第5話 貴族は腹で話すべし。


「――――代金は護衛料でいいわよ!!」


「はっ!? なになになになに、何なんですかあなた達!?」


 荷物が追加された女商人は慌てふためく。だが、手綱と視線は一瞬たりとも外していない。馬の経験が長いようだ。

 

「すみません、少しの間だけ、乗せてもらってもよろしいでしょうか」


「そ、それはまあ、いいですけど……あなた達、さっき騎士に追われてた人じゃないですよね……?」


「「……」」


 リリアナとアリスは押し黙る。


 “都合の悪いときは口を開くな”、貴族社会で得た教訓だ。


「あのぉ……後ろから怒声と足音が聞こえるんですが……」


「そういえば、あなたのお名前を聞いていなかったわね。教えてちょうだい?」


「無視された……ソフィアです、けど……あなた達は?」

 

「「……」」


 リリアナは指名手配中で、国中に名を知られている。


 “墓穴を掘ったときは口を開くな”、貴族社会で得た教訓だ。


 そんなやり取りをしてる間に、町の出口付近まできた。


 甲冑では馬車に追いつけないため、騎馬さえ来なければ追手の心配はない。


「次の町は、どこへ向かうのですか?」


「また無視……ディエルゴです、綿が特産品の……」


 ソフィアは乗客について詮索する事をやめた。

 この人たちの正体が何であっても、私は知らないと言い張ろう。

 そう心に決めて、半ば諦念を宿しながら質問に答えたのだった。


「うわぁ何これ! 青くて綺麗ね!」


「それは魔力結晶ですね。お嬢様がよく使ってたポーションの原料ですよ」


「ちょっと何見てるんですか!? それ私の商品ですよね!? 勝手に木箱開けないで下さいよ!!」


 荷台乗りの旅で、リリアナの理性がさらに緩み始める。


 絶望から立ち直って、自分の欲望を抑えつけない方向に開き直ったようだ。


 馬車は町を抜けて、現在は広い丘を駆けている。


「次の町まで何日程でしょうか?」


「馬車で三日です! 荷物が少なければもっと早いでしょうねえ!!」


 ソフィアは吹っ切れた。


 代金は護衛料とか言ってたし、多分騎士に追われているし、名も名乗らない。

 もうさっさと運んで、面倒事は遠ざけよう。


 と、割と肝が据わった開き直りをしたソフィアの前に、伸ばした手から小熊のぬいぐるみが差し出されていた。


「プー太郎を貸してあげるわ。イライラするときは、ぬいぐるみに触れるといいのよ」


「流石の気遣いでございます、お嬢様」


 “相手の機嫌が悪いときは飴を与えよ”、貴族社会で得た教訓、ではなく、純粋にリリアナの優しさ兼お詫びだ。


 ちなみに貴族社会では、“相手の機嫌が悪いときは自慢話をしろ”である。


「い、要らないですよ。大体、手綱を握ってて持て――――」


 リリアナが“人形ドールズ”を発動して、ソフィアの腹にプー太郎をしがみつかせた。


「えっなにこれ! かわいーー!!」


「私の魔術よ。その反応は嬉しいわね、創ったかいがあるわ」


「これが魔術……ぬいぐるみを……あれ、これ商機なんじゃ……?」


 どうやら、ソフィアは人形の魔術に商機を見出したようだ。


 プー太郎により機嫌が戻ったソフィアは、その後も何度か振り回されながら、次の町ディエルゴに向かった。




―――――




 リリアナ・カレイドナイトが荷台乗りを果たした同日、レナード公爵家本邸にて。


 リリアナの元婚約者、パルテウスの自室で、彼の私兵が報告を行なっていた。


「―――という訳で、“黒鉄の騎士団”はリリアナの捕獲に失敗。当人はディエルゴに逃走中だそうです」


「マクラーレンめ、何を狙っている……絶対に先を越されるな」


「……はっ! 我ら“森閑しんかんなる騎士団”、総力をもって捕らえます」


 そう言った若い兵の言葉の末尾に、パルテウスは違和感を覚える。


「……捕らえる、ねえ。 と命令したはずだが?」

 

「いっいえ! 隊長越しに命令は聞いております!……ただ、あの聡明なるリリアナ様――――リッ、リリアナが、禁忌を犯すような愚行に走ったとは考えづらく……」


 パルテウスの雰囲気が、重く、鋭く沈んでいく。兵は、自分が何かの一線を超えてしまったことを悟った。


「そうか……貴様は己の上官より、大罪人の肩を持つのだな。光るものがあると聞いて引き入れてみたが、やはり若さが過ぎたか」


 パルテウスが椅子から立ち上がる。

 そのまま兵に近付いていき、ごく自然な動作で腰にたずさえた剣を抜く。


「―――がッ……!」


 抜き放たれたその細剣レイピアは、その鋭く伸びる刀身をしならせ、男の喉までの軌道を描く。


 反応する間もなく急所を突かれ、兵は血を流しながら倒れた。


「な゛……な゛ん、で……?」


 男は主の行動を最期まで理解できない。


 なぜ、部下である自分が殺されているのか。

 なぜ、リリアナを殺すことに執拗しつようなのか。


 若くして倒れる男を憐れんだのか、パルセウスは刀身の血を拭き取りながら、死にゆく男へ土産の答え合わせをする。


「……あの女は禁忌など犯していない。そんな真似をせずとも、驚異的な力を持っているからな。……あの魔術には文字通り、があるのだ」


 倒れ伏す男は、目の前の真実に茫然とする。

 もっとも、それを知ったからと言って、もう彼に出来ることは何もない。 


「カレイドナイト家は王家に従順だ。つまりリリアナは、。――――もう、お前の若さに詫びる分は話したぞ。はやく逝け」


 その兵は、己の若さと、それ故の正義感によって殺された。


 男は死にゆく間際に、安堵を手に入れた。


 それはきっと、密かに憧れていた女性が、何の罪もない人間であることを知れたから。

 

 だが同時に、心配と恐怖が入り混じる。


 無実の彼女に待ち受ける、途方もなき苦難を想像して。


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