第10話 ホスピタルダンジョン②

──1階 待合室

待合室にはグールの死体が死屍累々と転がっていた。だが魔法神官ハイエロファントとアグレッサーが戦っている相手は、見たことのない人型の魔物だった。

「あれがドクターだ。魔法神官ハイエロファントが戦っているのは銀の大型ナイフ……通称メスと呼ばれる武器で攻撃するタイプの個体だな。アグレッサーが戦っているのは聴診器と音叉を装備した風魔法を操るタイプの個体だ。」

マキアさんが解説した。

「助けなくていいんですか?」

「稚拙な連携は混乱を生むからねぇ、ピンチになったらバトンタッチするさ」

そう言っている間に、ウルテミスさんの通常火炎魔法 第2級 メテオが直撃し、ドクターは消滅した。

「なかなかやるな」

同時に、アグレッサーの3人もドクターの心臓に剣を突き刺し消滅させた。

どうやらひと段落ついたようだ。

一仕事終えたウルテミスさんとマキアさんが経過報告をしている。

「いや~ドクターが思ったより強くてさ~、ていうかまだオペレーション開けてないけど……」

「もうオペレーション室まで来たの? 流石ね」

「いやいや、オペ室のドクターが一番強いからね~皆の力が必要なんだ」

アグレッサーの隊長──確かアインと名乗っていた男も力強く声を上げている。

「東側は全部終わったぜ。オペ室を全員でやるのは賛成だ。事実上最終フロアみたいなもんだからな」

次はオペ室を攻略することが固まったようだ。他のフロアから回るのも手だが、もしオペ室に天球儀があった場合、悲惨な冒険になってしまう。避けられないボス戦は早めに決着を着けた方がいいだろう。

「よし、全員体力と気力を回復したら言ってくれ、そこに自販機もあるぞ」

入り口から入ってすぐの少し奥まった場所に自動販売機が置いてあった。

「おっ、本当じゃん。ついにあのコインを使う時が来たな」

フィーレが率先して3人分のポーションを買ってくれた。味は普通だった。


「全員準備は整ったな? では開けるぞ」

ウルテミスさんが扉下側のセンサーに足を当てた。どうやらこの扉は足で開閉ができるらしい。獲物を持っている俺達にはありがたい仕組みだ。

扉が開くと、中には1体のグールが横たわっていた。それを取り囲むようにドクター2体と、ナース1体が立っている。3体ともより禍々しいオーラを放っており、腕先は赤色をしている。

「3体か……作戦通り、ローテーションで行く。まずは俺達が削ろう」

ドクター2体、ナース1体に向き合ったのは魔法神官ハイエロファントの面々だ。前衛のウルテミスさん、エルタイルさんがそれぞれ火炎魔法と風魔法を放った。

「ヘルゾーク」「ハウリングストーム」

前衛のドクターはそれに反応してアクアシールドを展開し、なんなくいなした。

更に後衛のドクターは何やら特殊な装置をコントロールし、低くうねるような声で呪文を詠唱している。

「スリーピスト」

「まずい、全員息を止めろ!」

その時、突然フロア全体に緑色の魔法陣が出現した。どうやらフロア全体に風を作っているらしい。

「息を吸うなよ、眠っちまうぞ」

魔法神官ハイエロファントの後衛の一人が風魔法で対抗した。室内に空気を送り込み続けることで、スリーピストから全員を守っている。だが、それもいつまで持つかは分からない。

「風魔法使えるやつ! 足してくれ!」

その声に応じてアーテルもハウリングストームを後衛のドクターに向けて放った。

「コザカシイ」

後衛のドクターは更に出力を上げた。吹きすさぶ旋風で、もはやまともに炎魔法は使えない。

「アグレッサー! 交代だ」

「ラジャー」

魔法神官ハイエロファントはアグレッサーとスイッチし、後衛に回った。その間も風はなびいている。

アグレッサーはスイッチするや否や、前衛のドクターに向けて強襲した。

「メス」

ドクターがそう言うと、ナースはどこからか巨大な銀ナイフを取り出し、ドクターへ手渡した。

「手合わせ願おうか」

アグレッサーの隊長であるアインはそう言いながら、2人の剣士とともに鋭い突きを繰り出した。だがドクターは動きを見越していたかのように銀ナイフを盾にすべての突きをいなし、反撃の斬撃を放った。

銀ナイフの斬撃はアグレッサーの横っ腹を正確に捉えた。

「危ない危ない」

だが、アグレッサーの一人が土魔法で地面から盾を生やしたらしい。

防御土魔法 第3級 ガイアシールドだ。

再び鋭い突きがドクターに襲い掛かる。今度は命中した。しかしまるで効いている感じがしない。

「こいつ……致命傷を避けやがった」

どうやら攻撃を刺さっても問題のない場所で受けたらしい。魔物の割りに妙に知性的だ。

「ゼロフォース」

ドクターは剣戟けんげきの最中に呪文を詠唱した。ドクターの両肩から大量の触手が出現した。

「聞いたことのない呪文だ……アグレッサー! 気をつけろ」

「ラジャー!」

触手は細いながらも見る見る内に伸びてゆき、やがて一本一本の先端が鋭い刃物のように尖った。

「まずい……アグレッサー! 下がれ!」

ウルテミスさんが指示する間もなくアグレッサーに向けて大量のナイフが襲い掛かった。傷は負ったものの、ウルテミスさんの判断のお陰で致命傷にはならずに済んだようだ。

「ネオヴァイパー! フラクタル! 時間を稼いでくれ!」

「了解」

遂に俺達の番だ。

「フレネル君、君の指示に従うよ、好きに使ってくれ」

「わかりました。ではヘルゾークをあのグールに向けて撃って頂けますか?」

「アーテル! マキアさんの炎の軌道を補助してくれ!」

「はいは~い」

「当たると思わないけど、了解」

アーテルの風魔法の補助の元、マキアさんにヘルゾークでグールを撃って貰った。するとドクターはグールを庇うように動いた。見事命中したようだ。

「うそ……」

「あの眠りについたグールが彼らのウィークポイントです。狙い撃ちにしましょう」

しかしその作戦も長続きはしなかった。後衛のドクターがグールに防御魔法を掛けたのだ。前衛のドクターは更に呪文を詠唱した。

「ゼロフィフス」

生えている触手は更に太く、長くなった。この太さなら叩きつけられるだけでも致命傷になるだろう。

ドクターは更に触手を伸ばし、こちらへ叩きつけるように攻撃してくる。

「ゼラバースト」

俺はゼラバーストで飛んでくる触手を全て消滅させた。

「なんだ……この魔法は……」

魔法神官ハイエロファントの面々が茫然としている。対してアグレッサーは陽気なものだ。

「おーすげぇ魔法だなー」

だが隙を作る間もなく、すぐに触手は生え変わり再びこちらへ飛んできた。

「ゼラバースト」

再び撃滅した。だがこれが何度も続くと魔力切れを起こしてしまうだろう。それまでに何か考えなければならない。

「フレネル君! これではジリ貧だぞ!」

マキアさんの言う通りだ。

「フィーレ、大鎌であの触手を刈り取れるか?」

「はっ、鎌ってのは大量の触手を刈るために出来てるんだよ」

「よし、懐に斬りこむぞ!」

俺達はフィーレ先行の元、ドクターへ斬りこんだ。

当然、ドクターは大量の触手をこちらへ向けてくるが、フィーレが正面、サイドはネオヴァイパーの剣士にカバーして貰い、落とし損ねた触手はジルバレットの威力を極大にして撃ち落とした。ドクターまで後8mだ。

「デプスドール」

俺は突っ込んだ全員にデプスドールを掛け、更に前進を続けた。

取りこぼした触手が身体を貫通し、ネオヴァイパーの剣士は苦痛に顔を歪めていたが、どうやらついてこれたようだ。

ようやくドクターの目の前にたどり着いた。

「おつかれさま」

俺達はそれぞれの獲物をドクターの心臓に突き刺した。

「ケイカヲミマショウ」

前衛のドクターは消滅した。

1体撃破したからと言って油断はできない。

後衛のドクターは風魔法を操りながら、更に呪文を詠唱した。

「ダヴィンチ」

すると、グール上空の空間が切り裂け、4本の腕を持つ円盤のような飛行物体が出現した。

ウルテミスさんが声を上げた。

「まずい、全員引け!」

アグレッサーの隊長アインも声を荒げている。

「これは悪魔だ! 俺達に代われ!」

ダヴィンチと呼ばれた悪魔は各腕の関節を2つ持っているようだ。

4本の腕は目にもとまらぬ速さで俺達に伸びてきた。爪には刃がついており、刺されたら致命傷は免れないだろう。

ウルテミスさんの怒号が聞こえた。だが、俺は下がらなかった。

「……従順な召喚と深い奉仕スレイブ・サモン

「来い、ソードイーター」

俺はほぼ全ての魔力を使ってソードイーターを召喚した。これが最後の一撃だ。


……風を斬る音が遅れて聞こえる。


ソードイーターは出現するや否や、迫りくる腕を破壊剣で斬り落としたようだ。

「…………もう一体の悪魔ッ!」

「奴を斬れ」

ソードイーターはダヴィンチに接近した。それに呼応するようにダヴィンチも再び腕を生やし鬼神の如き速さで突きつける。だがソードイーターはそれもなんなく斬り捨てた。

「終わりだ」

もはや格の違いは明らかだ。ソードイーターは浮遊する円盤をケーキを分けるように六等分した。

「戻れ」

役目を終えたソードイーターは消滅した。もう魔力は残っていない。


……それを見たドクターは、自らとナースに風を当て、静かに眠りについた。

天球儀は膨れ上がったグールの腹部にあった。


──攻略後、俺達は公共馬車が来るまでダンジョン跡で待機した。案の定、俺の魔法が追及されてしまう。

「フレネル君、君が使う魔法は見たことがないのだが、あれはなんだ?」

早速マキアさんに詰められてしまう。

だが、こうなった以上もはや隠し通せない。

「……あれは、魔族の魔法です。」

沈黙が漂った。

「……ふざけるなよ」

一呼吸置いた後、ウルテミスさんが沈黙を破った。

「つまりお前は魔族ってことじゃねえか」

「違います! 僕は人間です!」

「魔族は皆そう言うんだよ!」

ウルテミスさんは杖を地面に叩きつけた。

「人間に取り入ろうとしても無駄だ。僕はお前を認めることはできない」

ウルテミスさんが火炎魔法の種火を作った。

「……てめぇ、うちのPLになにするつもりだ」

フィーレが大鎌を薙刀モードに変形させた。

アーテルは静かに見守っている。

「……そうだな、俺も職業柄よく魔族と交戦するが、奴らは巧な嘘で人間を騙し殺す」

アグレッサーの3人も剣を抜いた。もはや必死の弁明も意味を成さないか。ならいっそ堂々としていた方が説得力はあるだろうか?

「……仮に俺が魔族だとして、なぜダンジョン攻略中に貴様らを襲わなかった。」

「……ッ!」

「俺は貴様らの背後を取っていたんだ、魔法を撃つ隙はいくらでもあった。」

「確かにそれはそうだが……!」

「はいはい、そこまで」

マキアさんが仲裁に入った。

「フレネル君が魔族かどうかはわからないけど、少なくともあのドクターを倒したのはフレネル君だよ。その功績を忘れちゃいけない」

ウルテミスさんは不服そうにしている。

「しかしマキアさん、こいつはもしかしたら俺達人間の信用を得て、最後の最後に裏切るかもしれませんよ!」

マキアさんはまたしても意外な返答をした。

「だったら裏切られるまで利用すればいい」

「なっ……!」

「私はフレネル君に戦力としてかなり高い価値を感じている。ウルテミス、はっきり言うがこの青年に勝てるのか?」

「そ、それは……」

ウルテミスさんは種火を収めた。だが怒りの炎は収まらないようだ。

「とにかく、このことはギルドに報告させてもらう。いくら強くても魔族の危険がある者と組んで冒険などできない」

こうなってしまった以上もはや決別は避けられないだろう。俺はウルテミスさんが悪いとは思わない。事実として魔族は人語を操り、最も人的被害が大きくなったタイミングで裏切り殺す生き物なのだ。

俺達は気まずい雰囲気の中、ギルドまでの帰路についた。

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