第11話 追放
──ギルドホール
事の顛末は全てギルドへ報告され、フラクタルはそれぞれ1時間程の面談を受けた。
「フレネルさん、結論が出ました。」
ギルドの職員が憩いの場に腰かけている俺達の元にやってきた。
「……どうぞ」
ギルド職員は一呼吸置いて説明を始めた。
「……非常に忍びないのですが、ハイネストギルドはフラクタルの在籍を認められないことになりました」
「…………」
分かってはいた。だが実際に言葉にされると想像よりも深い悲しみが心に突き刺さった。
「申し訳ございません。フラクタルの登録は本日をもってハイネストギルドから抹消させて頂きます。」
「なぜだ? 俺は魔族ではない。人間だ。」
「すみません、魔族が人間の振りをしているかどうか、私達には判別がつきませんので……」
……無理もないか、魔族と人間の区別をつけるのはかなり難しい。魔族は人間に擬態する魔法を持っているとも言われているのだ。
「フィーレとアーテルはどうなる。彼女達は巻き込まれただけだ」
ギルド職員は書類を二人に向けて提出した。
「フィーレ様とアーテル様は引き続き当ギルドに所属することができます。解散となるのはあくまでフラクタルだけなので」
俺達は何も言葉を返せなかった。その間もギルド職員の説明は続く。
「また、フィーレ様とアーテル様は緊急クエストの規定として、自動的に足りないスタンプを補填し、次の等級へ昇格となります。これでジャーニー級冒険者の仲間入りですね」
もうどうでもよくなってきた。こんなところさっさと抜けだしてデンデおじさんのところに帰ってしまおうか。
「それはおかしいんじゃないか」
後ろから声を掛けられた。この声は……マキアさんだ。
「フレネル君もジャーニー級へ昇格だろう。」
ギルド職員は目をしばたかせながらマキアさんの方を向いている。
「ええと、ですがこちらの方はもう除籍扱いでして……」
「いや、ハイネストギルドはそうなのかもしれないが、ギルド連盟から除籍されている訳じゃないだろう。ハイネストギルドはギルド連盟の傘下のはずだ。」
「ええと、あなた誰なんですか?」
「そして緊急クエスト時の報酬はギルド連盟が発布している公約だ。まだギルド連盟に除籍の申請を出していない以上、現時点ではハイネストギルドはフレネル君に緊急クエスト時の報酬を払う義務がある。」
ギルド職員は困惑している。
「これから除籍になる方にスタンプを押せと?」
「ああ、そうだ。押せ。」
ギルド職員は眉をひそめながら俺の冒険者IDカードの登録情報を書き換えた。どうやらジャーニー級冒険者になったらしい。
「……これで文句はないですか?」
「ああ、問題ないよ。」
「じゃあ除籍処理も進めますね」
そういってギルド職員は俺達の冒険者IDカードからパーティ名を抹消した。
フラクタルの文字が黒く塗りつぶされ、白文字でDeletedと記されている。
「これで正式に手続きは終了しました。フレネル様、本日までおつかれさまでした。」
俺の冒険は終わってしまった。結末は意外とあっさりしているものだな。
「フィーレ、アーテル、すまない。」
二人とも黙っている。
「……おかしいだろ」
フィーレが拳を振るわせている。よく見ると目に涙を浮かべているようだ。
「なんでだよ! おかしいだろ! あの魔物を倒したのも、悪魔を倒したのも、全部フレネルなのに……! なんでこんな扱いできるんだよ!」
まずい、彼女の性格的にギルド職員が危ない。職員はただ職務を全うしているだけだ。
「フィーレ、落ち着いて」
「これが落ち着いていられっかよ!」
俺は今にも飛び掛かりそうなフィーレを抑えた。だが力が強く俺一人では完全には抑えきれない。
「アーテルも止めてくれ!」
俺はアーテルの方を見やった。
「……フラクタル」
アーテルは一言そう呟いた。
「あたし、フラクタルが好きだった。内心結構いい名前だと思ってた。」
アーテルはそう言って杖を構えた。
「セルヒドラ」
杖の先端から吹きすさぶ炎の風が出現した。これは通常風魔法 第一級 セルヒドラと呼ばれる魔法だ。
炎の風は竜のように叫び声をあげ、ギルドの外と内側をうねるように飛んだ。
次々に窓が破壊されていく。
「なっ、なにしてるんですか!」
ギルド職員が金切り声を上げている。だがアーテルは竜を操るのを止めない。
火と風で出来た竜はギルドの窓という窓を片っ端から割り、やがて天井のギルドの文様を破壊し、消滅した。
「アーテル! 何をやっているんだ!」
アーテルはにやりと笑った。
「こ、これで私も除籍ですね」
俺とフィーレは突然のアーテルの行動に唖然としていた。
「ちょっと、何してるんですか! 本当に除籍になっちゃいますよ!」
ギルド職員が慌てて駆け寄るが、アーテルはもはや上の空だ。
「フィーレさん、あなたは残りますよね……?」
ギルド職員はフィーレの方に向き直った。
「あー……私も辞めよっかな。別にハイネストギルドに拘る理由ないし。適当に他の地方に行くよ」
「そんな……」
ギルド職員はしばらく説得を試みていたが、やがてすごすごと奥の方へ退散した。
それを見ていたマキアさんはうんうんと頷いていた。
「よし、フレネル君。ハイネストギルド除籍おめでとう!」
「なんでそんなに明るいんですか……」
マキアさんはなぜか笑顔だ。
「フレネル君、行く場所に困っているんだろう?」
「ええ、まあそうですね」
マキアさんは胸元から一枚の書類を取り出した。
「推薦状だ。ハイネストギルドは残念だったけど、北方にあるノーチョイスギルドなら受け入れてくれると思うぞ」
どうやらマキアさんは業界でもそこそこ顔が利くようで、この展開をおおよそ予想していたらしい。
「ノーチョイスギルドは北方の魔王軍との戦闘がメインの最前線のギルドだからね。強い人材はまさにノーチョイスで採用するのさ」
なるほど、逼迫した状況のギルドなら受け入れてくれる可能性が高いわけだ。
「君たち3人はパーティ名を抹消された訳アリ冒険者だけど、一応ジャーニー級冒険者だから、入れる確率は高いと思うよ!」
「ありがとうございます。」
俺はマキアさんに深くお辞儀をした。
「へぇ~そんなところあるんだ。いいじゃん」
「……私もついていく」
フィーレとアーテルも乗り気なようだ。俺はまだ3人で冒険を続けることができる喜びを嚙み締めた。
「別に大したことはしてないって。むしろ感謝すべきなのは私達ネオヴァイパーの方だし。なんかあったら頼ってよ」
「まあ、ノーチョイスギルドがあるのはウィンド地方だから、たどり着くのも大変だけどね~」
マキアさんはそう言って手の平を振っている。
「だがしかし、冒険者たるもの狭いギルドに閉じこもっていないで、世界を冒険するべし!」
俺達は改めてマキアさんにお礼を言い、数か月世話になったギルドホールから出た。
「よし、こうなったからには冒険を楽しもう!」
俺は俄然やる気が出てきた。
「除籍になった割りに随分元気そうじゃねえか」
フィーレがニヤニヤと笑っている。
「元々魔王城は目指していたからね、予定が早まっただけさ」
「……元気になった?」
アーテルも俺の顔を覗き込むようにこちらを見ている。
「ああ、おかげさまで」
二人を見ていると自然と笑みがこぼれてしまう。
「それじゃ、頑張ってね~」
遠くでマキアさんが手を振っている。
俺達はマキアさんの声援に送られ、ハイネストギルドを後にした。
目指すはノーチョイスギルド。北の大地ウィンド地方である。
──翌日、アーレント平原
俺達3人は消耗品を整え、ハイネストを跡にした。
ウィンド地方へは、水の森 エミューリア、千里洞「ショウランコウ」、廃都市「ガーランド」を超え、この国の最北端である。氷の街「アストランティア」へ行く必要がある。
「よし、まずは水の森 エミューリアへ行くぞ。休憩を挟みながら行こう」
昨日のことにはあまり触れず、草木や風の祝福を受けながら歩いた。
「せっかくなら目一杯楽しもうぜ! あたしサンドイッチ作ってきたんだ!」
道中、景色の良い丘を見つけたので、布を引いてサンドイッチを食べた。
「めちゃくちゃうまいっすね」
「だろ!」
「確かにおいしい……フィーレって意外と乙女なんだね」
「意外は余計だ」
フィーレのおいしいサンドイッチで空腹を癒した俺達は水の森 エミューリアを目指して再び歩き始めた。
「……なんか、思ったより歩き詰めだな」
フィーレがぼやいている。
「確かにそうだな……よし、充分冒険感は味わったし、そろそろ使うか」
「スレイプニル」
スレイプニルは特殊暗黒魔法 第3級の呪文だ。8本脚の馬とそれに引かれる戦車を召喚することができる。
スレイプニルに乗った俺達はぐんぐん加速し、平原も悪路もひとっ飛びで進み続けた。
スレイプニルは強力な技だが魔力消耗が少なくなったため出来る荒業にすぎない。事実俺の魔力は見る見る内に減っていく。
「よし、大分距離も稼げたし、この位でいいだろう」
数十キロ進んだ辺りでスレイプニルを解除した。魔力回復のポーションを一気に飲みほす。
「便利だけど魔力の消耗がすごいなー、歩けるところは歩いた方がよさそうだね」
「そうだな、魔力回復ポーションがもっと気軽に買えるようになったら活用しよう」
俺は空になった魔力回復ポーションをアーカイブにしまいながら話した。
「……フレネル、そのポーション。炭酸入ってるでしょ」
「ん? ああそうだけど」
「ダメだよ。これからまた身体動かすのに炭酸飲んじゃ。運動前の炭酸はご法度だよ。お腹爆発するよ」
そうだったのか知らなかった。気を付けよう。
「ちょっとフィーレ? あなたもその辺の豆食べないでよ」
フィーレの方を見やるとお腹が空いていたのか、なっている緑色の豆を食べている」
確かによく知らない食べ物の拾い食いはよくない。
「豆類も運動前に食べるとお腹によくないよ」
……そっちかよ。良識があるのかないのかよくわからない少女だ。
「へぇー、運動後ならいいのか?」
「いいよ」
「いいのかよ」
俺達は談笑に花を咲かせながら歩き続け、ついに水の森 レミューリアの入り口へたどり着いた。
「いよいよだな」
入り口には冒険者を歓迎するかのように水で出来たアーチが設置されている。
俺達は高まる期待に胸を抑えながらアーチをくぐった。
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