第7話 純白を纏った黒髪の神秘にして全人類が愛でるべき妖精さん。

 リリアナに頼まれた通り、アリスは人形店に行って大量のぬいぐるみを購入した。


 改造と転売の許可を取り、計百体の人形が詰まった大袋を宿の部屋まで持って行く。部屋の扉を開けば、魔力結晶とにらみ合っているリリアナがいた。ソフィアはもう魔力結晶を全て運んだらしい。


「お嬢様、ぬいぐるみはこちらに置いておきますね。私は今から変装用の服を買いに行って参ります。その間は“人形ドールズ”で警戒してて下さい」


「うーん……どうすれば魔力を……ああアリス。ありがとう、気をつけるわ」


 リリアナだけではなく、前回の町で派手に暴れたアリスもいずれ指名手配を受けると予想していた。

 それにこの王都から離れた町でも、二人の顔を知っている貴族が現れる可能性はある。

 なので、前々から考えていた変装のための服を買うという訳であった。


 ちなみにアリスは、自分が離れることでリリアナが危険になるとはあまり思っていない。あの百体の人形が詰まった部屋でリリアナが警戒を固めたのなら、自分でも攻略は不可能だと知っているからだ。


 リリアナの“人形ドールズ”は魔力を込めた分ぬいぐるみが強化されるが、素材の強度的に限界があり、最大出力が先の戦いのプー太郎で、魔力消費は十分の一程度。


 つまり、あの部屋には予備のあるプー太郎が最大十体、出力を下げればさらに大量のぬいぐるみが同時に侵入者を襲う。加えて、あの外見と腕力のギャップを初見で想定することはほぼ不可能。リリアナはあの部屋に居る限り、アリスよりも安全なのだ。


 という訳でアリスは、何の気兼ねもなく宿を離れて服屋を訪れた。


「いらっしゃいませ~!」

「黒髪でお淑やかで知的な超絶美少女に合う服と帽子は置いてますか?」

「こちらへどうぞ~!」


 自分の言動に全く動揺を見せなかった女店員を見て、アリスはプロフェッショナルの気配を感じた。この人には主の衣装を吟味する権利があるのかも知れない、自分についていける人種かも知れないと。


 まず案内されたのは帽子が並べられた棚。形から色まで多種多様なそれらから店員が手に取ったのは、暗めで濃い赤のベレー帽。


「なるほど、そう来ましたか……ベレー帽は良いですね、お嬢様の知的な雰囲気に合っています。ただ、ワインレッド……確かに黒には映えるでしょうが、いささか安直なのでは? 私としては暗めならこん色、明るめならいっそ白かそれに近いグレーかと思ったのですが」


「紺はアリですね。ただ白と灰色は……とりあえず、こちらへ来てもらえますか?」


 自信ありげな店員に再びついていくと、今度は上下の服が置いてある棚に来た。

 店員が少し探した後、両手にげたのは白のブラウスと黄土色のニット。


 その二つが視界に入った刹那、アリスの脳裏で完成する画家風のリリアナ。己の容姿に描く美麗でこちらに微笑んでくる彼女が、脳内アリスの対面に座ってお茶を嗜んでいる。そのままフォークで刺したケーキを、彼女の手でゆっくりと自分の口へ――――


「いいですね!!!!!!!」

「いいでしょう!!!!!!!」


二人の女は固く手を結んだ。一人は肥大化した己の夢想に感動を覚え、一人は顔も知らない少女の服装をドンピシャでキメたことに喜び、身体で歓喜を分かち合う。


 しばらく熱を冷ましたのち、店員がロングスカートの棚に手を伸ばす。


 その選択だけで既にアリスがうなずきまくっているが、店員が手に持って広げたダークネイビーのそれを見て、アリスの思考は再び加速する。先程のお茶会を終えて時刻は黄昏。椅子から立ち上がって暗紺のスカートを揺らし、暮れた明かりに歩くリリアナがとても綺麗――――


「いいですねぇ…………」

「いいでしょう…………」


 言葉なんて不要だった。二人の間に奇跡が繋がり、リリアナの顔も知らない店員にアリスと全く同じ情景が浮かび上がる。これがプロフェッショナルがプロフェッショナルたる所以であり、同じ熱を持つアリスが居たからこそ成せた所業。


 彼女たちは心ゆくまで感傷に浸ると、リリアナの服をもう一セット選びに向かった。再び奇跡的夢想イリュージョンが二人の間に起きたが、キリがないので割愛する。少しだけ彼女らの言葉を借りて伝えるなら、「純白を纏った黒髪の神秘にして全人類が愛でるべき妖精さん」だ。つまり白ワンピースと麦わら帽子である。


 リリアナの衣装に予算をほとんど使ってしまったため、アリスは簡素で動きやすい服を選ぼうとしたが、共に夢を見た相棒兼店員さんが無償で一セット見繕ってくれた。

 アリスは深く感謝し、必ずリリアナを連れてまた来ることを誓った。


 店を出た彼女は満足げに頬を緩ませて帰路を辿る。

 服を選ぶうちに半日が過ぎ、時刻はもう夕暮れだ。


 足取りは軽く、鼻歌交じりに石畳をなぞっていく。


「おう嬢ちゃん、良い買いモンしてんじゃねえ――――ガハァッ!!」


 途中、路地裏から輩が飛び出してきたが、アリスは気分が良いので一蹴りで元の場所へ戻してやった。トドメも刺すことはない。だって彼女は上機嫌なのだから。


「――――そこで止まれ、大罪人。」

 

 また路地裏から何か飛び出してきたが、アリスは最高の気分なので止まらない。どこかで見た黒甲冑を、鼻歌交じりに叩き斬ろうとして――――


「――――?」


 斬れない。長剣に阻まれた刃を力で押される前に離し、身体も数歩下がって前を見る。いつぞやの屋根上で戦った、長剣の騎士だ。確かに斬ったはずだと思って鎧を見れば、胸甲に十字の傷が刻まれている。


 あのときの強敵は、斬ったが死んではいなかった。

 プー太郎が居なければどうなっていたか分からないあの戦いを、果たしてアリス一人で勝ち取れるのか。


 だが当の本人は、そんなことなど微塵も考えていない。


「……そこをどいて下さい。私は、早く宿に戻って妖精さんが見たいんです!!!」


 彼女の頭にあるのは、純白を纏った黒髪の神秘にして全人類が愛でるべき妖精さん、ただそれだけだ。












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