彼女は毎年エイプリルフールに嘘をつく

kao

第1話

 四月一日、エイプリールフール。

 私の親友――紗希さきは毎年この日に嘘をつく。







 二年前の四月一日。


『好きな人がいるんだ』


 そう言って紗希は照れてるのを誤魔化すように笑った。

 紗希は私と同じく恋愛とは無縁だと思っていたから驚いたし、友達が遠くに行ってしまうような寂しさがあった。

 だけどやっぱり紗希には幸せになってもらいくて『応援するよ』って答えたんだ。

 そしたら紗希は吹き出したように笑い、申し訳なさそうな顔をした。

『あはは、ごめん。嘘だよ。好きな人なんているわけないじゃん』

『え? 嘘……?』

『うん、嘘。だって今日エイプリールフールでしょ?』

 からかわれてむっとしたけど、嘘だと分かって安堵したことは秘密だ。








 去年の四月一日。


『恋人が出来たんだ』


 そう言って紗希は恥ずかしそうに視線を逸らした。

 その言葉を聞いたとき、胸がずきりと傷んだ。あまりにもショックで頭が真っ白になる。

 ショック? どうして私は親友の幸せを素直に喜べないの?

 私はそんな自分が嫌になった。だけどそんな自分を紗希には見せたくないから、私はいつも通りにからかうように言ったんだ。

『紗希にもやっと春がきたんだなぁ』って。

 そしたら紗希は私を見て呆れたような笑みを浮かべた。

『嘘だよ、嘘』

『え? どういう…………って、あ! エイプリールフール!!』

『ようやく気づいたの? 去年も騙されてたじゃん』

 安堵した。だけど未だ胸の中にくすぶるもやもやを私は見ないふりをした。








 そして今年の四月一日がやってくる。

 流石の私も三年連続騙されるほど馬鹿じゃない。今までの経験から、嘘の傾向は掴めてきた。もう騙されるつもりはない。

 今は春休み。私達は今年も同じように私の家で課題をする。

「春休みの課題多すぎ……やる気でないよ……」

「ほら、早くやるよ。それでどこまでやってあるの?」

「このプリントだけ」

「全然終わってないじゃん」

「うう……助けて香奈かな様〜!」

「はぁ……仕方ないなぁ」

 普段通りの会話を繰り広げる。そう、ここまではいつも通り。紗希はいつもこうして普通の会話の間に『嘘』をつく。

 しばらく黙々と課題をやってたが、急に紗希が真面目な顔をして口を開いた。

「あのさ」

 そこで空気が変わる。

 ――ああ、きた。このタイミングだ。

 予め心の準備をしておく。

 いつも騙されてばかりだから、今年は騙されたふりをしてやるつもりで。

 今年の嘘はなんだろう? 『恋人』ときたら次は『結婚』だろうか? あるいは今年は全く違う方向で攻めるのか?

 ある程度心の準備は出来ている、そう思ってた。でも――


「香奈のことが好きなんだ」

「えっ……」

 照れたような表情でそう言った紗希を見て、私はすぐに反応出来なかった。

 ……違う、きっとこれは友達としての好きだ。これはフェイクなんだ。紗希はまだ嘘をついてない。だから大丈夫。

 ――そう自分言い聞かせながら、私はにっこりと笑った。

「なにそれ、今更? 私も好きだよ」

 私は今、ちゃんと笑えていただろうか?

 胸に突き刺さる痛みに耐えながら、私は"いつも通り"を装う。

 だけどそんな私に追い討ちをかけるように紗希は続ける。

「友達としてじゃなくて……その、恋愛的な意味で好きなんだ」

「っ……!!」

 息が詰まって言葉が出ない。

 紗希はあまりにも真剣な表情で言うものだから、つい信じそうになってしまう。

 でも――紗希は毎年四月一日に嘘をつく。

 だからこれは嘘なんだ。分かっている……分かっているのに、どうしてこんなに胸が痛いのっ……!

 気づいたら涙が零れていた。

「えっ……」

 紗希は泣いてる私を見て、ぎょっとしたような顔をすると、慌てて謝ってくる。

「ごめん!!」

「ううっ……っ……」

 泣くな、泣くな……泣いちゃ、ダメだ。そう思っても、一度流れた涙は止まらない。

 紗希は困惑した表情でオロオロしている。

「本当にごめん」

 紗希はもう一度謝る。

 分かってる。紗希は私を傷つける気なかった、ってことくらい。

 だから紗希は悪くない。でも、それでも溢れ出した想いは止まらない。

「そんな嘘っ、つかないでよぉ……」

 ……ああ、気づいた。気づいてしまった。ずっと見ないふりをしていたけど、私は紗希のことが好きなんだ。

「そんなに嫌だったなんて思わなかったんだ……ごめん」

 紗希は本当に申し訳なさそうな顔をしている。

『大丈夫』って言いたかった。これは嘘泣きで、いつもの仕返しなんだよって。

 そうすれば、まだ友達でいられる。今日はエイプリールフール――だから私は涙を拭って騙すんだ。紗希じゃなくて、自分を。

 そう覚悟を決めたのに、先に口を開いたのは紗希だった。

「そうだよね……エイプリールフールを利用して告白なんて最悪だよね。でもエイプリールフールだったら気まずくなっても『嘘』って言えば誤魔化せるって考えてちゃったんだ。本当にごめん!!」

「え? それって……」

 思考がグルグルとまわって、上手く頭が働かない。

 紗希は戸惑ってる私を真っ直ぐに私の目を見つめた。


「私は香奈のことが好き。二年前からずっと好きなんだ!!」


 ――告白。そう、紛れもない告白だ。

 だけど私は信じられなくて、これも嘘なんじゃないかって疑ってしまう。

「え、嘘!!」

「嘘じゃない」

「これも嘘なんでしょ」

「嘘じゃないって!!」

「だってエイプリールフールはいつも嘘をつくじゃん!!」

「ああもう!!」

 紗希はなかなか信じない私をもどかしく思ったのか、ぐいっと顔を近づけて頬にキスをする。

「これで分かったでしょ……」

 すぐに離れてしまったけど、紗希の柔らかい感触が今も頬に残っている。

 紗希の顔を見ると耳まで真っ赤に染まっていた。

「私は本気だから……迷惑だったらごめん。でもこの気持ちは隠すからこれからも親友で――」

「私も大好き」

 私はいつまでも勘違いしてる紗希の言葉を遮るように、そう言った。

「え、嘘」

「嘘じゃないよ。嘘つくのはいつも紗希だし、私は嘘ついてないもん」

「確かにそうだけど……今までの仕返しなんかじゃないよね?」

「なんでそんな疑ってんの!?」

「だって香奈が私のこと好きなんて信じられなくて……」

「本当に紗希のこと好きだよ!!」

 さっきと逆のやり取りについ笑ってしまう。

 だから私はお返しとばかりに、紗希の唇を奪った。

「っ〜〜!!」

 紗希はびっくりしたような顔をすると、照れたように顔を覆う。そして指の隙間からちらりと私を見て、

「ほ、本当に両想い?」

 確かめるようにそう言った。

「そうだよ! ほら、時計見て」

「十二時……過ぎてる」

 エイプリールフールは午前中まで。だからもう嘘だっていうことはない。

「よ、良かったぁぁぁ……」


 四月一日、エイプリールフール。

 紗希は毎年嘘をつく。だけど――


「その……香奈。私と付き合ってくれますか」

「もちろん!」


 今年の『嘘』は『本当』でした。




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