第8話 メイドと騎士。
「――――私は、早く宿に戻って妖精さんが見たいんです!!!」
石畳の真ん中でアリスが叫ぶ。買い物袋をそっと地面に置き、抜いた二本の刀身が夕暮れの
騎士は、長剣を突きつけてアリスに告げる。
「リリアナの居場所を教えて投降しろ、“
「それこそ教えても無駄なことです。腐った大人に妖精さんは見えませんよ?」
前回と同様に投降を促してきた騎士に対して、アリスは徹底抗戦の意思を示す。
彼女には自らを縛る権力も、それに大人しく従う老練の心得もない。
ただ心に決めた人のために、深愛を持って身を投じるのみ。
言葉が届かぬことを悟った騎士は長剣を上段に構え、弾けるように走り出す。
相変わらず甲冑を布衣の如き身軽さで着こなし、石畳には見た目通りの重音を響かせてアリスへ迫る。
アリスは長剣の間合いに入る直前、右手の短剣を騎士の頭めがけて投擲。
騎士が至近距離から迫ったそれをやむなく剣で弾くと、構えが解けた隙を狙ってアリスが襲いかかる。
「はあぁっ!」
腰から三本目を抜いて上段、中段、下段と落ちるように剣を三度叩きつけるが、騎士は最小限の動きでそれをいなした。
さらに剣を返し、アリスが前方に斬り上げるがそれも長剣で抑えられる。
長剣の有利ではないはずの超近距離で難なく斬り合える所が、アリスがこの騎士に苦戦する理由のひとつ。
そしてもう一つが――――
「ぬんっ!」
石畳を削り飛ばしながら、今度は騎士が攻勢に出る。アリスが重い一撃をなんとか防いだと思えば、舞うように遠心の力を増した剣がさらに重い破壊を生み出す。
長剣の重量と演舞のような剣術が、短剣では受け切れない重撃となってアリスを襲うのだ。武器の相性もあるが、なにより剣を使い込んだ経験が違う。
アリスが察するに、相手のそれはおそらく十年以上。
実はここ数年で強くなったばかりのアリスにとって、人生最大の強敵でもある。
騎士という殉職が基本のような職場で十年生き残った彼は、それほどの存在であって当然なのだ。
つまり、前回の戦いでのプー太郎がいかにファインプレーだったか、今のアリスには分かる。
「――――クソッ!」
剣を受ける度にじりじりと後退していたアリスは、一瞬の隙を突いて路地裏へ駆けだす。
狭い道を通って騎士を奥へ誘い込む。手前に転がっていた輩もついでに騎士へ蹴り飛ばした。
「逃がさんっ!」
「逃げませんよ、あなた足速いでしょう」
アリスは路地裏を抜ける前に立ち止まる。ここまで走ったのは逃亡ではなく、地形の有利を作るため。石造りの建物二つに挟まれたこの道は、せいぜいアリスが三人横に並べるほどの幅しかない。
騎士の長剣を振るには窮屈なそこで、短剣を持つアリスだけが好きに動ける。
今度はアリスから向かっていき、右の剣をまた投擲。
長剣を縦に振り下ろして、前方に迫っているはずのアリスを見据えれば――――
「――――上かっ!!」
路地の壁を蹴って、跳んで、跳んで、騎士の真上に躍り出たアリスが剣を振るう。
逆さの体勢から首を狙った双撃は、
「チッ!」
まだアリスは止まらない。
身体を半回転させて着地した後、騎士が振り返り様に剣を振りかぶった一瞬、切っ先が路地の壁に引っかかった隙を狙って背後に回り込む。
黒鉄に覆われた後ろ蹴りを上に跳んで
「――――ぐぅッ!!」
アリスは元々左利きであり、牽制のためだけの投擲はほとんど右で投げていた。
だが敵が背を向けた今、必中を確信したアリスの左投げは利き手分の速度と威力が上乗せされ、鎧を貫通し騎士の右脇腹に刺さった。
この戦いで初のダメージが騎士に入る。アリスは腰から五本目、最後のストックを抜いて絶好のチャンスを刈りにかかった。
「はあぁっ!!」
もちろん狙うのは短剣が生えている右脇腹から。手数より威力を優先し、一つ一つの斬撃を重く、丁寧に叩きつける。受けた長剣から伝わる衝撃が脇腹に響き、騎士の動きが目に見えて鈍くなる。
相手に反撃の余裕がないと確信したアリスが、今度は手数を増やして削りにかかる。ろくに長剣を振り回せない路地と右脇腹で、防御が追いつかない部分から短剣に裂かれていく。
籠手や脚甲ごと肉を
「フェリーーックス!! どこにいるんだーーーっ!!」
アリスの背後、路地を抜けた先から声が聞こえた。
半ば勝ちを確信していた彼女が一瞬だけ振り向くと、まだ増援の姿は見えていなかった。
だがその一瞬の隙を、老練なる騎士は猛攻を耐え忍びながらずっと、静かに狙い澄ましていた。
「ア゙ア゙ァ!!!」
傷も痛みも忘れて、黒甲冑が跳んだ。空中で身体と壁が垂直になるほどに傾き、道が開けた長剣が渾身の一閃を放つ。
騎士にとっては横に、アリスにとっては縦に振り抜かれた斬撃を
「ぐッ――――!!!」
満身創痍の身体から生まれたとは思えない剛剣が、短剣ごとアリスの身体を打ち据えて弾き飛ばす。
威力を全く殺し切れなかったアリスが、打ち飛ばされた勢いをそのままに路地を抜けて転がった。有利だった環境から叩き出され、開けた道で彼女を待っていたのは――――
「“
「なッ――――!!」
アリスの身体に幾重もの鎖が巻き付き、あっという間に両手両足を拘束された。
拘束の根元を辿れば、路地の出口に立っていた黒騎士の手から鎖が生えている。
アリスが身体に力を込めても、それが緩む気配は全くない。
「抵抗は無駄だぜ、嬢ちゃん。オレの“鎖束”はアホ怪力のフェリックスでも千切れねえ」
「ポール、早く気絶させろ。その女を放置するのは危険すぎる」
路地裏の方を見れば、先の騎士、フェリックスが歩きながら出てくるところだった。脇腹の剣も抜いて捨ててきたようだ。
「いやいや、流石にこの状態から……なるほど、お前にそこまで傷をつける女、か。可愛い顔して恐ろしいねえ」
「これを解け。今なら両手と両足で許してやる」
アリスは鎖の騎士を睨む。たとえ全身が拘束されていようとも、リリアナが居る限り彼女が折れることはない。黒鉄の足に噛みついてでも最後まで抵抗するだろう。
「おお怖。嬢ちゃんそれ、マクラーレン様の前で言うなよ。両手両足が無くなるから」
「マクラーレン? そいつがお嬢様をッ――――」
ただ、気迫と言葉だけではどうにもならない状況もある。
男の拳がアリスの側頭部を正確に打ち据え、アリスは意識を失った。
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