26話【結ばれるふたり】

「あ、、あれは、告白だったのか……?」


 フェンラルドが膝から崩れ落ちる。

 それはそうだろう。望むものを与えて、心を得るためだけにここまでやったのに、欲しいものは既に手に入っていたことに気付かなかったのだから。


「レストライアについて調べてなかったんですの?」


 欲しいものを訊かれた時に「戦場を求める」というのは、レストライアでは一番有名な寓話の告白シーンのものだ。

 エメルディオでは詩や物語にのせて告白をするという文化があることを、私は勉強して知っていたのに。


「歴史や風俗、しきたりなどは勿論勉強していた」

「エメルディオ流に寓話にのせたのに」


 むう、と口を尖らせるとフェンラルドが固まる。顔が赤い。


「何ですの?」

「可愛くて、だな。そのルティージアが……」


 言われてこちらも赤面する。

 王宮ではそんな言葉も、そんな顔一度も見せなかったのに。


「レストライアの寓話では、王子にそう告白するのです。王子の答えは」

「私という戦場を与えよう、と答える」


 私の言葉を引き継ぐようにフェンラルドが言う。


「……知っていたのに答えなかったんですの?」

「あの話では本当にその後、戦場でバディを組んで戦うだろう。それが俺にできるとは思えなかったんだ」


 確かに、あの寓話ではそうだ。

 当時7歳の他国の王子にそこまで求めはしてなかった。


「寓話ですのよ?」

「だとしてもだ。与えるといって与えないより、黙って用意した方が誠実だと」


 困ったような微笑は、そういう意味だったのだ。


 エメルディオでは告白の詩を返さない=お断り、の文脈なのもよくなかった。

 それで私は一気に落ち込んだのだ。


「政略結婚はするが、愛までは与えない、と受け取りましたわ」

「すまない。ひどい誤解を与えてしまった。まさかエメルディオのやり方で告白を受ける、とは」


 私の言葉にしおしおと泣きそうな顔でフェンラルドが答える。


「婚約破棄もされました」

「すまない。俺から婚姻を申し込みたかった。本気だと」


 しおしおのまま答えるフェンラルドが愛らしくて。


「お前のような女とはやっていけん、とか言われましたわね」

「悪かった。君が平気な顔をして執事のところへ行こうとするのが耐えられなくて、その、もういっそ戦いになればと」


「ばかな人」


 つい抱きしめる。この人は、思っていたよりも、ばかだった。

 ばかで、愚かで、愛しい人。


「戦うのは本当は好きではないんでしょうに」


 がっしりとした体。7歳の頃には想像できなかった。血と泥と汗の匂い。

 生きている、匂いだ。


「君を得られるなら、何でもしようと思ったんだ」


 謝りながら、抱きすくめてくる立派に鍛えられた腕。

 私のための戦争の音が、森からまだ、聞こえる。


「本当にばかな人ね」

「そうなる程に、君が好きなんだ。許してくれ、ルティージア」


 ずっと欲しかった言葉。ずっと欲しかった温もりと抱擁。

 もっと苛烈な感動かと思っていたそれは、穏やかで優しい。


「全部許します。最高のプレゼントを、ありがとう。フェンラルド、私の王子様」


 頬に触れて、キスをする。

 柔らかくて温かくて、目が潤む。


 どうしようもなく嬉しく、どうしようもなく愛しい。



「して、どちらが勝者ということになったのかな」


 いつの間にか、お爺様が背後にいらしていた。


「レストライアの勝利です。王よ」

 お爺様を見上げてフェンラルドが言う。


「うむ、重畳ちょうじょうだな。――勝どきを上げよ!」


 王の号令でレストライアから勝どきが上がる。

 しばらくすると、兵たちが集まってくる。伴侶を得た者たち。愛人を得た者たち。


 戦い育んだものを携えて。


 死者を抱えるものには蘇生を、負傷者には回復を。

 クレイデュオは最初に刈り取った2人を蘇生させ、ティアナを抱えて。

 シュレーゼは何故かフェンラルドの従者にくっつかれている。


「ベルディナッドも告白をしたのか」

「あなたの執事の?」


「俺の執事はお前の執事にずっと惚れてたんだ」

「では愛人に?」


「いや、ベルディナッドは家名だ。アンジェミラ・ベルディナッド。俺の執事は女性だよ」


 そういえばエメルディオには、メイドは居らず、男女関わらず従者であり、そのトップは執事だ。

 長身で、あまり口を利かないので知らなかった。


 あとこちにたくさんのカップルがいた。

 何だか、不思議な光景だった。


 こんな和やかな戦場が今まであった話は聞かない。


「では宴を始めよう」


 お爺様が手を叩く。回復した兵と私たちを連れて城内の庭園へと招き寄せる。

 そこには、食事や屋台が用意されていた。


 勝者の振る舞い酒。

 荒廃腐敗した政治により我らが平定した土地で行う、炊き出しをそう呼ぶが、本当の振る舞い酒を行うのは初めて見る。


 お爺様が高らかに勝利を宣言し、婚姻を結ぶものの証人となると告げた。


「まずは、ルティージア、フェンラルド。参れ」


 庭園の中央に置かれた玉座に座ったお爺様の元へ行く。

 フェンラルドの手を握り、繋いで。



「レストライア国王の名に置いて、ふたりの婚姻を認め祝う。共に人生せんじょうを駆けよ」


 レストライアにおいて、一番の戦場は人生である。

 ゆえに、あの告白だった。

 十年越しに、答えを貰って。


 祝福の寿ことほぎと共に、お爺様から力を頂く。

 財貨の形をした特別なそれをふたりで1枚。共有財産として。


 その後も、次々と婚姻を決めた兵がお爺様の元で跪く。


 こうして、レストライアとエメルディオの交わる宴が、はじまった。

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