第一回さいかわ卯月賞 佳作について
第一回さいかわ卯月賞 佳作につきまして
第一回さいかわ卯月賞にご参加いただき、誠にありがとうございました。
主題、開催時の宣言通り、「犀川の独断と偏見と気まぐれ」の結果、下記を佳作とさせていただきます。
春霞、瞳に写した薄桃色が映ゆる/花恋亡
https://kakuyomu.jp/works/16818023213236765023
ある春の晴れた日に/dede
https://kakuyomu.jp/works/16818093075595997639
(参加順・敬称略)
総評
一賞につき一作を考えておりましたが、今回予想以上の参加数であったこと、作品のレベルが高く接戦が多かったことをなどを踏まえまして、二作とさせていただきました。
佳作を贈らせていただく理由は、「説得力」です。わたしが物語を書く際に一番重要視している項目です。説得力とは現実的とかリアルであるとかという意味ではありません。あくまでも、読者に「そういうものだ」と思わせる力です。「わたしの家のお風呂には毎日泥棒が入りにくる」というお話を書くとして、それがいかに「そうなんだ」「そういうこともあるよね」と読者に違和感を覚えさせないかということです。説明するのも理解するのも簡単な事柄なのですが、実際に説得力のある話を書こうとすると難しいものであるのは、皆さんも体感しているところではないでしょうか。
「春霞、瞳に写した薄桃色が映ゆる」は死という(小説としては)ありがちで共感しやすいテーマにおいて、きちんと丁寧にそのプロセスを描写していくことで結末までの助走をつけており、二人の関係や素直でない(あるいは本当の意味で素直な)主人公の心理を上手に表現していました。説得力があり、大変良かったです。
「ある春の晴れた日に」は「失われた春」を母親目線で描いており、わたしの心を見事に鷲掴みにしてくれました。いち読者として、母親として、物凄く胸に響くものがありました。わたしのいうところの「一翻作品」ながら、上手に物語全体を作り上げていると思います。SFでありながら現実にありそうな世界をしっかりと描いていて、母としての葛藤というプロセスを経ることで説得力を出し、最後まで一貫したストーリーをわたしに提示しました。
お二人とも、今回の企画にご参加いただき、誠にありがとうございました。
個別評
「春霞、瞳に写した薄桃色が映ゆる」 花恋亡さん
花恋亡さんにはわたしを含め本賞の参加者の中では珍しい、「読者と歩調を合わせて書ける」才能を持っておられるようで、それが上手く読者を一歩ずつ世界へと誘ってくれます。作者と読者のキャッチボールで自然にできており、バランス感覚が非常に良いのです。
そして、どこか穏やかで慎重な文体ながら、恐ろしいくらいに鋭い観察力と表現力を持っています。作中の「バツの悪そうなこの困り顔はいつもと違う」「腹が立ったので「ふーん」と冷たく終わらせてやった。」など、狙ってはなかなか書けない表現が秀逸で、書き手としてのわたしも見習いたいと思いました。
この「簡単な文章表現で真理を突く」というのは、ある種の才能であり、どう人生を渡ってきたかによる人間力によって支えられている能力なのですが、花恋亡さんのこの作には、そういう苦労人が吐き出すギトギトな脂っこさすら抜けていて、達観した域まで来ていると思いました。しかも、「重たげに花を咲かせる桜」など小説としての基礎的な情景描写も大変豊かです。偉そうに「選者でございます」と読んでいると見落としそうな品質を持っていて、わたしは「これをきちんと理解できないなら、選者をやめた方がいいのでは?」と言われているような気になり、背中に冷たいものが走りました。
「ありがちなテーマを非凡な才能で簡明に表現して、読者には何も問いかけない」という、わたしにとって理想とする小説の一つでしたので、推させていただきました。読者と二人三脚で物語を進めて行く、お手本のような作品ではないでしょうか。
ありがとうございました。
「ある春の晴れた日に」 dedeさん
本作品は「失われた春」を母親目線で描いており、非常に素晴らしいと思いました。いわゆる「世界観」だけであれば他のSF作家であっても十分に書く事ができると思うのですが、これを「子を思う母」を主線として描いているところに愛を感じました。ひとりの母親であるわたしだけではなく、多くの読者も主人公である母親の「私」に想いを重ねる事ができたと思います。
SFらしく小道具によってうまく世界観を描いております。レトルト食品などを使い世界的な気候変動による被害が描かれており、時間軸においても春を知っている最後の世代である「私」と(ざっくりといえば)春を知らない最初の世代の「息子」を使ってうまく表現し説得力を増しています。また母親としての苦悩を書くことによって、「設定だけが優れているSF」ではなく、あくまでも血の通った作品にまで仕上げてきております。
子供が出てくる事によって共感度が上がってしまう事を割り引いても、「ママ、ここちょっと温かい」というセリフには、渾身の右ストレートをモロに喰らった気分になりました。そしてそのまま上向きな気持ちでラストまで盛り上げていく内容に、わたしは選者である自分を忘れて、「この作品を読んでよかった」と思わせてもらえました。(書き手としての)わたしであれば、しんみりさせたまま終わらせていることは間違いないので、とても勉強になりました。「小説とはどこまでも内容である」と思わせてくれる、エモーシャルな作品でした。
ありがとうございました。
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