さな穴が二つ空いていた。腰のベルトには左方に三つ、右方に二つの短剣が固定されている。


 女は手元の手綱を小刻みに波打たせて、それを受けた馬がさらに加速していく。

 馬車の進む方向は町の最奥、町長の屋敷だ。


 二頭の馬が牽引しているのはとばりのついた荷台。その陰には黒髪の麗人が溶け込むように佇んでいた。傍らには膝の丈ほどのぬいぐるみが十体と、荷台の大部分を埋めるほどに巨大な布袋がひとつ。


 馬車の揺れに身を任せながら、女は瞳を閉じて感覚を研ぎ澄ましている。


 己の魔力を内から外へ、薄く細く練り上げる。消え入りそうなほど静かに脈打つそれは、淡い光の糸となって布袋の中に繋がっていた。


「……そろそろですよ。どうですか、調子は?」


「…………良くはないわね。でも、やるわ」


 調子が悪いというより気分が良くないと言った方が正しいだろう。


 人形を雑に扱うことに抵抗を覚えるリリアナは、これから行うことを考えれば少なからず罪悪感を覚えてしまう。それに相手は騎士、作戦が完璧に成功するとしても、ある程度の犠牲は覚悟せねばならない。


「ごめんね、みんな。一人じゃ何もできない私を、どうか許して」


 それでも、彼女はやると言ったのだ。大切なアリスを取り戻すために、今日この瞬間だけ、彼女の友人ぬいぐるみは敵を打ち砕く騎士となる。


 返事のない許しを請うたところで、目的の場所が見えてきた。


 黒い柵で囲われた広い敷地の中にそびえ立つ、四階建ての立派な屋敷。

 石造りの壁には規則的にガラス窓がはめ込まれ、室内の明かりが宵闇に漏れ出ている。


 上空から見れば橙色の瓦がコの字に並んでいるであろうその建物は、敷地の門の警備を黒騎士四人に任せていた。


「やはり町民から聞いた通り、マクラーレン伯爵が“黒鉄の騎士団”を連れてこの町に来ているようですね。アリスさんも、おそらくここに」


「黒甲冑の騎士……前の町から追ってきてた奴らね。マクラーレン伯爵も社交会で見たことがあるわ。罪人を私兵を使ってまで追いかけるほど、正義感のある男には見えなかったけれど」


「あまり良い領主じゃみたいですよ。この町の白い綿を嫌って、全部黒い花に植え替えようとしたこともあるとか」


「じゃあ、遠慮は要らないわね――――」


 

「そこの馬車!! 止まれィ!!」



 門の騎士が馬車の接近に気付き、停止を命ずる。


 いよいよ、敵との初接触が始まる。


 二人の緊張が高まっていく。ソフィアは停止の命に背き、手綱をしならせてさらに馬を加速させ、リリアナは十体のぬいぐるみに“人形ドールズ”をかける。


 出力は魔力総量をギリギリまで削るフルパワー運用。

 ドレスやマント、狩人衣装などを象られた人形が立ち上がり、荷台の前方、ソフィアの近くに集まった。


「おい! 止まれと言っている!! おい――――クソッ、構えろ!」


「左右に散れ! 横から刺すぞ!!」


 相手に止まる気がないことを悟った騎士たちは迎撃の体勢を取り始めた。


 門に突っ込んでくる馬車の進路上から外れ、横から槍で突く狙いだろう。

 普通の馬車ならば馬か車輪を突かれ、横転して終いだ。

 

 だが、今屋敷に攻め入らんとしているのは独学で魔術を極めた天才にして、憤怒に燃える人形使い。彼女が魔力を込めれば、綿の腕でさえ騎士を殴り殺せる凶器へ変わる。


「行って!!」


 リリアナの合図で、馬車から十体のぬいぐるみが飛び出す。


 弾けるように荷台を蹴った人形たちは、瞬く間に騎士の眼前に迫り――――


「ぬいぐるみ!?――――ッグホォ!!」


「どうしたっ――――ブァッ!」


 その小さな腕を振り抜き、兜ごと大の男たちの頭を打ち据える。

 鉄製のそれを凹ませるほどの暴力が、騎士二人を殴り倒した。


「ぐっ――――なんだコイツらは!! 力が強すぎる! こんなオモチャ如きに…… お゙ぅ゙ッ」


 槍で一撃を防いだ騎士も、その素早く動く小さい的を捕らえられないでいるうちに、背後から強打をもらい地面に伏す。


 リリアナの人形は足も強化されている上に体も小さいので、一対一では動きを捕らえることは困難だ。


 加えて、この十体の人形は一貫して黒い衣装を纏っており――――


「クソッ見えん!! 姿を現さぬか、卑しい魔術師め――――ぐはぁっ!」


 夜の闇に溶け込んだ人形がしぶとく残る騎士を追い詰め、死角から近づいたもう一体に打ち倒された。


 小さい、速い、見えづらいの三拍子が揃った黒き綿の騎士は、苦戦の気配もなく門番たちを倒した。宿の密室であったり、明かりのない夜であったりと、環境さえ揃えばリリアナの人形は無類の強さを誇る。


 というのも、実は“人形ドールズ”をかけても強化されるのは力だけで、打たれ弱さは普通のぬいぐるみと変わらない。

 槍で一突きすれば終わる彼らを活かしているのは、常に効果的な使用を行っている使い手の力量でもある。


「門を開けてください!!」

「分かってる! みんな、お願い!!」


 再び命を受け、十体のぬいぐるみは黒い柵でできた門に飛びかかる。

 鉄を歪ませるほどの腕力が同時に十カ所、大して厚くもない門に押し寄せて破壊を行う。


 金属の破壊音が響いた後、開いたと言うには悲惨すぎる門の残骸の上を通って、馬車が敷地内に侵入した。


「玄関付近に少し動きがありましたね。そろそろ気付かれそうです」


「問題ないわ。皆すぐにに行くわよ」


 リリアナは荷台に乗ったままの大袋の見ながらそう言った。


 屋敷の手前で馬車は止まり、二人は整えられた芝生に降り立つ。

 

 ここからが、二人の作戦の本番。


 だが、作戦といっても内容は至って単純だ。

 先程と同じようにこちらの強みを押し付けるだけ。


 いまから行うのはソフィアの協力によって完成した、“人形ドールズ”と魔力結晶によるぬいぐるみの大量運用。

 実戦経験はなし、思いつきたての代物ではあるが、リリアナはこれこそがアリスを救える唯一の手段だと確信している。


 作戦を立てるといっても、非力な女二人ではどうしてもやれることが少ないのだ。

 だからリリアナは頼るしかない。願えば悪魔にさえなってくれる、己の友人に。


「みんな、を」


 リリアナがそう指示をして、十体の黒いぬいぐるみが荷台に乗っていた巨大な布袋をその怪力で持ち上げる。

 そのまま地面に降りて、屋敷の壁付近に移動。

 

 狙いは四階の窓。

 町人の話から地下牢の存在を知ったソフィアを信じて、上階にできるだけ人間を引きつけるのだ。


 リリアナは袋の中のそれと魔力の繋がりを強める。彼女から袋へ伸びる光の糸は、今では九十本の束となっている。


 集中を終えたリリアナは、命ずる。



「敵は黒き鎧の騎士。動かなくなるまで殴りましょう、私のアリスを取り戻すために」



 その言葉を聞いた小さい方の黒き騎士たちが、一斉に両腕を振り上げる。

 怪力によって打ち上げられた布袋は、その重さに負けず宙を昇る。

 

 少し角度をつけて投げられたそれは、でガラス窓を押し割った。

 




「――――なんの音だ!? 襲撃か!?」


 四階を歩いていた騎士がガシャンと割れる音を聞きつけ、急いで音の出所へ向かう。

 

 窓に面していた廊下に落ちていたのは、割れたガラス片と巨大な布袋。

 

「袋? 何が入って…………」


 男が中身を確認しようと近づいた、そのとき。

 

 布袋の表面が暴れ出した。ボコボコと波打つそれははち切れるまで伸びて、布が破ける。


「…………人形?」


 這い出てきたのは色も形もバラバラな、大量のぬいぐるみたち。

 象やうさぎを象ったものもあれば、人間のような服を着たものまで、種類は様々。

 

 廊下に広がったそれらは、やがて黒騎士の存在に気付き――――




 九十の悪魔たちが、一瞬で男の視界を埋めた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る