骸と炭酸飲料

森滿

敗北


その日はただひたすらに風が強かった。

それに負けまいとゆっくり足を動かして家路に着く。良いことも悪いことも、全ては平等かつ残酷にその身に降りかかる。殆ど具合が悪くなって、ようやく家に着いた。インターフォンを鳴らすと必ず毎回数秒の静寂が訪れる。母はいつも安心感を持って鍵を開けてくれた。やはり人間には癖というものがあるらしくて、ドアノブの開け方にもそれは現れる。別に卑下するべくして言っている訳では無いが、父は不安を煽るような開け方をするので、少し私はそれが嫌な感じがした。


家というのは楽園だ。何者の視線も意識も向けられなくて、自分だけを見つめていればいいからだ。一人というのは孤独では無い、それは愛すべき楽園。その思想はいつから備わって私をこうしてしまったかは覚えていない。けど誰も彼もを毛嫌いしている訳では無い。人というものは人間という概念で捉えているから不思議と平等に捉えられる。それを越えた先にあるのが嫌悪だ。

人は誰しも全員から好かれたり、好いたりは出来ない。

愛を持って、罪と成す。

それは誰にも侵犯できない私の最後の砦。



朝日は憂を誘う。

思い出せないさっきまで見ていた夢の内容を何だったかと思い出そうとしても、きっと嫌なことだったからなのか全く思い出せない。

「起きないの?学校行かないの?」


「行くよ、もう起きる」


学校に行きたくないといったら行きたくないが、無理をしてる気もしなかったので私は普通に学校に通っている。

時間は有限だ。

今も刻一刻と流れている。食事は十分以内、着替えも十分以内、それを過ぎると遅刻する。嫌でもそれは迫ってくる。毎度のように少し焦りを持ちながら家を出る。自転車に鍵を挿し、捻る。サドルとハンドルを手で支えてスタンドを後ろに蹴る。朝の魔物に苛まされてふらつく足を運んで前へ進む。

朝焼けは好きだ。

切なげで儚い空気感は世界が産まれた時から備わっている一種の形だ。それでいて凄く憂鬱な空気も孕んでいる。

私の通っている高校は至って普通の偏差値帯で、卒業すれば大抵は県内の私立に通うような人が通っている高校だ。昔は農業高校だったらしく、広いグラウンドとわざわざ道を挟んで作られている大きな野球場がある。それゆえ妙なデザインをしていて、知らない病院に来た時のような不安感を毎回感じさせる。

中学生の頃は何か希望のようなものを高校に託していて、何かが変わると思っていた。

しかし今となってはそれは全て幻で、今まで見ていたのは自分を騙して見ていた表層的な夢であったと分かる。そんなのはまやかしだ。結局根底に眠るのは浅はかな性愛と互いを見下す醜い人間性だけだった。だからこそ嫌なものから目を背けた楽観的な暮らしは心地が良くて、楽しかった。今となっては遠い、遠いところで燃えて塵となった。


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骸と炭酸飲料 森滿 @kosuke9764

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