27話【血のように赤い酒/ティアナ視点】

【ティアナ視点】


 あれで死ねていれば、よかったのに。


 目覚めたら、宴で。カップルが庭園で踊り、食事をし、酒を飲み交わしていた。

 戦争は終わって、交流が始まっていた。


 最早俺には居場所はない。

 他者に殺意と共に、攻撃をした。聖女の力もこの肉体に感じない。全て失った。

 男としての身分も何もかもを捨てて、フェンラルドに付き従った。

 だがその夢も、もう終わりだ。


 それでも、見たい顔は拝めた。

 それで満足しよう。


「起きたのか」

 ぼんやりと宴を眺めていたら、声がかかった。

 俺と戦っていた騎士だ。クレイデュオ。王宮で何度も会っているが、会話をしたのは初めてだ。


「何故回復なんてした?」


 あのままトドメを刺せばよかっただろう、お前の姫様を殺そうとした相手だぞ。

 そう、なじるように言えば、クレイデュオは笑った。


「あの時点で勝負はついていたし、戦争だったのだから命を獲りに行くことを咎めはしない」


「お前の姫様、取られちまったぞ」

「そうだな。愛人はもう必要ないだろう」


 クレイデュオはわずかに寂しげに笑ったが、どこかそれは穏やかに見えた。

 欲しいものを与えたい者の顔。


 前までのフェンラルドのような。


「だけどアンタは騎士でいられるだろ。俺は全部なくなった。命以外は」

「なら次の欲しいものを得るために生きたらいいだろう」


 こいつは、次点だとしても、側にいる権利を持っている。

 俺にはない。


「俺に他の欲しいものはない。何もない。成したいことも、何も」

「それはいいことだ。何もないなら、何にでもなれる」


「お前」


 何か文句を言って噛み付いてやりたい。


「この戦争は、2年毎に行うと、お前が寝ている間に王同士が約束した。つまり、まだフェンラルド王が欲しければ、2年鍛えて討てばいい」


 その言葉と共に、ことの顛末をクレイデュオが語る。

 2年後、またお前の主は戦場に立つぞ、とも。


「……俺は」


 まだチャンスがあるぞ、なんて。そんなのは。


「諦めることも、許されないわけか?」

「諦めたいならそうすればいい。どこにも行くところがないというのなら、俺に下れ。鍛えてやる」


 お前は俺に負けたのだし、とクレイデュオが言う。


 庭園に、魔術の明かりが灯り出す。夕刻は、夜へと移り変わって行く。

 とても美しい、光景だった。


「下るって」

「愛人扱いだな。とはいえ同性の愛人というのは名目、というのも多くてな。つまりは戦力を身内に囲う方便として使われる言葉でもある。俺と寝る必要はないぞ」


 マジマジと、クレイデュオを見る。

 自分のところの姫様を殺しかけた相手を。

 自分の姫様の伴侶を狙う男を。


「身内にして、鍛える?」

「何もないんだろ。そうしておけ」


 あっさりと、超然と言い放つ。

 渡されたのは、小さな器に入った酒。


「飲み干せば、お前は俺のものだ。地に撒けば、お前の首を落とさねば成らん」


 レストライアの儀式だ。

 戦いで下した相手に、酒を渡し、最後の選択をさせる。

 軍門に下るか、否か。


 見初める見初めないは勝者が決め、その者下る生と下らぬ死のどちらかを選ぶのは敗者。

 それがレストライアだ。望まぬ相手に無理を強いることはしない。


 手渡された器を見る。

 血のように赤いワイン。あの女の着ていたドレスのような。あの女を見るフェンラルドの瞳のような色。


「俺が求めるなら、あんたは俺と寝てくれるのか?」


 人の男を追いかけ続け、奪い取るか。

 それとも、鞍替えをするのか。


 酒自体は飲みたい。ひどく喉が渇いている。


「求められればそれは俺の責務のひとつになる。褥を共にする気がない相手に杯を渡しはしない」


 レストライアの民は、性的欲求に男女の垣根を持たない、という。


「強い者を愛する、というのは本当らしい」

「そうだ。お前は強かった。鍛えればもっと強くなる」


 一方、エメルディオでは異性愛が当たり前のものとして扱われる。

 同性間でのそれは、昔は極刑だったほどに。


 大きく違う中でも、レストライアですら同性で婚姻にならないのは、子を成せないから、ただその一点にある。


「責務で抱かれるのは嫌だな……」


 何だか考えるのも面倒になって、言いながら、酒を飲む。

 甘く強く、痺れるような味だった。


「嫌なのか?」

「姫様よりも欲したら、そうしてくれ。選ぶ権利はアンタにあるんだろ。好きにしたらいい」


 杯を返し、祭りを眺める。


「酒が足りない。腹も減った。アンタが俺を養ってくれるんだろう? 自分のものにしたんだ、面倒を見ろよ」

 そううそぶけば、クレイデュオが笑う。


「食い物を取ってくるのは、得意なんだ」

 

 そう、言って微笑むと俺の頭を一撫でして、食事をとって戻って来る。

 トレイにのせられた食事は、どれも美味かった。


 どうやら失恋をしても、死にかけても、美味いものは美味いらしい。


 クレイデュオと共に、食事をとる。

「2年でどのくらい強くなれる。俺がフェンラルドを狙って討ち取れば、姫様が泣くぞ。本当に鍛えてくれるんだろうな?」


「愛人に嘘は吐かない。鍛えに鍛えてやるとも。格好はどうする、女装のままがよければそれでいいが」

「いや、別に趣味で着てるわけじゃねえよこれ。男の格好に戻せるのは、楽でいい」


「それも似合っていると思うが、まあそうだな。服を後で借り入れに行こう」


 そういえば、この国では服も個人所有ではないのだった。王から借り受けて着るもの。


「今日でフェンラルドの顔を見納めか」

「何言ってる。俺は姫様付きの騎士だぞ。解任もされてない。お前も一緒にエメルディオに戻るんだ。俺の愛人なのだから」


「は!? 気まずすぎるだろ」

「嫉妬でもさせてやればいいだろう。フェンラルドに」


 俺は利用されていただけだ。駒ひとつに惜しむ顔もしないだろう。


「するわけがない。バカを言うな」

「ならば、行って挨拶をしよう。嫉妬のひとつもするか、しないか。何を賭ける?」


「俺はお前の私財扱いだろう。賭けられるものなんてないぞ」

「それもそうか」


 笑う男に乗せられて、手を繋ぐようにひっぱられ、フェンラルドたちの前に立つ。


「姫様、先ほど契りまして、ティアナを愛人と致しました」

 略式の騎士の礼をとり、ルティージアに報告をするクレイデュオ。


 目を見開く、フェンラルド。俺とクレイデュオを交互に見る。


「負けたんだから、こうなってもおかしくはないだろ」

「姫様を奪われましたので、こちらは元聖女様を頂きます。異論がおありですか、フェンラルド王」


 にこり、とクレイデュオが笑う。


「いや、だってお前」

「やっぱりわかってやがったなこのクソ野郎」


 俺の気持ちを知っていて、利用していたのだ。わかっていた。知っていた。

 だけどここで、裏切られたような顔をするなんてズルいだろ。


「そ、それは、お前がルティージアが好きなことは、知っていた……が……趣旨がえ……? 確かに騎士はルティージアの側にいるが、お前……それは」


 待てこいつ今なんて


「フェンラルド? ちょっとあなた、鈍すぎるんじゃなくて……?」

 ルティージアが驚き、隣の男を見る。


 そうだよな、あの一撃を受けた女にならわかるよな。

 けどな


「すれ違い恋愛劇やってたっていう、お前らに両方に言われたくないが」

 

 無礼講の夜でなければ切り捨てられてもおかしくはない暴言をぶつけて、テーブルの酒をあおる。


「そんなことより、咎めないのか。お前の意中の相手を殺しかけた俺を」

「自分で敷いた戦争のルールだぞ。それに則ったお前を罰する理由はないだろう」


 問う俺に、いまだに何もわかっていない顔を向けるフェンラルド。

 演技でマヌケを晒していたのも思い出す。その時よりもマヌケに拍車がかかっている。


「そのルールに則って、俺はこいつの愛人になった。何か文句あるか」

「文句はない、が。いいのか?」


 このバカな男を愛し続けるのか、それとも主となった男に鞍替えをすることになるのか、わからないが。

 赤く強い酒を、もう一口とあおって、俺から出た言葉は



「死ぬよりは、マシさ」



 目覚めたときと真逆だった。

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