第14話 千里洞「ショウランコウ」

水の森 レミューリアを抜け平野をしばらく歩くと、ついに二つ目のチェックポイントとも言うべき場所、千里洞「ショウランコウ」が姿を現した。

「ここが千里洞か、思ったより小さな洞窟だな~」

「入口はな」

フィーレは疑問を顔に浮かべながらも先陣を切っていった。

千里洞「ショウランコウ」はその名前の通り、かなり大規模な鍾乳洞だ。

「この鍾乳洞は国で保護されている洞窟だが、足場なんかは整備されていない場所もある。滑らないように気を付けよう」

俺たちはランタンが固定されたヘルメットを装備してエントリーした。

洞窟内部は湿気と水場に満ちており、すぐに全身がびしょ濡れになった。

「これ、大体何キロくらいあるんだ?」

前を歩いているフィーレの声も反響してよく聞こえる。

「おおよそ800mくらいだそうよ」

アーテルの声も後ろから響いている。

「中腰で進むにはちょっときついなぁー破壊していいか?」

「だめよ、この鍾乳洞は国の重要文化財に登録されているのよ。あとフィーレ、可能な限り右側の壁を支えにしてよ」

「ん? なんで右側なんだ?」

「左側の壁は天然な状態で保護するためになるべく右側の壁をついてってガイドブックにも書いてあったわ」

「へぇー、どうりで右と左で壁の色が違うんだ。そう考えると左側の壁は綺麗だな」

無数のつらら石の隙間を通りながら、俺たちは洞窟の中を進んだ、時には足を前に出して進んだり、つらら石の赤ちゃんと小さいエビやコウモリを観ながら歩みを進めた。

背を伸ばせる場所にたどり着いたので腰掛て少し休憩することにした。

「なあ、ちょっとランタン消してみないか?」

「なんで?」

「ここって全く光が届かない場所だろ? 10秒でも光を消してみたら、真の暗闇が体験できるんじゃないか?」

「なかなか面白そうね。やってみましょうか」

「せーのっ」

俺たちは頭上のランタンの光を消してみた。

「「「おぉー」」」

それは夜の森でも体験することのできない、真の暗闇だった。目を開けているのに目を瞑っているような、それでいて目の前に壁があるような不思議な感覚だ。

「距離感が全くないな、フレネル、いるか?」

「いるよ」

「アーテル?」

「別に動いてないわよ」

「面白いなー!」

「フィーレ、アーテル、少し耳を傾けてみないか?」

俺たちは一切の音を出さないように注意した。するとやがて、しと、しとと水の滴る音が辺りにこだました。

「すげぇ、水が落ちる音が聞こえる! 水って音出すんだな!」

「光も音もない、なんだか落ち着くわね」

「ああ、なかなか面白い体験ができた、二人とも協力ありが……ん? な、なんだ」

「あーあ、なんで声出すかなー? フレネル君?」

妙に冷たく柔らかい感触がしたと思ったら、フィーレが俺の体によりそってきたようだ。

「今なら何をしてもわからないんだよー? そういうことがしたかったんじゃないの~?」

「ちょっとフィーレ、フレネルが嫌がってる」

「はぁ? 嫌がってる訳ないでしょ。あんたがうらやましいだけなんじゃないの?」

「おいおい、静かだったのは本当に10秒だけだな。まあうちらしいといえばらしいが」

アーテルがランタンに光を点けた。

押し倒された俺の上にはフィーレがうずくまっていた。

「……先を急ごうか」

俺も明かりを点けた。


約800mの洞窟を抜けた先には、見るも不思議な光景が広がっていた。

そこは先ほどの暗がりとは対照的に、シダ植物と水辺と木々が立ちならぶ、なんとも気持ちの良い空間が開けたのだ。

「おおー、ここがパンゲア地方か。」

パンゲア地方。それはショウランコウの先にある地方であり、恐竜が住む地方らしい。

感心している俺たちを横目にすかさずアーテルが解説を入れる。

「パンゲア地方、通称パンゲアの呼び声。恐竜と呼ばれる竜族が住む土地らしいわ。地方全体が巨大なクレーター、つまり盆地になっていて、蒸し暑さと濃い酸素が特徴らしいわね」

「本当だ、確かに暑い……でも空気はうまいな」

俺たち三人は深呼吸した。

「地図によるとこの先に自然保護局の拠点があるらしいから、そこに泊めてもらいましょう」

「「了解」」


フィーレの大鎌でかきわけて進むと、眼前に草を食んでいる恐竜を発見した。

全身を骨塊で覆った装甲と、しっぽの先にハンマーのようなものを携えている。

「あれは……?」

「あれはアンキロサウルスね……植物性の恐竜だから攻撃しなければ大丈夫。しっぽのハンマーは肉食の恐竜から防御するためのものでしょうね」

俺たちは体長10mはあろう巨大なトカゲを刺激しないよう、静かに通り過ごした。

「恐竜、強そうだなー、今の私たちで勝てるかな?」

「あの分厚い装甲に魔法攻撃が通るのだろうか? 正直戦いたくはないな」

「恐竜たちは酸素濃度の高いパンゲア地方にしか生息しない珍しい動物よ、基本的に戦闘は避けるようガイドブックにも書いてあるわ」

「最後の安息地という訳か、他の地方では生存できないんだろうな」


更に先を行き、湿地帯へ入った。

「なんだあのでかさは……」

俺たちは優雅に水浴びしている首の長い竜に遭遇した。全長20mはあるだろうか。3階立てのオフィスビルダンジョンより大きい。

「えーっと、あれは……ディプロドクスね。竜脚類の中では華奢な方らしいわ」

「華奢……? あれで……?」

アーテルの解説(ガイドブック)によると水辺や沼地を好む植物性の恐竜だそうだ。つまりこちらから仕掛けなければなにも問題はない。

「ふーん、確かに図体はでかいけど、さっきのと違って装甲はないねぇ、これならあたしの鎌で切れるんじゃないかな?」

アーテルがページをめくりながら解説を続ける。

「えーっとちょっと待って、……危ないかもしれないわよ。尻尾を鞭のように振るって攻撃するらしいわ。その速度は音速を超えるらしいわよ」

「油断も隙もないなぁー、まあ確かに尻尾の筋肉は発達してるっぽいけどー」

俺たちはとくに戦う理由もないためディプロドクスを避けながら進んだ。


しばらく歩くと、今度は比較的広い土地に出た。いくばくかの木々はあるが、なだらかな丘と水辺が点在しているサバンナだ。

「身を隠せるものがないな……」

「肉食恐竜に取っては絶好の狩場ね。」

「つまりあたしたちは狩られる側ってことか?」

アーテルが三度ガイドブックをめくりながら解説してくれる。

「どうやらこの一帯からは肉食恐竜の縄張りみたいね。戦闘行為も許可されているわ」

「なるほど、自分の身は自分で守れと」

しばらく歩みを進めていると、複数の恐竜がこちらに近づいてきた。

「……狙われているな」

「どうやらアロサウルスの群れに補足されたようね。私たちが今晩のディナーなのかしら」

「全部で5体か、さっきのと比べると小さいけど、10m位はあるねぇー、首も短いし切れるところ少ないかも」

「しかし二足方向する動物は珍しい。あの大あごで嚙み砕かれたらひとたまりもないぞ」

やつらとの距離はまだあるが、俺たちは戦闘態勢に入った。

「アーテル、前に出てくれ」

「はいはい」

アーテルに射程の長い通常風魔法 第6級─ブラストで牽制してもらった。しかし恐竜たちは歩みを止める様子はない。

「どうやら空腹に耐えかねているらしい、アーテル、セルヒドラだ」

「一発しか撃てないわよ~」

通常風魔法 第一級 セルヒドラ、俺たちの頭上に召喚された炎竜は、アロサウルスの群れに向かって突っ込んでいった。

「炎の風は瞬く間に恐竜達を包み込んだ。だが、恐竜たちは驚くことに、さらに加速したのだ。」

「なっ……あれで全速力じゃなかったのか!?」

「さっきより遥かに速度が出ている……あいつらでかい図体の癖に走れるのか!?」

「しかも質量があるからか、あまり炎も効いていない……これはまずいわね……」

セルヒドラの炎も加速でかき消されてしまったようだ。

恐竜たちとの距離はもう100mもない。

「出し惜しみするな、全力で行くぞ」

俺はアビスアーカイブから最新のポーション(POS-1(ポーエス-1))を取り出した。

「ジルバレット、プレッサー」

通常暗黒魔法 第5級のジルバレット10発分の血の弾丸を正面の恐竜にぶつけた。どうやら頭蓋に穴は開いたようだ、だが動きを止める様子がない。

「脳みそが小さくてあたってないみたいね」

「なるほど、本当に強敵だな。」

俺はポーエス1を一飲みし、失った血を回復した。

「おいおいおい、どうすんだよフレネル、ダークウィングで逃げるか?」

「あれは一度の飛翔につき44秒しか飛べん……グラドを重ねても高台のないここでは逃げ切れない……着陸の瞬間を狩られるのがオチだ」

「おいおいおいどうするんだよ」

「落ち着けフィーレ、やりようはいくらでもある。」

俺はアビスアーカイブを少し前の空中に展開した。禍々しい暗黒の空間と棺がこちらの世界を覗いている。

「アーテル、打ち水をしてくれ」

「了解」

アーテルは通常水魔法 第三級 ウォーターキューブを周囲一帯に展開し、破裂させた。

「何をして……!」

「ここら一帯は湿り気がなくて固まっているけど、元はさっきの場所と同じで沼地だったはずだ。」

ウォーターキューブが次々に破裂していく。

「だから何……!?」

「つまり水を与えてやれば……」

先頭を走っていた一体の恐竜が転倒した。それを見た後ろの恐竜達の動きも鈍くなる。ここはぬかるみになったのだ。

「なっ……まさか……」

「やつらは二足歩行だ。ぬかるみでは転倒の恐れがあって思うように動けん。」

だが、転倒した1体以外はゆっくりとだがこちらに歩みを進めてくる。空腹が限界なのだろう。

「あと少し……今だ!」

「アビス・アーカイブ」

俺はアビスアーカイブを開いた。天空の棺が開かれ、中に入っていた一際大きな剣が落ちてくる。

「あれは……!?」

「あれはオスミウムの剣、世界で最も重い剣だ。」

「オスミウムの剣……?」

「あの大剣は世界で最も重い物質、オスミウムで鍛えられている。その重さは1092tだ」

「1092t!?」

オスミウムの剣は大地を穿つように恐竜の頭上に降り落ち、そのまま頭蓋を貫通した。

「ぎゃおら」

アビスアーカイブの下を通った恐竜は絶命した。

「すごいわ! でもあと3体いるわよ。」

「流石にあの剣はもうない。」

「じゃ、じゃあ、あたしが止めに行くしかないわね」

「待て」

はやるフィーレを抑える。

「なんで? あのぬかるみにいる今なら一体ずつ処理すれば倒せるわ」

「そろそろ時間だ。」

「時間?」

「上を見てみろ」

その時頭上から俺たちの目の前に大量の剣と槍が降り注いだ。剣と槍はぬかるみに足を取られた恐竜達の頭上に次々と降り注ぎ、頭蓋、肉体を貫通していった。

「こ、これは……」

「アビスアーカイブは前後左右にはあまり展開できないが、上空なら際限はないらしい。だから高度1000mからあらかじめ剣と槍を降らせておいたのだ。」

「突っ込んでたらあたしもあの鉄の雨の餌食だったわね……」

「まあ今回のように時間を稼ぐ環境に恵まれて、敵との距離がある場合に使える技だがな、いい実験になった。」

「流石だぜフレネル、やっぱりうちのPLは賢い」

「あっ」

そう言っているのも束の間、転んだ一体は立ち上がり、こちらへ突進を繰り出してきた。

「フィーレ、頼む」

そう言って俺はフィーレにデプスドールを掛けた。

「……あいよ、ちょっと取り乱しちゃったけど、タイマンなら負けないよ」

正直デプスドールは不要かもしれないが、戦場で弓兵の前に板を一枚置くと命中精度が上がったという話も聞く。安全性がそのまま成果に繋がるのだ。

フィーレは大鎌を頭部に突きつけたようだ。だが頭蓋骨が固く通らない。振り落とされてしまった。

フィーレに対して噛みつくように大あごが迫る。

「かったいねぇ、でも、鎌でよかった」

そういうとフィーレはアロサウルスの首に大鎌を引っ掛け、頭頂部に飛び乗った。

「こんな大きな首でも撥ねることができるからねぇ」

フィーレは大鎌を引き上げ、アロサウルスの首を切断した。


さて、ここを抜けたら自然保護局の建物があるはずだ。久しぶりに屋根の下で眠れるぞ。

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