第10話 たかみや かおる。

 学校は嫌い。


 わたしだけみんなと違うから。

 みんなと違うわたしは、居場所がどこにもないから。


 給食の時間が嫌い。


 給食を食べようとすればみんながじっと見つめてくる。わたしのお母さんがお金を払っていないことを、みんなは知っているから。


 だからわたしは、お腹が鳴っても、何分たっても、最後までご飯に手をつけない。


 お箸を持つと、みんなが一斉にわたしを見てくる。何も言わずに、無言で。顔を見るのも怖くて、わたしはずっと俯いたまま。


 お腹が減るのはいやだけど、怒られるのはもっといやだ。


 わたしは知ってる。人は怒ると殴るんだ。殴られると痛い。痛いのはいやだ。だ

 から、わたしには給食を食べる勇気がない。


 放課後が嫌い。


 みんな早く帰りたいから、廊下と玄関は人がいっぱいになる。

 わたしも早く帰りたいから、すぐに教室を出る。理由は少し、みんなとは違うだろうけど。


 人混みの中に入ると、わたしを見た隣の誰かがあわてて離れる。

 それに気付いた誰かが、ヒソヒソと喋りながらさらに離れていく。


 さして広くもない廊下でいちいち、大げさに、見せつけるように。


 一歩歩くたびにそれが繰り返されて、半径一メートルがわたしだけの学校になる。


 この感覚が嫌い。人は居るのに心細くて、うるさいのに静かで、見られているのに、見つけてもらえない。


 だから力いっぱい早く歩いて、サイズの合わない外履きに替えて、かかとを踏み潰しながら家に帰る。


 ペッタン、ペッタンと、わたしのくつだけが間抜けな音を立てている。


 家は一番嫌い。


 何をしても殴られるし、何もしなくても殴られるから。


 わたしはきっと、お母さんに愛されていないんだ。


 愛しているのなら、「余計なことをしないように」なんて言って、わたしの手を縛ったりしないはずだ。


 愛しているのなら、男の人にわたしが殴られるところを、黙って見てはいないはずだ。


 愛しているのなら、裸の男の人じゃなくて、押入れに閉じ込められたわたしを抱きしめているはずだ。

 

 それでも、わたしは家に帰る。


 寄り道もせず、だらだらと時間を潰すこともなく、ただ一直線に帰る。


 お母さんがまた昔みたいに、わたしを待っててくれるかも知れないから。


 お父さんがまだ居たときは、わたしにも笑顔を向けてくれた。


 殴った後は、ちゃんと泣いて謝ってくれた。


 いつもより早く帰れば、笑って「えらいね、おかえり」と言ってくれた。


 だから、わたしの放課後は早足だ。

 愛されてないなんて言っておいて、心のどこかではまだ期待をしている。


 今日こそは、おかえりって言われるかもって。


 もしかしたら、笑ってくれるかも知れないって。


 まだ、わたしの居場所はあるんだよって。

 

 そう信じてないと、帰る場所がないと、わたしは生きている価値がない。


 待つ人が居てくれるだけで、それだけでいいから。


 一人ぼっちだけはいやなんだ。

 

 このままじゃわたしは、透明人間になってしまう。


 わたしが知ってる学校と家だけの世界で、わたしを知ってる人が居なくなる。


 近くに居てくれるなら、わたしを想ってくれるのなら、別にお母さんじゃなくたっていい。


 誰でもいいから、わたしを見て欲しい。


 一人にしないで、静かにしないで。


 神様。おねがいします。


 誰でもいいから、わたしに愛をください。


 もう、生きたいと思える何かがないのです。


 一人でいいから、わたしに愛をください。


 わたしも、せいいっぱい返しますから。


 死んだっていい。一度だけでいいから。


 だからどうか、愛を――――







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