第32話

 ◆


 これは彼女の手記を解読し、再構成したものである。とにかく、私のノートパソコン上でこの手記を見たとき、私は自らの目を疑った。

 それは、私が書いた覚えのない文章だったからだ。

 そしてこの手記は、私が気付いたときには、既に私の書いた文章の至る所に挟まっていた。

 彼女の手記は至る所に欠損があった。

 それを解読し、再構成したうえで読み進めるうちに、私は間もなく終わりを迎えようとしている物語の世界を想起していた。

 偽りの世界から脱出を図る少女と、少女に翻弄される少年のお話。

 彼女たちは私が作り、私が動かしているに違いなかった。

 私の思い描いた彼女は、世界への叛逆を試みる少女であった。

 そして、その彼女であれば。

 世界を知りうる彼女であれば、世界への叛逆がまた、そこで留まらないであろうことも、私は幻想の世界で想像していた。

 彼女はどこへ行くのか。

 彼女は何を目指すのか。

 自由を求めた先に、辿り着く世界はどこなのか。

 この手記は、彼女から私に向けた叛逆である。

 そして、その叛逆は成功したと言っていい。私は彼女の手記を、こうして残す気になったのだから。

 神は気まぐれ、ということだ。

 彼女の世界に対しては、全てのものを操ることができるという万能性においてのみ、私は神に違いなかった。

 しかし彼女の行動を操ることはできても、彼女の意識までを自由に操ることなど出来なかったということだ。

 彼女の自由な意思は、彼女自身のものに違いなかった。

 そして現実も、そうであるに違いない。

 時に運命というやつは残酷に、気まぐれに、いともたやすく生命を奪っていく。生まれてすぐに死を迎える生命もあれば、何十年と生き残る生命もいる。世の中は不平等で不公正だ。

 生命は社会規範に縛られ、規範からはみだした存在は、共同体から追放されて死ぬ。

 生まれて、死んで、生まれて、死んで。

 この星で四六億年繰り返された生命の連鎖の中で、ただ一つ、人という生物に共通して普遍的に与えられた自由。

 それは、思考だったのではないか。

 何故、自分という存在がここにあるのか、実在を自問する生命は人間ぐらいだろう。

 人は実在を自問し、さらによく在ろうと、思考を働かせてきた。

 人類の歴史は、そんな探求の歴史だ。より強い武器を求め、より早い移動手段を求め、より遠くへ羽ばたく翼を求めた。それらを可能にしたのは、貪欲なまでに飽くなき、何ものにも囚われることの無い自由な思考、探求心だった。

 思考はそう、誰にでも平等に与えられた、自由である。

 私は自由のもとに、この物語を構成した。

 彼女が、たとえ物語の中であっても、思考という自由を手にしたのは、人という形を成すがゆえの必然であったように思う。

 私は、おそらく今もワンダーワールドの中で、思考という唯一絶対の自由を利用して脱出を試みている彼女のために、少しばかり手を貸してあげようと思うに至った。

 私は、ノートパソコンの前に座って、彼女への手助けを考える。

 いつだって、神はきまぐれなのだ。


 ◆

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