第12話 水の森 レミューリア①

「ここが水の森か……」

水の森に入った感想は、思っている以上に木々の間が開けていることだった。

「まあアーチとかあったし、森と言ってもエルフ住んでるらしいしね~」

ここにある木々はねじ曲がったりあらぬ方向に伸びたりしている。どうやら土の栄養が偏っているらしい。

「この森の中枢にはエルフの集落があるらしい。そこまで行けば安全だろう」

俺達は多少警戒しつつも歩みを進めた。

「結構厄介な原生生物が出るらしいぜ。フレネル、アーテル、油断すんなよ」

「「了解」」

「しっ、ウォーキングツリーがいるぞ。みんな草むらに隠れろ」

早速1体目の魔物を発見した。ウォーキングツリー、その名の通り歩く木だ。枝から伸びる数多くの気根を垂らすことで、地面を突き刺し、動物より遥かに速い代謝を繰り返すことで、元の根っこを枯らして移動する。時間魔法を操る木らしい。

「あれを見てみな、ウォーキングツリーに捕まった動物は寿命が尽きるまであの枝に身体の自由を拘束されて過ごすんだ。」

「むごすぎるだろ」

「まあ植物って元来鬼畜なものだしね。有毒な酸素周囲にばらまきまくってるし」

ウォーキングツリーのお腹に当たる部分には、既に動物としての形をなしていない肉塊が収められていた。確かに敵には回したくない。

「強いのか?」

「いや、火炎魔法で一撃だ。所詮木だからな」

俺達はウォーキングツリーが通り過ぎるのをじっと待ち、姿が見えなくなったところでホッと一息をついた。


しばらく歩き続けると、またしても魔物に遭遇した。ダンジョンのような閉鎖空間とは違って別に無理して倒す必要はない為、基本的に隠れてやり過ごす。

今度はアーテルが静かに指を指した。どうやら音を立ててはいけないらしい

「あれはノイジィーバードね。獲物を見つけたり威嚇する時に絶叫に似た叫び声をあげる鳥よ」

くちばしがメガホンみたいになっているでしょ? あのくちばしで指向性を持たせて、獲物だけに絶叫を届けるのよ。ほとんどの動物の鼓膜は簡単に破れるわ。もちろん人間の鼓膜もね」

俺達はノイジィーバードをやり過ごして再び前進した。

「あ、あそこにもいるぜ。あいつは相当やばいやつだな」

「あれは孤虫ね……あの生物は元は昆虫だったんだけど、酸素濃度の増加によって巨大化した虫よ。幼虫の姿をしているけど、孤虫には成虫としての姿はないの、死ぬまであの芋虫みたいな姿をしているのよ」

俺達は観察しながら小声で話し合った。

「あいつは何がやばいんだ?」

「孤虫には食べられても命は大丈夫。数時間でそのままの姿で排出されるわ」

「命を取らないのか。珍しいタイプの魔物だな」

「そう、その代わり食べるのはその人の肉親の記憶よ。孤虫に食べられた人は例外なく父、母のことを何も思い出せなくなってしまうの。実際に会わせても他人としか感じられなくなるらしいわ」

えげつない虫だな。自分自身の孤独を埋めるために記憶を食べているのだろうか?

俺達は孤独な虫をやり過ごして更に前に進んだ。

「やたら自分勝手な魔物が多いな」

「原生生物だからね。ダンジョン産の魔物が相手を殺す魔物だとすれば、原生生物はなにがなんでも自分の利益を増やすことに特化した魔物よ」

「あ、あそこにもいるぞ」

フィーレが指を指した先には煌びやかな剣が地面に突き刺さっていた。

「あれは……ただの剣じゃないか?」

「あれは剣山って呼ばれる魔物だよ。剣を抜こうとすると地下から本体が出現して、大きな口であっと言う間に飲み込んじまうんだぜ」

なるほど、剣で人間を釣っている訳か。俺達が観察を続けていると、突然背後に気配を感じた。

「まずいわ、見つかったわね!」

振り返るとそこには全身が樹木で覆われている人型の異形がいた。赤いマントをたなびかせてこちらを見ている。

「ちっ、モクマオウ、通称野生の魔王だな。力も強く、魔法も操る魔物だ。」

野生の魔王はこちらに向けて急接近してきた。幸いにも走る速度は人間と同程度らしい。

俺達は全力で逃げだした。だが野生の魔王も追いついてくる。

「魔法が飛んでくるぞ!」

振り返ると野生の魔王は通常土魔法第6級 ランチャーを展開している。

「複数来るぞ」

なんということだ。ランチャーの魔法陣が5つ展開されている。尖った岩が5本、俺達に向かって放たれた。

「パーティクルディケイ」

ディ・パーティクルディケイは暗黒防御魔法 第3級の呪文である。目の前に魔法陣を作り出し、触れた物質の粒子を崩壊させる。物質攻撃ならなんでも防ぐことができる技だ。ただし凄まじく魔力を消費するのであまり使いたくはない。はっきり言って過剰防御だ。

パーティクルディケイによって5つの岩石は見る見る内に崩壊していく。

「ダークミスト」

俺達はダークミストで視界を遮り、先ほど発見した剣山という魔物を飛び越え、野生の魔王と向き合うように対峙した。

野生の魔王は尚もこちらへ追ってくる。あと10m、9m、8m……

「今だ! 剣を撃て!」

アーテルがブラストを剣に向けて放った。すると剣の下からは虹色をしたアンコウのような生物が飛び出し、瞬く間に野生の魔王を飲み込んだ。

剣山は獲物を丸呑みして満足したのか再び地中に潜った。地中から剣が突き出した。

「ふぅー、なんとかなったな」

俺達は呼吸を整え、近くの木陰で休むことにした。

「でも、今の魔物なら正面から戦っても勝てたんじゃないか? こっちは3人だったわけだし」

「フィーレ、逃げるというのは生存戦略から見ても有効な方法なのよ。戦って生き残るより、逃げて生き残る方がずっと簡単だからね。戦うのは追いつかれてからでいいのよ」

「まあそれもそうだよね~あいつ倒してもマント剝ぎ取る位しかうまみないしな~」

「よし、休憩したらまた前進しよう。今日中にエルフの集落にたどり着ければ宿で寝れるかもしれないぞ」


俺達は足が棒になるまで歩き続けた。

夕焼けが森を照らす頃、ようやくエルフの集落へたどり着くことができた。

「すみませ~ん!」

俺はエルフ達に声を掛けた。

「はいは~い……あら、冒険者の方ですか? まあこれはこれはよくご無事でしたね」

ハンモックで本を読んでいたエルフのお姉さんがこちらへやってきた。

「ええ、俺達ウィンド地方までの旅をしていまして、よければ一晩泊めて頂けませんか?」

「それはそれは、宿がありますので案内いたしますね!」

宿に荷物を置いた俺達は、併設された酒場で食事をしていた。うちのパーティーは誰も酒を飲まないので家計に少し余裕があるのだ。

ハイビスカスティーで楽しく談笑していると、突然お年を召したエルフがやってきた。

エルフは深々と頭を下げ、自己紹介を始めた。

「初めまして、私この集落の村長をしております。エクレールと申します。」

俺達はエクレール村長に自己紹介をした。どうやら頼みがあるらしい。

「実は最近この森に外来の魔族が住み着きまして、度々この集落も襲撃に晒されております。もしよければ冒険者のあなた方に退治して頂きたいのです」

魔族だと……? 魔族とは人語を操る魔物のことだ。こんな森の中で一体何をしているというのだ。

「どうやらかの魔族はこの森の魔物を改造する研究をしているようで、度々私どもの集落へ魔物を差し向けてくるのでございます。今は若い衆がなんとか撃退していますが。魔族を倒せるだけの余力はございません」

「それはお困りでしょう。ぜひ話を聞かせてください」

「ありがとうございます」

こうして俺達は村長と魔族討伐について話を進めることになった。

「居ついた魔族は自身を ”悪魔王ソロモンの末裔" と名乗っております。彼の者かのものは改造した魔物を召喚魔法で複製し、不定期にこちらへけしかけてくるのでございます」

サモナータイプの魔族か、本体がそこまで強くないのであれば、魔族との初戦としてはむしろ良い練習になるかもしれない。

「どうかお願いします。正直なところ若い衆もかなりやられており、これ以上の被害を被ると共同体としての生活を維持できません」

確かに集落には女性のエルフが多かったように見えた。そういうことだったのか。

「わかりました。その依頼俺達が引き受けましょう。きっと良い知らせを報告できると思いますよ」

エクレール村長はほっと胸を撫でおろした。よほど逼迫した状況だったようだ。一息ついたのか改めて真剣な表情でこちらに向き直った。

「しかしサモナータイプの魔法使いと言えど、仮にも魔族。近づけば簡単に倒せるというものでもありません。油断だけはなさらないで下さい」

俺達は村長と作戦を入念に練り、明日にでも討伐を行うことに決めた。

思わぬ事態だが、3人とも困っている人を放っておく訳にもいかないとの見解で一致したのだ。

明日は人生で初めて魔族との戦闘になるだろう。俺は今使える魔法と消耗品の点検を行い、眠りについた。


──翌朝

俺達はエクレール村長案内の元、エルフの集落から西へ向かった。どうやら水の森の名前の由来となっているエミューリアと呼ばれる滝があるらしい。"悪魔王ソロモンの末裔" は滝の奥の洞窟を根城にしているようだ。

俺達は原生生物を避けつつもエミューリアを目指した。しばらく歩いてゆくと遠目に滝を発見した。

「あれがエミューリアだな。随分大きな滝じゃないか」

「ここからやつのテリトリーだ。改造された魔物が襲い掛かってくるかもしれないぜ」

「……警戒は怠らないようにね」

そう言っているのも束の間、周囲の木々から突然魔物が躍り出た。

「……これは、なんだ!?」

「これはベンガルトラと呼ばれる動物が魔物化して、スライムにあてられたものね」

魔物は体長2mはあるであろう巨体で、全身は黒く塗りつぶされている。そして身体の周囲にはスライムを纏わせている。

「スライムは単体だと大した存在じゃないけど、他の魔物に取り入って共生するそうよ。取り込まれた魔物は酸を吐いたり水魔法を使えるようになるらしいわ」

スライムタイガーは背中の球状の液体から酸のビームを発射してきた。

「まずいなぁ。あれを喰らったらせっかくの美少女が形無しだぜ」

「アクアシールド!」

アーテルがすかさず3人分のアクアシールドを展開した。酸のビームはアクアシールドの中に入り混ざり合った。スライムタイガーは酸の攻撃や水魔法では倒せないと悟ったのか、こちらに向かって牙で噛みついてきた。

「フィーレ!」

「はいよ」

フィーレが大鎌を突き出して牙を噛ませた。するとスライムタイガーは後ろ足で立ち上がり前足で引っ搔いてきた、すごい力だ、フィーレが押されている。

「フィーレ、交代だ!」

俺はフィーレの持っていた大鎌を受け取り、フィーレにはウルツァイト宝剣を渡した。

「グラド:12G」

範囲を狭くしたグラドでスライムタイガーの足を止めた。

「今だ!」

フィーレは俺から受け取ったウルツァイト宝剣をスライムタイガーに思いっきり突き刺した。スライムタイガーはうなり声を上げながら暴れている。しばらくうなっていたが、フィーレはウルツァイト宝剣を引き抜き、首に突き刺した。今度はおとなしくなった。

「フィーレ、スイッチがうまくいったな」

「練習しといてよかったぜ」

「なんとか魔力を使わず倒せたわね……」

俺達は魔族との戦闘に備えて、なるべく魔力を消耗せずに進行することにしたのだ。

しばらく歩くと、またしても魔物が出現した。

「……なんだあの大きさは」

「あれはヘラジカね。魔物ではないわ。動物よ」

「純粋な動物だけど下手な魔物より強いから刺激しない方が無難ね。ちなみに体重は400kg~800kgぐらいらしいわ」

ヘラジカは悠々と道を横断している。どうやら純粋な力の強さだけで魔物に打ち勝って生き残ってきたらしい。俺達はヘラジカが通り過ぎるのをやり過ごし、再び前に進んだ。

次に出てきたのはメカチーターだ。メカチーターは俺達を見つけるや否や急接近してきた。

「まずいわね。あの魔物は時速100kmで走れる動物を改造したもののようだわ」

アーテルがそう解説し終わる前にメカチーターは俺達の喉元に爪を突き立てた。

「くっ、グラド!」

俺はグラドを詠唱した。だが、何かを感じ取ったのかメカチーターは一瞬で後ろに下がり、グラドの範囲から外れたようだ。

「まずいフレネル! グラドを解除しろ!」

グラドの弱点、それはターゲットが範囲外に出てしまったら、ただ俺の動きが鈍くなるだけの呪文となってしまうことだ。自分より速い相手に使うべきではなかったかもしれない。

「解除」

だが、その隙を許す程メカチーターは甘くなかった。今度はアーテルの方角目掛けて稲妻の如き速度で走り抜けて行く。

「デプスドールッ!」

俺は万が一に備えてアーテルにデプスドールを掛けた。人形が出現すると同時に、メカチーターはアーテルの腹を嚙みちぎった。間一髪間に合ったようだ。

「ジルバレット・プレッサー」

ジルバレット・プレッサーは一発の弾丸に十発分の血を込めて発射する技だ。最も速射性が高いジルバレットの威力を底上げした魔法である。

ジルバレットはメカチーターの胴体を貫通し、動きを一瞬鈍らせた。速さを獲得するためか耐久力はそこまで高くないらしい。

アーテルは杖を思いっきり振り上げた。ダメだ、ここは大技ではなく速射性の高い魔法を……

「ロッド」

そう言ってアーテルは杖を思いっきり振り下ろし、叩きつけた。メカチーターの身体は粉々に砕け散った。

「まさか物理的に仕留めるとは……いや、確かにこれが一番早いな」

「やるじゃん」

アーテルの思わぬファインプレーに驚かされながらも、息を整えた俺達は滝壺を目指して再び前進を始めた。

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