第12話 信念と執念。

※前回、第10話と11話を同時に投稿したのですが、pv数的に10話だけを見逃している方が多いようなのでここに記します。大事な話なので見逃した方は是非。

 不便をかけてしまってすみません。次はしっかり間を置きます。





―――――





「……お嬢様の、夫? あなたが……?」


 マクラーレンの言葉を聞いて、アリスの思考が瞬時に鈍くなった。


 アリスにとってリリアナはもはや全人類の頂点に立つ存在。そんな彼女と結婚するなんて言い出されても、目の前の脂肪塊と女神リリアナでは格が違い過ぎて、アリスは二人を“結婚”という概念で結びつけることができない。もちろん、本人は大真面目だ。


「………………あなた、が…………」


 時間が経つにつれ、アリスの思考が早さを取り戻し始めた。


 だが理解すればするほど、困惑と疑問が別の何かに変貌していく。暗くて深い、されど煮え湯のようにふつふつと沸き立つモノが、アリスの内を埋めていく。


 相手の反応を全く見ていないマクラーレンは、思い描く未来を見据えながら用意していた話を始める。


「そう、私はリリアナと結婚する。そのために、君には彼女の居場所を吐いて貰わねばならん。もちろん危害は加えないし、世間からかくまう用意も出来ている。流石の私でも、指名手配を取り消すことは不可能だからね。ああそうだ、君も従者として雇ってあげよう。リリアナは君と仲が深いようだから、側に置いてあげたいのさ。私は妻に寛大な夫でありたいからね」


「はぁ………………本気で言ってるんですか? 豚の分際で?」


 結婚が勝手に確定していることを除けば、大罪人となった彼女らにとっては破格の待遇だと言える。貴族に匿ってもらえる環境は、追われる立場の者が喉から手が出るほどに欲しいもの。


 しかしアリスは、それを許容しない。

 理由は本当に匿ってくれる保証がどこにも無いことや、彼の言動にどうしようもなく気持ち悪くなったことでもない。


 ただ、リリアナが自分以外の誰かのモノになることを許せない。

 彼女が誰かの側に寄り添う姿を見たくない。想像したくない。

 ましてや目の前のあぶらぎった輩となんて、嫉妬以前の問題である。


 それに対し、侮辱されたことに一拍置いて気付いたマクラーレンは、


「……私の聞き間違いかね? 今、豚と聞こえたような――――」


 そう言い出したところで、この豚と呼ばれた男はここで初めてアリスと目が合った。

 遙かに下等なモノを見下した目、汚物を見ているように強張った表情。

 

 その歪んだ口角をさらに歪ませながら、


めとる種族を間違えていると言ったんです。これだから人の言葉を話せるだけの汚物は、身の程を全く理解していない」


「……貴っ様ぁぁああ!! 立場をわきまえていないのはどちらか、その身体に刻んでやるわ! おいフェリックス、牢の鍵を開けろ!」


 もう一度はっきりと侮蔑を受けたマクラーレンは、その顔を真っ赤にで上げて怒鳴った。拳の骨を鳴らし、牢の解錠を要求する。拘束されたアリスを気が済むまでいたぶるつもりなのだろう。


 だが、鍵を持つフェリックスは主人に制止をかける。


「マクラーレン様、牢に入るのは危険です。足枷をしていないため、反撃をされる恐れがあります」


「はあぁっ!? なぜ寝込んでる間に付けていない!? 何をしておったのだ貴様は!!」


「ポールに『乙女の足に触れたらお前も犯罪者だぜ』と言われたので、仕方なく」


「仕方なく!? 本当に何をしておる…………!?」


 有能だと思っていた部下の阿呆な行動に、マクラーレンは勢いを削がれた。


 だがこの男の奇行は今に始まったものではなく、実は騎士団内で時折問題となっていたものであった。ただ、今まで現場に来なかったマクラーレンは知らなかったというだけで。


 例えば、リリアナたちが最初に隠れていた宿を襲撃するときもフェリックスは部屋の強襲に反対し、真っ向から降伏を促すことを意見した。


 フェリックスという男は己の信念を貫いて道を進む、騎士の鑑のような人物なのだ。


 ポールに「女の子の部屋に無断で踏み込むとかありえねー」と言われたのも理由の一つではあるが。

 

「……ええい、貴様もポールも、帰ったらたっぷり牢獄に入れてやるわ! 今はとにかく、この生意気な女からリリアナの居場所を聞き出せ! どんな手を使ってもだ!!」


 怒りの行き場をなくしたマクラーレンは尋問をいささか不安が残る部下に託し、部屋から出て行こうとする。流石に、反撃を覚悟で殴りにいけるほどの勇気はないようだ。


 その太い足で踵を返し、牢に背を向けたところで、


「…………お嬢様を狙うケダモノは、私が全部殺します。あなたも、あなたの部下も、全員」


「――――ッ! …………ふん。その状態でやれるものなら、やってみたまえよ」


 出て行く背中を、アリスの酷く冷えた眼が突き刺す。

 背後から漂う殺気に思わずバッと振り返るが、牢に繋がれた姿を確認して、出来る訳がないと鼻を鳴らし、男は立ち去った。


 開いたままの扉から僅かに差す明かりに、取り残されたのはメイドと騎士。

 尋問を任されたはずの騎士はその場に座り込み、無言のまま動こうとしない。


「…………私に居場所を吐かせるのでは?」


「痛みで秘密を話すほど、ぬるい戦士とは思えない。益のない暴力は好かん」


「……そういうことですか」


 フェリックスの言葉を聞き、アリスは静かに察する。


 彼は、己の信念を貫かんとする騎士の鑑。


 この男が足枷を付けなかったのは、己の信念を元に、無意味にアリスを殴らせないためだったのだと。二度投降を拒み、二度剣を交えた相手の信念の強さを、フェリックスもまた理解していたのだ。 

 

 実際にその推測は真実であり、ポールに言われたという言葉はただの嘘。彼はフェリックスの信条に巻き込まれただけである。


「あなたが見逃しても、私はあなたを殺しますよ?」


「好きにしろ」


 それでもアリスは殺戮対象を減らさない。

 この男が最大の障害であることを理解しているからだ。


 そしてフェリックスもそれを迎え討とうとしている。 

 数年ぶりの強敵に、彼もまた戦うことを求めているのだ。

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