4話【王子より愛をこめて】

「今日からは馬車の移動をやめ、徒歩かちで進むわ」


 馬車での移動には街道を使う必要がある。そうなると、最速でレストライアには着かない。街道は基本的に平坦な道を通すため、大まわりになり、街や村も経由することになる。


 王都に隣接するケーライゴス領にある屋敷に馬車で来たのは、襲撃者の尋問、及び王家からの使者とのやりとり。そしてお爺様への書簡をしたため、送るため。


 馬車を王城に置いておくこともできない。馬車も馬もレストライアの所有する財産だ。敵にくれてやることはない。


 それにこれから戦争ですもの、体を慣らしておく必要がある。想像するだけで胸がときめく。


「かしこまりました姫様。人員はいかがなさいますか」

 シュレーゼが一礼して言う。


「私、シュレーゼ、クレイデュオでレストライア城へ最速移動。他の者たちは適時判断をするように指示をしておいて」


 レストライアの使用人や従者は戦闘技能以外にも様々な技能で私たちに全力で尽くす者たち。故に細かい指示は必要なく、各々で最適解を得る。


 そうでなければ、側仕えなど許されることはない。有能な働き者以外は容赦なくふるい落とされる、実力主義を旨とするのがレストライア。


 実力以上に有能に見せ虚飾する者、他者の足を引っ張る者を大罪とする治世。

 であるからには、その上に立つ者は更に優秀でなければならない。


「王国に動きは?」


「王子が聖女を連れ、塔から逃亡したようです」

「あら、ようやく尻尾を出したのかしら」


 くすりと笑みが漏れる。無能な王子。いいえ、無能を演じていた王子。

 昨夜は興奮していて思い当たらなかったことを、今朝した剣舞の最中に思い出した。


 あの男の時折見せた目。


 何の企みかはわからない、それでも彼が本物の無能であるのならば婚約の破棄はこちらがいつでも突きつけられた。

 そういう契約で婚約は結ばれていたのだから。


 それでも私がそれをしなかった、理由。


「あの男の企みにも期待するわ」


 無能を演じきるのは有能を演じるよりも難しい。側て見ていて気付いた。愚鈍な者のするはずのない目をする一瞬が、時折あることに。


 あの無様を演じた理由も、婚約破棄なんて誰の得にもならないことをしでかした理由も今はまだわからない。

 それでも理由がないとは思えない。


「ただの暗愚な男ではないと?」


「そうでなければいいな、と思っただけよ。どちらでも構わないわ。私の大願が叶いさえすれば」


 戦場で私は私の半身となる男を見つける。恋に焦がれ身を焼くような恋をする。


 それを与えてくれたのだ。そこで役目を終わらせようが、その先があろうが私にとってはどちらでもいい。


 ただし私に与えた侮辱の分、そして我がレストライア家に喧嘩を売った代償は必ずせしめる。唾を吐かれたのは私だけではなく、レストライアそのものなのだから。


 国家の上位に立つ王子として婚約していた者が我らを唾棄したのであれば、それは国家が血で購うことになる。


 あの男個人に対して私個人が思うところは特に無い。私は弱い男には興味が無いからだ。


「では手はずを整えて参ります」

「ええ」


 これから私達は山野を駆ける。切り開いた街道、山道は使用せず、道無き道を進むのだ。


 髪を結い上げ、装飾を髪と耳、首に。日傘とヒール、そして藍色に美しく染めたドレスを身につけている。


 無骨な格好ではなく、気品に満ちた姿形をしたままで険しい道を行くのがレストライアの淑女の姿でもある。

 当然、戦場でも同様にドレスで戦う。


 舞踏と武闘はよく似ている。型があり、洗練された動きはどちらも美しい。

 レストライア貴族は華麗な姿のままで戦い、勝利を収めるからこそ、畏怖される。


 しばらく山野で過ごすこともなかったから、いいリハビリになるだろう。戦場で戦うのであればやはり、体は万全でなくては勿体ない。


 全ての支度を終えたシュレーゼとクレイデュオを供にして、私はレストレイアに向け出発をした。




「姫様、この方向から最短で進むとなると魔物との戦闘になりますが、いかがなされますか」


 レストライアとエメルディオ王国の間には山を2つ越える必要がある。深い森林と山には、魔物が生息している。

 クレイデュオが訊いているのは、前衛を回す順番だ。三角形を描くような隊列で深い山の中を走破する走法がレストレイアにはある。

 その最中で当然魔物に襲われることになる。


 その際一番狙われるのは前衛なので、戦闘をするチャンスが一番多い。


「クレイデュオ、楽しそうね。声が弾んでいてよ」


 草原を駆け抜け、あとわずかで山の麓の森林に辿り着くというところでクレイデュオに微笑み、足を止めた。


 狙われている。これはよくよく練りこまれた殺気だ。クレイデュオもシュレーゼも当然それに気付いている。


 矢が打ち込まれる。暗殺、不意打ちにしてはお粗末。殺気で気づかれてしまえば、不意は討てないというのに。


 三流なのかしら、それともそう思わせるための罠かしら。どちらでもいい。どちらにしても、これは敵にはならない。


 この場所も、草原とは言っても、草は腰の高さくらいまであり、密生している。隠れて何かをするのにはうってつけの場所ではあるので、待ち伏せがあったとて驚きはしない。


 なんと安直なのかしら。


 しかし、この場所を通る、と理解出来るのは、レストライア貴族をよく知っていなければ読めない道筋でもある。


 それでもここでの襲撃は安直がすぎるのだ。ここを通る、ということはレストライアの者であれば、地の利も理解している。相手のフィールドで不意打ちを失敗した者の末路は考えるまでもない。


「魔物の前に襲撃。三流とは言え、心が弾むわね、クレイデュオ? いいわ、許します。あちらの彼らを捕らえて献上しなさい」


 クレイデュオは猟犬のような男だ。とってこい、をされると喜んで獲物を獲って来る。愛らしい大型犬のような男。愛玩には値する。それでも、愛する男にはまだ届かない。


「御用命、承りました。ルティージア姫」

 楽しそうな素振りを隠すことなく、クレイデュオは騎士の礼をして草むらをゆったりと進んでいく。


「楽しみたいのは山々だけど、姫をお待たせするわけにもいかんのでな」


 囁くと、一瞬でその場から姿を消した。そのように見えるほどに速く、動く。クレイデュオはレストライア最速の騎士。この草むらでは、身を低くして動けば、消えて見える。


 また矢がいくつか飛んで来るのをクレイデュオの剣が弾くと、瞬く間に敵が制圧される音色が聞こえる。


 骨が砕け、上がる悲鳴。

 やはり、三流。準備運動にもならない相手。


 私は日傘を閉じ、背後に忍び寄り、襲い掛かる槍使いの、その穂先を日傘でそらす。

 同時に反対方向から襲いかかられたシュレーゼもまた抜剣して飛んできたナイフを弾いた。


「物足りなくてよ」


 日傘を投げ、踏み込み、槍を掴む。槍術は腕力がものを言う。力比べを負けたことは、一度もない。


 私にリーチの長い武器で挑むということは、武器を献上するも同義。


 槍を動かせなくなったことに動揺はせず、敵が槍を手放す。と、同時に槍を横なぎに回転して振るう。

 草が刈り取られ、相手は下がるのではなく、上へと跳躍した。


 それは、高い跳躍であるほど、降参するに等しい。

 滞空しているときに身動きできる範囲は狭い。弱点を晒しすぎている。


 それに私の行動を、きちんと目視できていない。未熟ね。


 日傘が、敵の体を裂いた。

 私が投げた日傘は、ただの日傘であるはずもなく、重量は剣より重い。レストライアの貴婦人は武器としての日傘、鉄扇が扱えて初めて貴婦人足りえる。


 致命傷を避けた敵は、着地して剣を抜こうとしたが、そんなことを許すほど甘くはない。

 槍の穂先で体を地面へと縫い付ける。


 弱すぎる。こんなものでは、到底満足は出来ない。

 もっと数がいなければこのレベルの襲撃者では楽しめない。

 シュレーゼもまた、自身の剣で敵を地面に縫いとめている。


「姫様、このようなものが」


 制圧を終え戻ったクレイデュオが私に差し出したのは、封書だった。

 

 

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