第13話
《三章》
俺は、リビングのソファに座ってテレビを見ながら、頭の後ろで繰り広げられている団らんに、耳をそばだてていた。
「この問題は、この角の算出が肝になってるの。考えてみて」
「うーん。あ、もしかして……。この三角形とこの三角形が相似関係にある?」
「そうそう」
「じゃあ、これとこれで……できた!」
「よくできました」
「深月さん、やっぱり教えるの上手い。志渡もこれくらい勉強出来たら、私も苦労しないんだけど」
そりゃ悪うござんした。だが紗那絵よ。そいつは、勉強は多少できるが頭のネジが何本か抜けているぞ。
「美人だし、頭もいいし、料理も上手だし、憧れちゃうな」
「いえ、私なんてまだまだ」
「えー。そんなことないですって」
俺はテーブルの方を振り返って、ガールズたちのトークに割って入った。
「紗那絵、もう遅いから寝た方がいいんじゃないか?」
「遅いって、まだ二十二時だよ。お母さんもいないんだから、もう少しくらいさ」
「夜更かしはお肌に悪いぞ」
「……妹の肌質の心配するとかキモすぎ」
飾利が居ないときの俺の役割は、飾利の代わりである。俺は責任を全うしたに過ぎないのに酷い言われようだ。
紗那絵は、ナメクジのようにじっとりとした視線をこちらに寄越したかと思うと、ノートを閉じた。
「深月さん。私の部屋行こ。しぃちゃんのちょっかいがウザいから」
そう言うと、紗那絵は宵待を引き連れてリビングを出て行った。
俺は一人きりになったリビングで、ほとんど内容が頭に入ってこなかったテレビを消し、ソファに深くもたれかかった。
これでようやく、一人の時間を作ること出来た。
一度、部屋に戻るか。
部屋に戻った俺は、ひと作業終えたたような心地になって、放課後の文芸部室でのやり取りを、改めて思い返していた。根幹となる作戦に何らかの問題は無いか。
喜兵から提案された日之出朝陽への牽制作戦。その作戦内容がこれである。
万全の準備態勢で、宵待を俺のすぐそばに待機させておくこと。そうすることで、俺に何かがあったとしても、宵待とともに日之出朝陽に抵抗が可能であろう、というのが喜兵の考えだった。
正直な所、宵待の能力が朝陽に有効なのかは未知数であるし、果たしてその力がどれほど信頼できるかは疑問だったが、当の宵待が乗り気だったこともあり、俺にとって全く利益のない話でもないので、承諾することにした。
問題は、どうやって宵待が俺のそばに待機するか、ということだった。幸いなことに昨晩から宵待は、自宅が工事中ということでしばらくの間、我が家に停泊する予定であることを、俺は喜兵に告げた。
その時、ちょうど飾利から電話がかかってきて、
「母さん、出張で来週まで家に帰らないから、家の事はよろしくね」
と、よろしくされたのである。
かくして、宵待は改めて俺と寝食を共に――無論、宵待が寝るのは紗那絵の部屋だが――することと相成った。
俺は、隣の紗那絵の部屋から聞こえてくる、楽しそうな声を聴きながら、宵待のことを考えた。
結局のところ、肝心かなめの宵待の能力は朝陽に通用するんだろうか。異形とやらを感じ取ったり干渉できるという。つまりは、朝陽に俺が殴りかかるよりも、宵待に鉄拳制裁をしてもらった方が、効果がある、というようなこと……なのだろうか。
イマイチ彼女の能力が掴めない。本人も、どう使えるかは相手による、と言っていたし正確には理解できていないのだろう。
そんな状況で、どうやってあの朝陽を出し抜くか……見当もつかない。このまま、再び朝陽に襲われないことを祈る。
明日になったら、宵待の代わりに日之出朝陽が紗那絵の部屋で寝ていた、みたいなB級ホラー展開だけは、勘弁してほしい。
翌朝、部屋の前で日之出朝陽と鉢合わせする、などということは無く。いつものように早く起きた俺は、自分の分と、宵待の分の弁当の用意、三人分の朝食の用意をしていると、紗那絵と宵待が一緒に起きてきた。二人とも寝間着姿である。
俺は安堵して息を吐いた。宵待に会うまでは、一体いつ朝陽と再会を果たすことになるだろうかと、ひやひやしていたのだ。
「朝食、あと少しでできるから待っててくれ」
俺は、フライパンに卵とウィンナーを勢いよく投入した。おかげで卵の黄身は全壊してしまった。
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