第1話 あの子はいつだって。


「リリアナ・カレイドナイト。

 貴様は人倫に反する魔術を研究し、禁忌にその思想を染めた。本来なら即刻死刑とすべき事案だが、公爵の娘であることに免じ、王国追放の刑とする。」


 王城ルスタリカで告げられたのは、リリアナにとって人生の閉幕に等しい宣告だった。


「なん、で……そうなるの……? 私は……私は、何もしていない……!」


 リリアナはその細身には重すぎる判決を受け、膝から床へ崩れ落ちる。


 公爵家に生まれた彼女は、その身を魔術研究に捧げていた時期はあれど、平民の上に立つ貴族の役目を理解し、彼女もまた、それを喜んで受け入れる心持ちであった。


 それが久々に王城に呼び出されたと思った矢先に拘束を受け、引きるように謁見の間へ投げ出されて、この惨状である。


「誰が! 誰がそんなふざけた事を言ったのです!! 何故あなた方は、それを簡単に信じ抜けるのですか!?」


「口の利き方に気をつけよ。余は王であるぞ。

 証言を届け出たのは、お主の婚約者であるパルテウス。

 彼の者は、先の戦争で最も我が国に貢献した英雄にしてレナード公爵の子息じゃ。

 虚偽を吐いて婚約者を貶める理由を考える方が、余には難しく思えてならない」


 咎人の叫びは、王の心に届かない。


 リリアナは部屋の端に整列している婚約者を睨みつけるが、深緑の髪に覗く瞳から読み取れるモノは何もなく。


「余とて、国の研究に貢献してくれたお主の涙など、長く眺めていたくはないのだ。

 許された命をありがたく思い、他所の土地で慎ましく生きるがよい。――連れて行け」


「はっ!」


 控えていた衛兵が動き出し、くたびれたリリアナの身体を引き摺って王城の外まで連れて行く。


 退室の間際に見えたのは両親の顔。


 憐憫、悲しみ、困惑――――


 リリアナが予想していたいずれも外れ、残っていたのは憤怒と軽蔑。


 それを悟った瞬間に、穴だらけの心は今度こそ粉砕された。


 両親の厳かなる気性と王への忠誠心は知っていた。知った上で、実の娘を少しは庇うのではないかと、悲しんでくれるのではないかと期待していたのだ。


 憐れみすら向けられない自分に、もう味方は居ないのだろうか。



―――いや、まだ、



 でも、王城までの同行を許されず、屋敷に残ったままだ。

 きっと、私が追放されることすら知らないのだろう。


 こんな別れ、絶対に嫌うだろうな。

 あの子はちょっと、私が好きすぎるから。


 城門を抜ける頃には、そんな達観した心情になりながら自らの人生を振り返っていた。


「馬車に乗ってください。これから国境までの三週間、我々が同乗して監視と護衛を兼ねます。どうかご乱心なさいませぬよう」


「…………」


「チッ、本来なら死刑囚の分際で生意気な。魔物の森に捨てたっていいんだぞ。お前を探す者なぞいない。なあ、カレイドナイト公爵の顔を見たか? 俺は何度か追放刑に遭った者を見てきたが、実の親に軽蔑される奴は初めてみたよ! 良かったなァ! 後腐れのなくてよォ!」


 謁見の間からリリアナを引き摺ってきた衛兵が、ここぞとばかりに罵りを吐く。


 さぞや貴族共に鬱憤を溜めていたのだろう。

 だが、今のリリアナにとっては全てが終わった事。もういっそ、ここで首を斬られたって構わない。

 そうだ、本当に斬られてやろうか。


「随分と溜まっていたのね、衛兵さん。そこまで貴族がお嫌いなら、その剣で解決してはいかがですか?」


「……ほう、自分を諦めたか。よく見るパターンだ。だがな―――」


「―――ッ! うぐッ!」


「剣を抜きゃ、首を斬られるのはこっちも一緒なんだ。こっちで我慢しておけよ」


 衛兵の硬い拳がリリアナの腹を穿つ。

 鈍い衝撃の後に、内臓を揉まれるような気持ち悪さが身体を苛む。


 自分は、何をやっているのだろうか。


 濡れ衣を着せられて、家族に見捨てられて。


 死ぬ事すら許してもらえない。


 痛みに耐える身体で、必死に思い浮かべるのはあの子の顔。


 あの子だけは、私に光を見せてくれる。


 あの子だけは、いつだって―――




「おいおい、気絶しちまったぞ。どうするんだ?」

「普通に馬車に乗せとけよ。どうせでもするんだろう?」

「へへっそうだな。視界は遮らねえとな」



 そんな品性の欠片も無い会話の後、衛兵達がリリアナを馬車に投げ出そうとした、そのとき。


 薄紫の風が、リリアナを掴む二人の前を通り抜けた。


「―――ん? 何か今、とお゛っ」

「ッおい! どうした―――ゔっ」


 すれ違い様に二度、刃が男達の首で閃く。

 

 メイド服を翻して現れたのは、薄く紫がかった髪を肩までなびかせる、端正な顔の少女。


 血の噴水を二つ形成した直後に急停止、両の短剣を熟達した早業で腰の鞘へしまいながら、倒れるリリアナの身体を受け止める。

 

 少女は、ただただ安堵していた。

 

「お嬢様……本当に、無事で良かった……!」


 リリアナの黒い前髪を撫でながら、自分がどうにか間に合った事実に安心する。

 だがすぐに、


「あれっ……よだれが出てる……服の腹もしわくちゃ……」


 少女の雰囲気が鋭く、冷たく落ちていくと共に、反対側に居た残りの衛兵三人がようやく事態に気づく。


「なッなんだこのメイド!」

「おい! 二人死んでるぞ!」

「まさか、コイツが……!」


 遅すぎる把握に、鈍すぎた勘。

 目の前の少女が憤怒に染まっていることに、男達が気づくこともなく。


「お嬢様の、腹を殴ったな。貴様ら」


「誰だおまッ――――」


 男が言い終わるより速く、投擲された短剣が一人の頭を射抜く。


「かっ、構えろっ!!」


 頭に短剣の生えた仲間を見てようやく槍を構えたが、アリスは既に駆け出していた。

 瞬く間に二人目の懐へ入ると、股間から顔へ剣を斬り上げる。噴き出る全てが汚らわしい。


「ぉ、ぉぉおおお!!」


 残る一人が槍の切っ先を振り下ろす。

 それを小さいステップ一つで横に躱した彼女は、男の腹を一蹴り。

 その細い足から出たとは思えない威力で男は馬車に叩きつけられ、槍を落とす。


「や、やめっ――――」


 刃を防ぐすべが無くなった男は咄嗟に両腕で頭を守るが、真横に切り払った少女の短剣が止まることはなかった。


 両手と首が切り離され、男の身体は三つの断面を見せながら倒れた。


「……豚が、お嬢様に触るな」


 数秒の内に計5体の死肉を生んだ少女はそう吐き捨て、馬車に立て掛けていたリリアナの身体を持ち上げる。

 肩と膝に手を回した、俗にいうお姫様だっこ。


「とりあえず、王都から離れないと……」


 少女は罪人と共に、目にも止まらぬ速さで都の暗がりに姿を消した。


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