第8話 高潔な魔法使い
フィーレとの修行を終え、一日羽を伸ばしていたが、今度はアーテルから着信があった。
「調子はどう?」
「ああ、いい調子だよ。新しい魔法も覚えたし、戦闘の幅が広がった」
「少し暗黒魔法について調べてみたんだけど、明日時間ある?」
なんだ? 俺の正体を探っているのだろうか……まあとにかく行ってみるか。
俺はハイネスト魔法図書館へ向かうことにした。
──ハイネスト魔法図書館
「おお、かなりの蔵書だな……」
「この図書館の半分は魔法書、魔導書だからね」
魔法図書館は一般的に蔵書棟と実験棟に分かれている。蔵書棟から本を借りて、実験棟でそのまま実験ができるのだ。普通の図書館と違って、特に談笑などは禁止されていない。むしろ積極的に意見交換する人たちが多い印象だ。まだ早朝だというのに魔法使い達の活気で溢れている。
「暗黒魔法について記述した本、片っ端から集めたから」
そういってアーテルは抱きかかえていた魔法書、魔導書を机に置いた。
「え……これ全部読むのか……?」
「ううん、メインの参考書はこの2冊だけ、後はリファレンスだから」
(あ、よかった。勉強ができる人特有のとりあえず全部やれかと思った)
「フレネル、あなたの術式を見ていたけど、無駄が多すぎる。すぐ魔力切れるでしょ」
そうだったのか、魔力を無駄に消費していたことにすら気づかなかった。
「まるで数百年前の術式をそのまま持ってきたみたい。あなたはもっと基礎理論を学ぶべきだわ」
そういってアーテルは羊皮紙で作られたノートを開いた。
「特にグラドは最悪。魔法陣はでたらめだし、魔力効率も悪い」
(……ベックマン、今だけはあんたに同情するよ)
そうしてアーテル先生の講義が始まった。アーテルいわく、魔法の理論は一朝一夕で身に着くものではないらしい。だが元々魔法を使える状態から勉強した甲斐あって、夕方には参考書の1/3を終わらせることが出来た。残りはまた後日にしよう。
──次の日
「今日も勉強だから、早く来て」
マジかよ……この勉強ライフ、休暇中ずっと続くんじゃ……
「あたしに習えるなんて、贅沢なことないわよ。」
「アーテルは魔法学校を出てたんだよな、成績よかったのか?」
「一応主席だからね、まあそんなの気にしてもしょうがないけど」
「……?」
「あたしは他の生徒より上に立ちたいんじゃない。ただ自分の研究をしたいだけ」
「あたしがダンジョンに潜るのも、自分が開発した魔法が実践で役に立つか検証するためよ」
「……どうして実践なんだ? 生活を便利にする魔法とか、インフラを支える魔法とか、色々あったろうに」
アーテルは沈黙している。
「……あたしの両親は冒険者やってたんだけどさ、ダンジョンから帰ってこなかったんだ」
「……そうだったのか、すまない。」
「いい、別に大丈夫。だから私は、ダンジョン攻略に役立つ魔法をたくさん開発して、少しでも命を落とす冒険者を減らせたらと思ってる。」
……なんと高潔な魔法使いだろうか。凄惨な出来事に打ちひしがれるでもなく、前に進む力に変えている。彼女は未来の自分のような人間の為に努力しているのである。
おれは驕っていた。急に力を持って自分が強くなった気がしていた。だが、真の強さとは、その力の使い方を正しく定義できる。高潔な精神力のことではないだろうか。
俺は決意した。もしあの時と同じような状況になったら、ためらわず前に出よう。その結果糾弾され、迫害されようとも、誰かを助けられるならそれだけで十分だ。
よし、今日も勉強するか……!
「じゃあ、今日も12時間勉強するから、早く来てよ~」
…………決意が揺らぎそうだ。
「実験棟で昨日勉強した術式を組み上げてみようか」
俺はグラドを展開し、スクロールに術式……魔法陣を写経した。
「……自分で書くと、何をやっているのかよくわかるな」
「そうでしょ、何すればいいか分かんない時は、とりあえず読む、書く。同じこと書いて意味あるのかって思うかもしれないけど、自分で書くと本当の意味で理解できるようになるからね。楽譜だけ読んでもピアノ弾けるようにならないのと同じ」
「なるほど……」
グラドの魔法陣を書いていくと、かなり術式に無駄があることがわかった。同じ術を何度も重ねて書いていたり、必要以上の魔力を割り当てたりしている。
「そこの魔法回路、一本でいいでしょ」
「本当だ……結局直列に繋がっているから、わざわざ引き直す必要がないな……」
俺はアーテルと相談しながら、グラドの改良を進めていった。
「ということはこの魔力抵抗も……」
「いらないわね。削除しましょ」
俺達は夢中になってグラドの改良を続けた。早朝から始めて気が付けば12時になっていた。
「ちぃーっす」
後ろから馴染みの声が聞こえた。
「おお、フィーレも来たか」
今日は3人でお昼を食べる約束をしていた。グラドの改良もちょうど終わったので、喫茶店に向かう頃合いだろう。
「で? 何してたの?」
「ああ、アーテルにグラドの改良を手伝ってもらっていたんだ。かなり良くなったぞ」
「へぇー、ちょっと見せてよ」
俺は実験棟に配備されているサンドバッグで試し撃ちすることにした。
「グラド」
俺を起点にサンドバッグの下まで禍々しい魔法陣が出現した。
「……なんも変わって無くないか?」
「……解析できる箇所が全体の30%位しかなくて、ほとんどブラックボックスだったのよ」
「だが、無駄に魔力を食べている術式を見直せたから、かなり魔力の消耗は少なくなったぞ」
そう言って俺は更に魔法陣を大きくした。
「うぉ、でけぇ!」
「その分、同じ魔力消費でも直径7mから20mくらいにまで伸ばせるようになったんだ」
「いいね、強力な魔法になったじゃん」
フィーレに褒められてアーテルは満足気そうに頷いている。
「この調子で、他の魔法も改良していくわよ」
「あー、その前にお昼食べね?」
三人のお腹が鳴った。
──喫茶:パン・オ・レザン
俺達はレーズンパンと紅茶を楽しみながら、お互いの出生であったり、趣味について歓談した。
楽しいひと時はあっという間に過ぎ、また各々の修練に戻った。
そして幾日かアーテルと魔法の勉強と術式の改良に取り組み、たまに3人でお昼を食べたり合同で練習したりして、休息期間は終わった。
──ノービス銅等級クエスト「コンビニダンジョン」──
「では、今回はコンビニダンジョンに挑むぞ」
「事前のブリーフィング通り、このダンジョンも1層構造だ。出現するモンスターはスケルトン、グール、ゴブリンらしい」
グールとは、肉体を持つ動く屍のことだ。スケルトンよりも戦闘力は高いらしいが、考える頭はないらしい。
「正直、今の私達なら楽勝なダンジョンだな」
フィーレは楽観的に構えている。
「そうだな、あまり肩肘張る必要はないが、慢心だけはしないようにな」
「そういえば、一つ思いついたんだけど」
アーテルが手を挙げている。
「デプスドールを最初から装備しておくのはどう?」
俺は首を横に振った。
「あれは魔力の消耗がかなり激しいんだ。少しでも危ないと思ったら展開するよ」
「防御魔法としてはかなりいいなぁと思ったけど、やっぱりそうだったのね」
「じゃあ、そろそろ入るぞ」
話し合いの結果、今回はフィーレが先頭に立ちたいとのことだったので、
隊列はフィーレ、アーテル、俺の陣形になった。
「んじゃ、入り口を破壊して……」
フィーレが入り口のガラスを破壊しようとした時、突然ガラスが左右に捌けた。
「なんだ? 開きやがったぞ。誘ってるのか?」
「ダンジョン全体に魔力が通っているんだ。何か仕掛けがあるかもしれない。気を付けよう。」
最近ダンジョンの難化が進んでいるとギルドの人が言っていたな。もしかするとその影響かもしれない。
──店内
店内には、いくつかの仕切りとなる壁とカウンターがあった。カウンターの向こうにはスケルトンシューターが、店内にはグールが2体徘徊している。
「あのシューターはあたしがやる」
そう言ってフィーレはカウンターを飛び越え、スケルトンシューターが矢を放つ前にバラバラにしてしまった。
「アーテル、下がれ」
俺はアーテルを後ろに下げ、ウルツァイト宝剣で目の前のグールを斬り捨てた。もう一体のグールはアーテルがブラストで対応したようだ。全身がバラバラになっている。
「これで店内は全部か」
そう思ったのも束の間、突然奥の扉が開いた。青い扉からはグールが、赤い扉からは
ラフルドレッサーが出現した。珍しいモンスターだ。
「ラフルドレッサー、ドレスを纏ったグールね。それ以上でもそれ以下でもないけど」
アーテルが呑気に解説している。
俺はウルツァイト宝剣でグールとラフルドレッサーの首を斬り捨て、これを撃破した。
「これで制圧完了? あっけないね~」
フィーレが口笛を吹きながら辺りを見回している。
どうやらこのフロアにいた魔物は全滅したようだ。俺達はなにかアイテムがないか物色を始めた。
「なにこれ?」
フィーレがカウンターに置いてあった機械式の宝箱を開けた。
中には古代のコインが数枚と、1枚の紙きれが入っていた。
「これは古代のコインだね。マニアに売るか、ダンジョン内に出現する自動販売機で使えるらしいよ」
「へぇー面白いじゃん、フレネル、このコインアーカイブに入れといてよ」
「ん? ああ、別に場所も取らないし、構わんぞ」
「じゃあ、この10000って書いてある紙は?」
「それはただの紙よ。自動販売機でも使えないわ」
「なんだよ~外れアイテムかよ。つかこのおっさん誰だよ」
「多分昔の王様でしょうね。昔の人は財布の代わりにこの紙を折りたたんでコインを持ち歩いていたらしいわ。歴史書で読んだことある」
科学文明時代の財布か。確かに触っただけで破れにくい素材なのがよくわかる。デザインも相当凝っているな。
「財布はいらないや」
そう言ってフィーレは元の場所に戻した。確かにいらないな。
「よし、そろそろ次のフロアへ入るぞ。雰囲気変わるらしいから、気を付けような」
「は~い」「わかったわ」
──バックヤード
俺達は店内の奥にあった簡易的な扉を開け、奥の部屋へ入った。
「確かにちょっと暗いな」
奥の部屋は薄暗く、簡易的な机と椅子や、謎の装置、カゴ、洋服などがあった。
「おっ、洋服置いてあるぜ。貰っていこう」
フィーレが洋服に手を伸ばした。
「コンビニダンジョンに出現する洋服には種類があって、同じデザインのものが多いらしいわ。今回は紺色に緑線が入っているやつだから……結構人気があるやつね。後で売りに行きましょう」
「だな。たまに着てるやつ見かけるが、まさかダンジョン産とはなー。どうりで珍しいわけだ」
そう言ってフィーレは俺の頭上に放り投げてきた。これは周囲の警戒を解かないように敢えてこうするように指示している。アビス・アーカイブはどこにでも展開できるからだ。
「油断するなよ、確か奥にはゴブリンがいるはずだ。」
「ぐおおあああやるごおおおあああああああ」
その時、咆哮とも悲鳴ともつかないような叫び声がフロアにこだました。
「オークだ! 全員構えろ」
オークが2体、奥の部屋から突っ込んできたのだ。オークは体長2mはある大柄のゴブリンだ。動きは鈍重とは言え、まともに喰らったら大ダメージを受けかねない。
「デプスドール」
俺は念のためデプスドールを展開した。だがフィーレが前にいてグラドを展開できない。
「やむを得ん、ジルバレット」
俺はオークの胸に向けてジルバレットを5発まとめておみまいした。だが、突進が止まる気配はない。
「やれやれ、見かけ通りタフだね!」
フィーレはそう言いながらジャンプし、大鎌の先端をオークの頭頂部に突き刺した。オークは動きを止め、横たわった。即死したようだ。
「フィーレ、そのまま伏せてろ!」
この狭い通路では極大な魔法はなかなか使いにくい。
俺とアーテルはフィーレの頭上を掠める勢いで魔法を唱えた。
「ジルバレット」「ブラスト」
今度はフィーレに習ってオークの頭だけを狙った。オークの首は吹き飛び、仰向けに倒れた。
フィーレが口笛を鳴らしている。
「……コンビニダンジョンの奥のフロアはゴブリンが出るはずだ。オークなんて聞いたことがない」
「まあ攻略出来たんだし。いいんじゃないの」
俺達が奥の天球儀に手を掛けようとした時、突然3人の携帯電話が鳴った。エリアメールが来ている。
”緊急クエスト発令。付近の冒険者はハイネストギルドへ集合されたし”
アーテルが天球儀を破壊しながら問いかけた。
「緊急クエスト? なんだこれ」
「緊急クエストは街全体が被害を被るような事変が起こった時に発令されるクエストのことよ。とにかくギルドへ戻りましょう。
「そうだな。急ごう」
俺達は勝利の余韻に浸る間もなく、足早にギルドへ戻ることにした。
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