第6話 参謀が不在。

「――――やはり、国家転覆しかないのでしょうか……」


「そうね。正直、国ごと変えるくらいしないと、追放刑は取り消されないと思うわ……でも、無関係の人間に手を出したくはないわね」


「何の話か分かりたくもないですが、とっくに無関係の私を巻き込んでると思いますよ…………」


 リリアナとアリスはソフィアの馬車に揺られながら、今後の行動について話し合っていた。


 今のリリアナの目的は、大きく分けて三つ。

 

 禁忌魔術の誤解を解き、追放刑を取り消すこと。

 令嬢に戻り、領地を豊かにすること。

 この状況を仕組んだ黒幕を暴き、ボコボコに叩きのめすこと。

 

 三つ目はともかく、前者二つは追放刑が無くならない限り、達成は不可能に近い。


 だが、罪人というレッテルが貼られた時点でリリアナに発言権はなく、解決方法をどう辿たどっても武力蜂起に行き着いてしまうのが現状だ。

 

「でも私たち二人だけじゃ、制圧は出来ても統治なんて不可能だわ。国を治めるなら相応の求心力が必要ね」


「いっそ誰かがクーデターでも起こしてくれれば、どさくさに紛れて発言権を得られそうなんですけどね……」


「制圧はできるんだぁー…………そっかぁ……は、はは」


 ちなみに、ソフィアはこの二人の事情をほぼ察している。


 いつの間にかソフィアの存在を忘れたように喋りはじめ、後ろの荷台から国家転覆やら追放刑やらの物騒すぎる言葉が飛び交う。

 この頃にはもう、「指名手配されてたリリアナ元公爵令嬢だ」と確信していた。

 ちなみに彼女は指名手配書の似顔絵も覚えているが、あまり似ていないと感じている。

 

 だが彼女はどうやら、兵に突き出す気も道に捨てる気も無いらしく、愚痴をこぼしながらも二人を次の町へ運び続ける。


「――――あっ見えましたよ。ディエルゴの町です」


 前方に見えてきたのは、石造りの建物にオレンジの屋根で統一された建物群。

 そして何よりの特徴は、町を囲うように広がる一面の白。

 綿花の畑である。

 その畑の規模は町に負けず、収穫した綿を荷車で運んでいる農夫がちらほら見える。


「素敵ね……! これだけ綿があるのなら、お人形もたくさん作れそう!」


「ありますよー、人形店。私、何回か来たことあるので」


 ソフィアはそう言いながら、畑の区域に馬を走らせる。

 左右に綿花が並ぶ道を抜ければ、ディエルゴの町の入り口だ。


「町の中は外と違って、石造りがほとんどですね」


 町へ入っていき、ソフィアが馬小屋のある宿を探して停めた。


「よし。助かったわ、ソフィアさん! 送ってくれてありがとう」


「この恩はいずれ必ず返します」


「ちょ、ちょっと待ってください、さん!」


 荷台を降りて立ち去ろうとした二人を、ソフィアは慌てて引き止める。

 名をよばれたリリアナはバッと勢いよく振り返り、アリスは剣の柄に手をかける。

 「本当にバレてないと思ってたんだな、この人達」と半ば呆れつつも、一応の両手を挙げ、ソフィアは用件を話し出す。


「大丈夫です、兵に告げ口をするつもりはありません。逃げる前に殺されそうですしね。それよりも運賃代わりにお一つ、協力してほしいことがあるのですが」


「護衛料じゃダメだったの……?」


「お嬢様、あんな高原に野党や獣は出ませんよ」


 協力、それが何も言わずに二人を運んだソフィアの狙い。

 二人の反応がどこかズレているような気もするが、ソフィアは構わず続ける。


「まあ外で話すのもアレなので、宿に入りましょうよ。特にリリアナさんは、誰も居ないところでお話したいでしょう? なんなら、一緒の部屋でも」


「ブチ殺しますよ」


「三人で!! 三人で話しましょう、ねっ!?」


 リリアナが暴走しかけたアリスを抑えたのち、三人はそのまま宿に入り、受付を行った。

 部屋割りは二対一、もちろんソフィアが一だ。

 部屋を二人の隣に取ろうとした際も、「いいのですか? 隣で。寝不足になっても知りませんよ?」とアリスが制してきたため、別の部屋にした。


 ソフィアは、この二人に割って入るのはよそうと思った。

 リリアナが何も言わなかったのも恐ろしかった。


 三人は部屋を確認したあと、ソフィアの部屋に集まった。


「で、何なんですか? 協力って」


「お金はほぼ持っていないわよ。プー太郎もあげることは出来ないわ」


 心なしか対応が冷たくなっているアリスから目を逸らし、ソフィアはようやく用件を話し出す。


「実は、私借金してて……

 リリアナさんの魔術を使って、どうにか一儲けさせてくれないかなと思いましてですね…………あっ大丈夫ですよ、プー太郎は奪いません。だからその目をやめてくれませんか、もう私目合わせられる人居ないんですよ」


 儲けと聞いて、リリアナまで冷酷な目になってしまった。

 いくら童心があっても彼女は元貴族、敵を見る目には背筋にくるモノがある。


「あのぉ……ここ、人形店もあるって言ったじゃないですか。私がやりたいのは、製造をお願いした人形にあの魔術をかけてもらって、自律するぬいぐるみを売るって商売です。もちろん転売にならないように、許可を取って店頭に並ぶ前のものを買います。どうですか? よくないですか?」


 ソフィアが提示したのは、まるで子供が夢見たような人形の販売。

 リリアナもそのぬいぐるみが子供のために売られることを理解し、ひとまず溜飲りゅういんを下げる。

 

 だが、問題点が一つ。


「お嬢様の“人形ドールズ”は人形に魔力を込めて扱うもの。元となるエネルギーが一人の人間である以上、販売はできないのでは?」


 そう、リリアナは“人形ドールズ”を使っている間、魔力を消費し続けている。

 その状態のまま人形を販売するのは、あまりに非現実的だ。

 

 ここで、考え込んでいたリリアナが口を開く。


「……あなたの荷台に乗ってた魔力結晶、あれを使えばなんとかなるかもしれないわ。……うん、“人形ドールズ”は簡易命令オートモードに切り替えて……結晶は……埋め込み…………うん、いけるわ!」


「本当ですか!?」


「魔力結晶と、使ってもいいぬいぐるみを持ってきてくれないかしら? 私、ちょっと一人で考えてくる!」


 リリアナの研究スイッチが入ったようだ。

 二人の返事も待たず、リリアナはさっさと自室に戻る。


「なんだか凄いやる気になってくれました……私、急いで魔力結晶持ってきます! すみません、お金を渡すのでぬいぐるみの方お願いしてもいいですか?」


 ソフィアも刺激され、早速行動をはじめる。

 頼まれたアリスは唖然としつつも立ち上がり、お金を渡されながらソフィアに問う。


「いいですが…………そういえばあなた、何で借金を背負ったのですか? やはり、商売のあてが外れて?」


「いや、当たってはいたんですけど、水晶と間違えて魔力結晶を買っちゃって……えへへ」


 商人にとっては塩と砂糖を間違えるような愚行を犯した彼女に、アリスは自分たちの今後を想像して頭を抱えた。






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