第3話 戦場には掟がある。
リリアナ・カレイドナイトが決意を固めた同日、とある宿の一階にて。
「―――ええ、本当です。メイドと無気力な女、たしかに部屋を貸しました。三階に上がって一番奥でございます」
「そうか、よく勇気を出してくれた。協力に感謝する」
黒甲冑の男と宿の主人が、受付にて話し込んでいた。
黒甲冑は他にも室内に二名、宿を囲むように十名だ。一階で朝食を取っていた一般の客は、一体これは何事かとざわめいている。
主人と話していたリーダー格らしき男が、声を張り上げた。
「ここに居る者はよく聞いてくれ! 今、国を追放されし大罪人が、この宿に逃げ込んでいる! 我らは罪人を捕らえに向かうため、ここは戦場と化す恐れがある! よってしばしの間、宿の外へ避難を願いたい!」
それを聞いた一般客は、スプーンとフォークを投げ捨てて一斉に避難を始める。
「チ、チャールズ分隊長、あまり大声で叫ぶと罪人に気づかれてしまうのでは―――」
「何を言うか。奴らは既に袋のネズミ、逃げる場所などない。もしや貴様、たかがメイドと箱入りの小娘が恐ろしいと申すか」
「い、いえ、ただそのメイドが――――なっ何でもありません!!」
男が腰の剣に手を当てると、部下の弁は慌てて止まった。
メイドは少し名が通った強者らしいが、所詮は小娘。臆するようでは騎士は務まらんと、そう結論づけて部下へ命を下す。
「部屋へ向かうぞ。俺に続け!」
「「はっ!」」
チャールズを先頭に、騎士たちは階段を登り続ける。
三階に出ると、男四人が横に並べる幅の通路。
さらにその最奥、古ぼけた木製の扉が暗く佇んでいた。
「俺が扉を蹴破ったら、ジョビンは俺と中に突撃。ラクトンは出口近くで待機。
奴はとっくに死刑囚に認定されたが、絶対に殺すな。マクラーレン様のご命令だ」
リリアナは衛兵殺しの罪が重なり、追放者から死刑囚へ堕ちていた。
温情を無下にし、衛兵を殺した者として、首さえ持ち帰れば、見つけ次第斬り捨ててよいと王令も出ている。
「よし、行くぞ……3、2、1―――――」
チャールズが黒鉄の覆う足でドアを蹴破る。真っ先に視界に入ったのは――――
「―――人形……? ッ!うえがァ゛ッ」
部屋の中央には、ポツンと座る人形が一つ。
それに目がいった一瞬を、ドア直上の壁に潜んだメイドが刈る。
兜と鎧の狭間を縫った一撃は、完全な不意をついて喉を裂く。
男が大声を聞かれた時点で、この不意打ちの成功は確定していた。
騎士と罪人が一つ屋根の下ならば、そこがただの安宿であろうと戦場である。
そして戦場では、敵を侮る者が真っ先に死ぬ。そういう掟なのだ。
「ふッ!」
メイドは愚かなる死体を蹴り、後続の男へ飛ばす。
死体をぶつけられた男の死角を利用して、低い姿勢で後ろに回り込む。
部屋の外から近付いてくるラクトンを両の短剣を投げて制し、三本目を抜いてジョビンに一閃。生首が宙を舞った。
素早く部屋の外を振り返り、残り一人の騎士と相対。投擲の剣は流石に防がれたようだ。
「短剣が五本ッ……! やはり“
腰の二つに、手に持つ一つ。そして投擲した二つ。計五本の短剣を常備するそのメイドは、過去の公爵家襲撃事件にて、その異名と共に名を知られている。
「……」
メイドは何も答えず、黙って腰の後ろに手を回す。
手に持ったのは短剣ではなく、死体を蹴った一瞬で拾った人形。
「え、人形…………? なんで…………?」
騎士ラクトンは、先のチャールズとほぼ同じ心境になる。
メイドは二刀流とは似て非なる構えで走り出し、ラクトンの左手に短く跳ぶ。
その際に人形を反対側に投げ、ラクトンは通路で人形とメイドに挟まれる。
「ハァッ!」
メイドが腰から剣を抜いて素早い二連撃。
だが、男も騎士の端くれである。被害を鎧の分厚い部分に留まらせ、剣を振り上げて―――
「おぅふッ!?」
人形が男の頭まで跳び上がり、綿が詰まった腕とは思えないほどのパンチを繰り出す。
男は側頭部を強打され、壁に激突してそのまま失神した。
「ちょっと! 私のプー太郎、雑に投げないでよ!」
声の辿ればベッドの下、リリアナが四つん這いになりながら、プー太郎と呼ばれる人形を動かしていた。
「あんなに恐ろしいパンチを出せるなら平気なのでは?」
「気持ちの問題よ!」
リリアナがベッド下から這い出てきた。
リリアナの“
可愛らしい外見を盾にした、初見殺しの鬼魔術だ。
「これで室内は全部やったの?」
「おそらくは。ただ、外にも複数の騎士がいるようです。窓から少し見えました」
「アリスは勝てそう?」
「勝てないことはないですが……逃走に全力を賭けた方が良さそうです」
アリスは投げた剣を集めながら思案する。
さっきのレベルが仮に二十人、外で構えていても、リリアナを宿に隠して戦えばなんとかなる。
ただ、増援を呼ばれたり、隙を突かれて宿に入られたら終わりだ。ここに篭っても未来はない。
「……決めました。窓を破って逃げます。屋根をつたって、町を出ましょう」
「……それしかないのね。分かったわ、それでいきましょう!」
「では失礼して」
いつかの逃亡の時のように、アリスがリリアナの肩と膝に手を回し、持ち上げる。
大事な事なので再度伝えるが、お姫様抱っこである。
アリスの身体能力はリリアナのそれと別次元にあるため、こうした方が速いのだ。
「お嬢様は私がいないとダメですからね。今朝も言ってましたもんね。ね。」
「……うるさい」
主が今朝に告げた告白まがいの誘いを、メイドは一字一句鮮明に覚えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます