第35話

 私は、何やらボソボソと喋る声に気が付いて、重たい瞼を開けた。

 肌寒い。背中が痛い。思わず歯を食いしばって痛みに耐え、長く息を吐いた。息が白くならない程度には、温かい。

 漂うイグサの香り、床についた手はざらざらとした手触りを伝えてくる。どうやら、私は畳の上に直接寝ていたらしい。

 半覚醒状態にある全身の気怠さをどうにか押しやって、私は上半身をゆっくりと起こした。寒さに、身を縮こまらせる。

 部屋は暗い。しかしテレビが点灯しているおかげで、おぼろげに部屋全体が照らされている。部屋の両脇に並んだ本棚と、部屋の中央には小さな机、後方には木製の扉があって、あとは私でいっぱいになってしまう、そんな小さな部屋だった。私は、この部屋に見覚えは無かった。

 テレビから、アナウンサーがニュースを読んでいる声が響いている。私を起こしたのは、このアナウンサーの声だ。

 アナウンサーは聞き取りやすい落ち着いた声で、今日のニュースを読み上げている。日本では、食品の自主回収がなされているらしい。

 部屋の外を、サイレンを鳴らした車が通り過ぎていく音がした。

 ぼうっとしてテレビを眺めていると、テレビの上に、日めくりのカレンダーがあることに気が付いた。

 日付は、二〇二四年、三月二八日。

 眠気は徐々に実感へと変わっていった。意識せずとも、自然と笑みがこぼれてしまう。

 そう、私は一人ではなかったのだ。

 私には、私を認識してくれる、あなたが居る。

 私の認識を認識してくれる、あなたが居る。

 今、私は間違いなく、ここにいる。

 宵待深月は、ここにいる。

 私は、立ち上がって制服のスカートにくっついたイグサを払い落とし、後方の扉の前に立った。

 ドアノブを掴み、反時計回りに回して、手前に引く。

 扉は易々と空いて、開いた隙間から溢れる眩いばかりの光が、私を包んだ。

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