3話【策略/王子視点】

「これで狙い通りだな」


 夜会でルティージアへの婚約破棄を告げた後、城の塔に幽閉をされた俺は椅子に足を組んで座り、執事に告げる。


 塔への幽閉と言っても、牢獄ではない。王侯貴族用の幽閉塔の部屋は自室には劣るがそれなりに整えられた部屋である。

 窓に格子はない。飛び降りれば確実に死ぬ高さ。ドアは重く、開けば大きな音が鳴る上、三重のロックがかかっているが、そんなことは問題にならない。


「準備は万端にございます」

 執事が俺の言葉に、頭を下げて言う。


「ティアナの方もだな?」

「はい、万事整えております」


「よくやった、ベルディナッド」

 執事をねぎらい、俺は椅子から立ち上がる。


 何も考えなしに、売った喧嘩ではない。


 俺は彼女が欲しい。聖女ティアナではなく、ルティージアが欲しいのだ。

 決められた婚約で出会った彼女は美しく、そして強かった。


 俺は本当に彼女が欲しいと願った。

 立場としての妻ではなく、本気で愛されたいと願った。


 ならば契約による婚姻、盟約などによる婚姻ではダメだ。ずっとそう考えていた。


 彼女が望むもの全てを、俺は与えたい。


 俺は知っている。彼女が何を望んでいるのか。

 つまらない結婚で夫という立場を手に入れても、彼女の愛は絶対に、どう足掻こうと手に入らない。王になれば、尚更に。


 闘争による、獲得を望む女。あれ程美しいものはない。俺はそれが欲しい。何を犠牲にしてもだ。


 戦場で、彼女を娶る。

 心の底から、俺を欲しいと思わせる。

 そのためには、本気で彼女を怒らせなければならない。夜会でのあの怜悧さにまた惚れた。


 ルティージアを、俺の女にする。

 必ず、彼女を手に入れる。


 その為に、力を貯え、磨き、研いで来たのだ。彼女に気付かれぬよう、弱く見せながら、暗愚を演じながら、彼女と戦場でまみえる日をずっと望んできた。


「行くぞ」

 俺はベルディナッドを連れ、ドアの前に立つ。鍵のある部分の手のひらを当てる。


 剣を振るうことも考えた、それも鍛えた。だが。それでは足りない。肉体の強さを俺は欲し、そして。

 手に入れた。


 ドアの鍵が破砕する音と衝撃が手のひらに響く。


 俺は無手による格闘術。その真髄まで、上り詰めた。

 彼女との城内での手合わせ、一騎打ちも考えた。だが、俺は彼女が欲しているものはそんな安全な戦いではないことを、知っている。


 死と隣り合わせの、戦場でこそ咲く大輪の華。

 それが彼女だ。俺の愛するルティージアだ。


 戦場を夢見る女なれば、それをくれてやり、口説かねばならない。


 それに比べれば王位のなんたる軽いことか。彼女に比べれば、その他の全ては大した重さを持ちえない。

 鍵を全て破壊すると、執事がドアを押し開ける。重い軋んだ音が鳴り響く。


 さて、ここからだ。兵士騎士を相手取り、まずはティアナと共に行くべき場所がある。

 俺の用意したいくつかの闘争を経て、彼女が公国に辿り着いた時には俺は姿を消している。


 納めるべきが納めることが出来ぬ王国との戦争がすぐにでも始まるだろう。

 スラムから拾い上げ、俺が鍛え上げた者達を使い、彼女に辿り着く。

 戦場で、この拳によって、口説き落としてみせる。


 俺の頭脳はその為に、全て使ってきた。


 彼女は俺を暗愚な王子だと思っていることだろう。今はそれでいい。それでこそ、戦場でまみえ戦いの中に新鮮な驚きがあるというもの。


 俺に惚れて貰うぞ、ルティージア。


 警備の兵を打ち倒しながら、塔を下る。ティアナはもう既に脱出が済んでいるだろう。あいつは、ただの聖女の枠に収まらない、俺の悪友でもあるのだ。


 兵から奪った剣を執事に投げ、武装させる。ベルディナッドにもまた、俺が密かに戦いを教え込んだ。城の中の家来で唯一、俺の本心を知る男。


「王子、部屋へお戻りを!」

 騎士が叫ぶ。俺はそれを一瞥して、ベルディナッドに「行け」と命じる。


 ただの騎士では、ベルディナッドには勝てない。ベルディナッドには騎士道精神はない。戦いは勝利するために行うこと。そして、俺の従者に必要なのは、俺への忠誠のみである。

 ゆえに、そのためであればあらゆる手段を使うのが我が執事、ベルディナッドだ。


 地形にある、全てのものを容赦なく使う。

 ここは塔で、螺旋階段だ。そして俺たちは上にいて、騎士たちは下にいる。側には死体が転がっている。

 と、なればすることは一つ。死体を投げつける。それと同時に走りこみ、蹴り落とす。


 俺はその後ろを悠々と歩く。

 足場の悪い場所、階段での闘争。それも全て学習済みだ。いかに効率よく、いかに有利に戦況を作るか。


 彼女は、ルティージアは教えてくれたのだ。

 俺に、戦いの楽しさを。彼女の欲するものを与えようと思った時、俺はそれを知らなかった。

 だから学んだ。学んで得たそれを、楽しいと感じた。そして同時にこの婚約のままでは、彼女に本当に愛されることもないことも理解した。


 王となって彼女をこの婚約で娶り、彼女に戦場を与えることはいくらでも出来る。他国と戦うことは容易い。

 だが、その戦場で、彼女が俺ではない誰かを愛することは、耐えられない。


 俺と彼女は、あのままでは、本気で戦うことすらできない。


 ならば戦場を作る。他国を攻めるも、自国が攻められるもの『戦場を作る』ことにおいては変わりは無い。


 俺は兵と騎士の屍を踏み砕きながら、塔の階段を下りる。

 与えられるはずの王座から下りるように。


 ルティージアは、俺の贈り物を楽しんでくれるだろうか。

 公国へ辿り着くまでに放った刺客が、彼女を少しでも楽しませているといい。

 恋文も持たせた。どれかは彼女が目を通し、知るだろう。



 これが俺の愛なのだ、と。

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