5話【恋文】

「これは、恋文ですわね」


 封書を空ければ、その中身はたった一文、そして愛を囁く男の文面だった。



『我が愛しのルティージアへ、君の最も欲しいものを贈る』



 そして最後の署名、印は、私に婚約破棄を告げた王子のもの。


「暗愚と思っていましたけれど、フフ」

 何て面白いことをするのかしら。


「文には何と?」


「たった一文、私の最も欲しいものを贈って下さるそうよ」


 最も欲しいものは何かと幼い頃、王子に問われたことがある。

 私は「戦場での恋を望みます」と答えた。

 王子はただ「そうか」とだけ淡々と返しただけだった。


 当時まだ7歳だった。10年もそれを忘れず、私の望みを叶えようとあんな真似を?


 だとするのなら、これ以上熱烈な恋文はない。

 全てを敵に回し、自国を滅ぼしてでも、婚約者として娶るのではなく、自身の手で私を手に入れることを企んでいた?


 捧げるだけに留まるのであれば、結婚後、他国に戦争を仕掛けるだけでいい。そうしなかったのは、彼が私を真に愛しているからだ。


 エメルディオに嫁いだとて、戦場さえあるのなら、恋はできる。

 それを嫌って、お仕着せのような婚約も嫌うのなら、理由はいくつもない。


 恋文から見えるのは、激しい独占欲と執着。


「熱烈ですこと」


 思わず微笑む。これほどまで愛されているという実感を持たすことなく、ここまで秘密裏に進めてきた男に愛されるのは悪い気分ではない。


 戦場でまみえたら、きっと楽しいデートなる。

 武器は何かしら。どんな闘い方を見せてくれるのかしら。それはどんなエスコートなの?


 私の微笑みに、刺客のひとりが口を開いた。


「殿下は、そのために我らを育てられたのですルティージア様」


 刺客は全て王子の手のもの。なるほど、刺激的だ。恋に落ちない程度の相手をけしかけて、私の気持ちを昂ぶらせよう、だなんて。


「我々だけではなく、貴女様への刺客は方々にいます。どうぞ、お楽しみ下さい」

 刺客が言う。そう、あなたたちはメッセンジャーというわけね。


 刺客の顔を確認したが、王宮など王子の周囲にいた人間ではない。


「あなたたち、見ない顔ね? 王宮の者ではないわね?」


「私共は、貧民街で王子に見出された者です。生涯の忠誠を誓っております」


「なるほど、そうなの。とてもステキね」


 王子は暗愚の顔をしながら10年かけて準備をしたのね。刺客は若く、幼いと言ってもいい年齢の者もいた。ならば成人に近い年齢の者はもっと強いだろう。


「さて、あなたたちの処遇はどうしましょうね」

 日傘をさして見下ろす。5人の若者たち。鍛えればそれなりのものにはなる。歯ごたえが無かったのは、鍛える時間が足りていなかったのだ。


「シュレーゼ、簡易書状を作ります。彼らに持ち帰らせるわ」


「よろしいのですか」

「ええ、もしこれが嘘だとしても、構わないわ」


 この恋文に別の策略があったとしても構わない。それはそれで、彼を蹂躙する楽しみが得られる。


 どちらに転んでも、私には楽しみしかない。


 10年間、それを理解する程に彼は私を知ろうと努力を重ねたのだとしたら、それがどんな感情によるものかに関わらず、私にとっては得でしかない。


 本物の愛情? それとも怒りや憎しみかしら。


 何にしてもここまでするのであれば、どちらだとしても強い執着であることに変わりはない。


「シュレーゼもクレイデュオも、私を望むのならこの男以上に面白くなくてはダメよ?」


 微笑めば、2人は一瞬目を見開き、獰猛に笑んだ。



 刺客たちに文を持たせ、王子の元へ帰らせる。

 きっと山中も野営の最中も、刺客が来るわ。



 次はもう少し歯ごたえがあるとよいのだけれど。

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