第9話 ホスピタルダンジョン①

ハイネストギルドへ戻ると、10数人の冒険者が憩いの場に集まっていた。どうやら各パーティーごとに腰かけているらしい。

俺達も入り口近くのテーブルに座った。

「はい皆さん、人数が揃ったので説明を始めます。」

ギルド職員が忙しなく資料を配っている。

「ハイネスト東門付近にホスピタルダンジョンが出現しました。」

冒険者達がざわつき始めた。ホスピタルダンジョンは通常出現するダンジョンの中でも五指に入る難易度のダンジョンだ。

「ご存じない方もいらっしゃるかと思いますので、説明いたします」

「ホスピタルダンジョンは科学文明時代の病院を基にしたダンジョンです。出現する魔物はグール、ナース、ドクターの3種類が確認されています。」

「ホスピタルダンジョンはダンジョンとしてかなり難易度が高く、ダンジョンブレイクも引き起こしやすいダンジョンです。また、万が一ダンジョンブレイクした場合、周辺地域の被害も深刻なものとなるでしょう」

「よって、一刻も早くこれを撃滅しなければなりません。そこで、レイドでの攻略を行います。」

レイド、それは複数のパーティーが共同戦線を張る攻略法だ。それほど難易度の高いダンジョンということか……

「今回はマスター級冒険者であるウルテミスさん率いるパーティー "魔法神官ハイエロファント"を主力に挑もうと思います。」

ギルド職員から紹介を受けた男とその一行が立ち上がり前に出た。魔法神官ハイエロファント……各属性の魔法使いで構成されたパーティーらしい。

「ご紹介に預かりました、魔法神官ハイエロファントのウルテミスと申します」

長身の男は、赤マントを翻して話を続けた。

「ホスピタルダンジョンは滅多に出現することはありませんが、私達は過去に三度、同タイプのダンジョンを攻略したことがあります。」

ウルテミスさんのブリーフィングは簡潔ながらも非常に的を射ていた。


 まず、天球儀がどこに生成されるかは不明とのこと。過去の例ではドクターが必ず出現するドクタールーム、ナースが大量に出現する通称ナースステーション、かなり武闘派なドクターが出現するオペレーションルームに出現したらしい。

天球儀がどこに出現するか分からない以上、部屋を一つ一つ見ていくしかないとのことだ。また、ドクターは各個体ごとに戦闘スタイルが全く違うので、完全に別の種類の魔物と思って叩くこと、グールを攻撃すると確実にナースが飛んでくるので、ナースとも戦える余力を持って戦闘に入ることなどの説明を受けた。

「ではブリーフィングは以上です。次に各パーティーの配置を決めます」


第一パーティー

魔法神官ハイエロファント:マスター級冒険者のウルテミス率いる魔法使い4名によるパーティー

・正面の風除室から侵入、待合室まで進み、西側のエリアを攻略。


第二パーティー

アグレッサー:ジャーニー級剣士3人。ダンジョン外でも魔物の討伐に積極的なパーティー

・裏門の風除室から侵入、待合室まで進み、東側のエリアを攻略。


第三パーティー

ネオヴァイパー:魔法使い1名と剣士3名のパーティー、魔法使いがPLを務めるパーティー

・正面の風除室から侵入後、魔法神官ハイエロファントとアグレッサーのカバー。余力が出来次、2階へ昇り天球儀の捜索。


上記の3パーティーに俺達のパーティーを加えてレイドを行うらしい。一通りブリーフィングが終わった後、ウルテミスさんに話しかけられた。

「えっと……すまない、君たちのパーティー名が分からなくてね」

そういえばまだパーティー名を申請していなかった。

「すみません、まだ決まってないんです」

ウルテミスさんは頷いている。

「うんうん、パーティー名を決めるのは難しいからね。わかる、わかるぞぉー」

「だが、レイド中はパーティー単位で指示を出すから、パーティー名が必須なんだ。咄嗟に ”第二パーティー!" って呼ばれても、ピンと来ないでしょ?」

なるほど、それでノービス級からはパーティー名を持っている人たちがいたのか……単純にかっこいいから付けているだけだと思っていた。

「とりあえず、レイド開始まであと30分あるから、仮でもいいから付けておいてよ、よろしくね!」

ついに俺達はパーティー名を考えることになった。


「仮でもいいから、なんかいい名前ある?」

正直なところ、俺は大事な名前を付けるのが苦手だ。実家でひよこを飼い始めた時も、名前がなかなか決めきれず 、気がつくとにわとりになっていた。

「んー、あたしも名づけのセンスないからなー」

フィーレもあまり自信がないらしい。

「アーテル、なんかないか?」

「……じゃあ、フラクタルとか?」

アーテルが自信なさげに言った。

「なにそれ?」

「全体から切り出しても同じ形って意味なんだけど……」

「いいじゃん! 皆は一人のために的な?」

「あ、うん」

「俺もいいと思う。フラクタル……うん、響きもいいね」


「──フラクタルか……いいね、魔法使いって感じだ」

そう言ってウルテミスさんはダンジョンについて考察している皆の前で手を叩き、注目を集めた。

「はい、みんな注目~今回のレイドにはノービス級冒険者パーティーのフラクタルも参加するよ。フラクタルにはみんなの突入後に入って貰って、2階~3階の制圧をお願いするから。そのつもりでいてね」

「「「よろしくお願いします」」」

俺達が頭を下げると、まばらな拍手と密やかな囁きが聞こえてきた。

「おい、あいつ魔法が使えないやつじゃないか? 大丈夫なのかよ」

「まあ一応ノービスだし、そもそも戦力としては俺達だけでも十分だろ」

色々と言われているが、俺達はもう気にしない。今回のレイドでは危ないと思ったら出し惜しみせず魔法を使うつもりだ。例えこの街に入れなくなったとしても。


         ────ホスピタルダンジョン────

「では、事前のブリーフィング通りに行きますよ、タイミングを合わせて正面と裏口から突入します」

魔法神官ハイエロファントとネオヴァイパーが正面から、アグレッサーが裏口から突入する作戦だ。

「行きますよ、3、2、1、突入」

アルテミスさんの合図で魔法神官ハイエロファントとアグレッサーは突入した。遠目に見る限り、無事待合室まで進めたようだ。それを確認したネオヴァイパーもダンジョン内へ入っていく。

冒険者の侵入を察知したのか、グールとスケルトンがわらわらと出てきた。その数およそ10数体だ。だが、流石にマスター級とジャーニー級のチームアップなだけあってあっという間に待合室をクリアした。それを見たネオヴァイパーも前進している。


──待合室

魔法神官ハイエロファントのウルテミスとネオヴァイパーPLのマキアが話している。

魔法神官ハイエロファントとアグレッサーは両サイドの攻略に入るから、ネオヴァイパーはフラクタルを連れて2階の攻略に挑んでくれ」

どうやらこのダンジョンは1階と4階に難しいフロアが集中しており、2階、3階はグール達のフロアらしい。俺達はネオヴァイパーとともに2階を攻略し、1階で攻略しているメンバーの逃げ道を作る役目だ。

「フラクタル、ついてきて」

ネオヴァイパーは魔法使いのマキアさんという女性がPLを務めるパーティーだ。マキアの両サイドと後ろは経験豊富そうな剣士3人がしっかりガードしている。

俺達は魔法神官ハイエロファントとアグレッサーの戦闘を横目に2階へ上がった。


──廊下

「あの中央の部屋がわかる? あれがナースステーションよ」

「確かグールを攻撃するとあそこからナースが応援に駆けつけるんですよね」

「そう、あたしたちでナースを抑えるから、その隙にグールを撃破しなさい」

なるほど、部屋の中にはグール数名がいるはずであり、それらとの戦闘中に背後からより強力な魔物に襲われれば、例え熟練の冒険者でもかなり厳しい戦闘を強いられるだろう。

「わかりました」

俺達は手近な部屋に入った。

「ごろああああああああしおおああああああああ」

グール4体だ。今の俺達にはなんてことのない相手である。だが俺達に反応したのか、離床を検知したのか知らないが、クラシカルで優しいメロディが流れ始めた。

「これがナースコールってやつ? すぐ撃破しなきゃね」

俺とフィーレは獲物で2体のグールの首を斬り捨て、撃破した。

突然、廊下の方がけたたましくなった。ナースが到着してしまったのだ。扉は閉めてあるので確認はできないが、一刻も早く残りのグールを撃破して加勢する必要があるだろう。

「アーテル!」

はいはいと言わんばかりにアーテルはブラストを2発撃ち、グールを撃破した。俺達は勢いよく元来た扉を開けた。覗き込むと、ピンク色のドレスコードに禍々しいオーラを全身から放つ魔物が立っていた。どうやら両手の先端が針のように尖っているらしい。あれで突かれたら一たまりもないだろう。マキアの両サイドを固めていた剣士がナースの両手と鍔迫り合っていた。

「よくやったガノス、デミナス!」

そう言ってマキアは両手からヘルゾークを放った。ナースはバックステップで廊下の奥へ逃げている。だが、狭い廊下では指向性の高いヘルゾークから逃げきれず、結局胸の辺りに火傷を負った。

「きええてあああああああああああ」

ナースは叫びながら魔法を唱えた。これは水属性の回復魔法だ。火傷がみるみる内に戻っていく。体力を回復したナースは再び突進してきた。

「まずい、流石に2回もあの突きを防ぐのは……!」

俺は本能的に理解した。さっきのナースの突きはかなり鋭かった。この狭い通路でもう一度あの突きをいなすのは難しいだろう。

「ゼラバースト」

俺は通常暗黒魔法 第三級 ゼラバーストを唱えた。ゼラバーストは右手から極太のレーザーを放つ技だ。かなりヘルゾークに似ている。元々使用予定はなかったが、アーテルと魔力の消耗を見直し、実践で使える状態になったのだ。

ゼラバーストを全身でもろに喰らったナースは廊下の最奥まで吹き飛ばされ、消滅した。

「…………」

ネオヴァイパーの面々が呆気に取られている。

「この調子で他のグールも倒しましょう」

俺はなるべく自然体で振舞った。


「おい、どうなってるんだ? あいつ魔法が使えないんじゃなかったのか?」

ネオヴァイパーの剣士達がこちらを警戒している。

「使えないどころか、見たことない魔法だぜ。ヘルゾークより圧倒的に強かったよな」

マキアさんは先ほどから考え込んだまま動かない。まさか、俺の正体について探っているのだろうか。

「フレネル……と言ったか?」

「はい、なんでしょうか」

まさか、糾弾されるんじゃ……

「君の魔法のについて追及するのは後だ、それよりもナースの相手を代わってくれ、私達がグールとの戦闘を行おう。」

「わかりました。ではよろしくお願いいたします。」


マキアさん達は反対サイドの扉を開け、室内へ入った。するとやはり先ほどと同じ優しいメロディが流れ、ナースステーションから魔物が飛び出してきた。今度は2体同時である。

「本当にすぐ来るな」

俺は再びゼラバーストを放った。1体目のナースは奥へ吹き飛ばされたが、2体目のナースは姿勢を低くしてかわしたようだ。ナースが再び立ち上がって素早く距離を詰める。

「グラド」

俺はグラドを唱え、ナースを地面へ叩きつけ、ウルツァイト宝剣でとどめを刺した。

そうこうしているうちにネオヴァイパーもグールの掃討が終わり、部屋から出てきた。

「ゼラバーストはあまりたくさんは撃てない。次はアーテルのハウリングストームで対処しよう」

その後、俺とアーテルで交互にナースを撃破し、ついにフロアの中央。ナースステーションの目の前へやってきた。距離にしてわずか30m程だったが、ここにたどり着くまでに5分は掛かった。

「フレネル、ナースステーションの扉を開けるぞ、開けたらすぐに襲い掛かってくるはずだ、全力で撃滅してくれ」

「わかりました」

マキアが扉を開けると、中にいたナースが一斉に襲い掛かってきた。

全部で4体だ。俺は両手からゼラバーストを放ち、2体を消滅させた。念のためフィーレに防御を任せた甲斐あって、両手とも命中させることができた。だが残り2体が扉の正面にいる俺に向けて襲い掛かってくる。

「勢いよく飛び出すのは職業病か? 休みをくれてやろう」

俺の合図で廊下側のアーテルが脇腹にハウリングストームを放った。ナースは廊下の奥まで吹き飛ばされたが、まだピンピンしている。

「ちいいいいいいいいいいいいいいいいいい」

凄まじい叫び声をあげながら、アーテルに向かって突進した。だがこれはネオヴァイパーの剣士達が防御している。しかし残念ながら3人の剣士で4本の針を防ぐことができず、1人の腕に刺さってしまった。物凄い勢いで針に血が吸い出されていく。

「フィーレ!」

俺の防御に回っていたフィーレがすかさずナースの背後に追いつき、首をねた。

「ちょっと血を吸われちまった。だがこれくらい大したことはねぇ」

どうやらネオヴァイパーの剣士は致命傷ではなかったようだ。

ナースステーションをクリアした俺達は、もはやナースコールにおびえることもなく、残りのグール達を撃破し1階へ戻ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る