第7話 大鎌の剣士

「終わったなぁー、しかし1層だけとはいえ歯ごたえのあるダンジョンだったなぁ、なあフレネル」

「そうだな、一時はどうなるかと思ったぞ」

俺達はライブラリダンジョンを攻略、解放し、再び公共馬車でギルドへ向かっていた。

「アーテルの魔法のお陰だな」

まさか戦闘向きではない特殊魔法を組み合わせて強力な魔法を作るとは……流石魔法使い歴が長いだけある。魔法を覚えて数ヶ月の俺とは応用力が違う。俺も見習って特殊魔法を習得することにしよう。

「……どうも」

俺達は馬車に揺られながら、今回の戦利品を分かち合った。


──ギルドにて

「おめでとうございます! フレネルさん、フィーレさん、アーテルさん! ノービス級冒険者の仲間入りですね!」

ギルド職員からノービス級冒険者の腕章を受け取った。これでノービス級のクエストを受注できる。ギルドから出る報酬もグレードアップするので、生活が楽になるだろう。おまけに階級が上がるとボーナス報酬も貰えるので、当面はクエストをこなさなくても生活ができる。

俺達は疲弊した身体を癒すため、各々休息をとることにした。

「じゃあ、俺は1週間位魔法の修行するから」

「あたしも剣術の練習しよっかな~」

「……わたしは、図書館にいるから」

「なんかあったら戦利品の携帯電話で連絡するってことで」

俺達が手にしているのは、オフィスビルダンジョンのドロップ品である、魔力を浴びた携帯電話である。これは魔力を込めることでパーティー間での連絡を取りあうことができる優れものだ。科学文明時代は電波を用いて特殊な装置で送受信していたようだが、今は魔力を個々人が持っているので特段装置は必要ない。


──宿屋にて

「さて、”暗黒魔法とその研究について”の続きを読むとするか」

今回の休みの目標は、アーテルを見習って特殊暗黒魔法を習得することだ。特殊魔法は戦闘向きではない魔法の総称のことで、その使用用途はまさに特殊なものが多い。

「えーっと、なになに~?」


──特殊暗黒魔法 第6級術式 ダークミスト

自身から周囲12mの範囲に霧を出す。

「ほう、霧を出せるのか、戦闘中に煙幕を張りたい時は便利だな」


──特殊暗黒魔法 第5級術式 アビス・アーカイブ

魔界へアイテムを保存する。いつでも出し入れできる。

「え? 強くね……?」

アイテムを保存しておけば、わざわざ重たい荷物を背負う必要もないし、戦闘中の武器の取り出しも可能だ。俺は早速使用することにした。

「アビス・アーカイブ」

どうやら左手側に魔界が出現したようだ。

俺は腰に掛けていたウルツァイト宝剣を魔界に収納し、再び取り出してみた。

「すごい……自由自在だ。どの位入るのかな?」

魔界に手を突っ込んで確認してみた。中は棺桶のような構造になっているらしい。流石に収納容量には限界があるようだ。だが、諸々の武器を入れておいたり、投擲用のアイテムを保存しておけば、戦闘中の強力な補助になるだろう。もっと早く習得しておけばよかった。

「とりあえずウルツァイト宝剣はしまっておくとして、明日は商店街に行って他のタイプの武器も買っておこう」

「さて、他の特殊暗黒魔法は何があるのかな」


──特殊暗黒魔法 第4級術式 従順な召喚と深い奉仕スレイブ・サモン

魔界より影の従者を召喚する。強さは捧げた魔力、または血、または生贄によって変わる。

「なんかこの魔法だけ毛色が違うな……まあ、元々が色んな魔法の寄せ集めだからなんだろうが……」

「従者を召喚する魔法か……試すなら人気のない今の内だな」

俺は宿の裏に出て従者を召喚してみることにした。

「初回なので魔力で出してみるか」

俺は持っている魔力の総量の1割を使ってスレイブ・サモンを唱えた。

「おっ、いい体格してるなぁ」

召喚された従者はシャドウスケルトンだ。闇のローブを着込んだスケルトンで、知恵はないが多少の頑丈さを持つ。

「よし、あそこの木に向かって攻撃してくれ」

シャドウスケルトンは右手に黒いオーラを宿し、言われるがまま木に向かってストレートを放った。

ズドン、鈍い音がし、拳が当たったところから木片が飛び散っている。動きは遅いが魔力を纏っているだけあって、攻撃力はなかなかのものだ。

「ありがとう、戻っていいよ」

そう命ずると、シャドウスケルトンは俺の影に入り姿を消した。従者を戻した場合、消耗した魔力は返ってくるようだ。ただパンチ1発分の魔力は返ってこなかった。

「次は3割程度の魔力で……」

次に召喚されたのはシャドウナイトだ。シャドウナイトは片手剣と盾を装備した動く甲冑である。シャドウスケルトンより格上のファイターと言っていいだろう。色々試した後、シャドウナイトも影に戻した。

5割程度の魔力で召喚できたのはシャドウリッチだった。ノクターンより上位の魔導士である。ただ、使用する魔法はなぜか火炎魔法だった。どの属性のリッチが召喚されるかは運次第かもしれない。若干使いにくいな。

「ちょっと怖いけど、今の俺の全魔力を捧げたら何が召喚されるのか見ておくか……」

「スレイブ・サモン! 全開だぁあああああああ!」

「まさか……!」

召喚されたのは真っ白のローブに、両手持ちの破壊剣を携えた死神だ。

「ソードイーターか!?」

ソードイーターは。彼は悪魔の一柱である。

「悪魔も召喚できるのか……」

ソードイーターの出現と同時に、俺から見て少し斜め前に2m程の時計塔が出現した。時計盤を見るに、ソードイーターは13秒で消滅するらしい。

「そりゃ、数多の剣士を葬り去った死神だからな……流石に無制限とはいかないか」

だが戦闘中の13秒は、ほとんどの人間が想像するよりも遥かに長い。戦闘中の13秒は、永遠ともいえる長さなのだ。

「ソードイーター、目の前の木を斬ってくれ」

そう言い終えた瞬間なのか、言い終わる前に行動していたのか知らないが、木は一瞬で木っ端微塵になった。ソードイーターは既に俺の前に戻ってきている。

「は、はは……速すぎるな、何も見えなかった……」

これは強化風魔法 第一級 シルフィードよりも速いのでは……?

ソードイーターは血振りをしている。

俺はソードイーターとグータッチをした。ソードイーターはにこやかに笑っている。時間が来た。影に戻さなかったので魔力は回復しない。はじめて悪魔と対峙したからか、急にどっと疲れが押し寄せてきた。悪魔、それは膨大な魔力の行きつく果ての存在らしい。ダンジョンブレイク時にごくまれに出現すること以外では、発現方法は確認されていないはずだ……だがまさか一介の4級魔法で存在を確かめられるとは……

「にわかには信じられないことが多すぎるな……」

俺はもっと特殊魔法について調べたかったが、ソードイーターの召喚で魔力を使い果たしたので、再び宿に戻って眠りにつくことにした。


──次の日

午前中は商店街の武器屋を巡り、ロングソード、槍、ナイフを買い漁った。俺は軽く昼食を済ませ、午後からのフィーレとの模擬戦に備えた。昨日フィーレから模擬戦の誘いを受けたのだ。


「やっぱ一人だと稽古にも幅が出なくてさ~」

「じゃあ、はじめようか」

俺達は人気のない森の中で、獲物を構えた。

真剣だが、お互いデプスドールを装備しているので死ぬことはまずない。

「……フィーレ」

「なんだ……?」

「デプスドールも装備していることだし、全力で行くぞ」

「……ふっ、かかってきなよボーイ」

「では、行くぞ……アーカイブ」

俺はアーカイブを使い、ウルツァイト宝剣を取り出した。

「おぉー、便利な魔法だな」

「感心している暇はないぞ」

そう言って俺はすり足を利用したステップでフィーレとの距離を詰めた。俺の剣とフィーレの鎌がぶつかりあう。……重い。まるで大きな岩を叩いたようだ。衝撃が手の平に返ってくる。これが本物の剣士か……。

「軽い軽い!」

そう言いながらフィーレは大鎌を自由自体に振り回し、接近してくる。後ろに下がるしかない。

フィーレは大鎌の持ち手を滑らせて鎌と俺の剣先との位置を調整しているようだ。オフィスビルダンジョンに挑む時も持ち手を磨いていた。この為だったのか。

「この鎌は特注品でね、こうやって振れば……!」

フィーレは鎌をおもいっきり振り上げた。なんと、反動で鎌が持ち手と直線の形に変形したのだ。まるで薙刀のようである。

「タイマンならこっちのモードのが強いからねぇ」

そういって頭上と腰回りでバレリーナのように回転させている。全く近づけない。

「防戦一方だね~! 一応剣士なんでしょ~?」

「くっ……まずい、このままでは……」

やむを得ない。純粋な剣術で勝つのは厳しいだろう。

「グラド:6G」

「ぐお、はいはい、重力魔法ね。でもあたしも足腰の筋肉には自信あるよ~」

フィーレの動きに多少鈍りを認めたが、それでもほとんど変わらない機敏さを見せている。

(バカな……グラドを受けて初見でここまで動けるものなのか? 普段から身体の使い方を研究しているからだろうか……)

(これ以上重力係数を上げては、逆に俺の方が追い付けず斬られてしまう……)

「不思議そうな顔してるねぇ、もっと重力上げちゃえば?」

挑発に乗る訳にはいかない。俺はバックステップで下がりつつ、グラドを解除した。

ピキッ。その時、奇妙な音がした。音の発生源を見ると、フィーレの顔に亀裂が入っている。

「あ、やべ……」

(顔に亀裂が入っている……? どういうことだ? グラドの影響を受けて亀裂が入ったのは間違いないが……顔に何か固めているのか……?)

俺はフィーレの攻撃をいなしながら、一つの仮説にたどり着いた。

(試してみるか……)

「スレイブ・サモン。来い、シャドウスケルトン」

俺は特殊暗黒魔法 第4級 従順な召喚と深い奉仕スレイブ・サモンを使い、2体のシャドウスケルトンを召喚した。

「やつの顔面の亀裂を攻撃しろ」

シャドウスケルトンは両手を顔面の側頭部で構え、フィーレに向かって突撃した。

「そんなこともできるんだ! 面白いねぇ~」

1体目のシャドウスケルトンのパンチは見事に大鎌で破壊された。だが、2体目の攻撃は防ぎきれない。

ズドン、鈍い衝撃音がし、フィーレの亀裂が入った顔面にクリーンヒットした。亀裂は大きく広がり、ボロボロと土が崩れ落ちた。

「まさか……今までずっと……!?」

「あーあ、バレちまったか。そう、あたしは全身を土魔法でコーティングしてたのさ。いわば土の鎧だね」

なんというトリックだ。ヘルゾークを喰らってすぐに動けたのは、土の鎧がダメージを受け止めていたからか。

「隠し事はあんただけの特権じゃないのさ」

フィーレの強化土魔法は顔面に入った亀裂からボロボロと崩れ落ち、やがて首、胸、腹、脚部にかけて全身から土が落ちた。

「……顔は同じなんだな」

「当たり前でしょ、薄化粧よ、! 土魔法使いの専売特許よね~」

薄化粧ね……土の崩れ落ちたところを見るに胸囲はかなり盛っていたようだが、怒らせると怖いので触れないでおこう。

「これあたしのオリジナルの魔法なんだよねぇ~物理的なダメージはほとんど無効化してくれるんだけど、一ヵ所でも亀裂が入っちゃうとそこから崩れちゃうんだ」

岩が割れる原理と同じだな。

「まあでも、久しぶりに解除したわ~」

フィーレは気持ちよさそうに伸びをしている。

「さてと、岩女神の加護ナチュラルメイクも解除されたし、ようやく本番ね」

そう言いながらフィーレは両手から炎を出している。

「なるほど、全身を土で固めていたから、酸欠で火炎魔法が使えなかったわけか」

「そういうこと、んじゃ行くよ~」

「フレイムイリュージョン」

まさか強化火炎魔法 第3級 フレイムイリュージョンも使えるのか。全く、うちのパーティーメンバーはどうなっているんだ。

フィーレは全身と大鎌を炎で包み、突進してきた。シャドウスケルトンはあっという間に破壊されてしまった。

特に大鎌は熱されてさらに強力な武器となっているだろう。こう炎まみれだと肉弾戦に持ちこむこともできない。

「ッ……ダークミストッ!」

ダークミストで霧を発生させ、距離を取った。背後を取って奇襲を掛ける予定だ。

「霧の一つや二つ、なんてことないわよ!」

そう言ってフィーレは炎の出力を上げた。

なんということだ。高出力のフレイムイリュージョンで霧がかき消されてしまった。

「もはや出し惜しみはできないか」

「従順な召喚と深い奉仕スレイブ・サモン。出でよ、シャドウナイト、シャドウリッチ」

俺は残りの魔力をほぼ全て消費してシャドウナイトとシャドウリッチを召喚した。

「シャドウリッチ、水魔法でやつの炎をかき消せ!」

シャドウリッチは両手から通常水魔法 第4級 ウォーターカノンを放った。フレイムイリュージョンを解くまでには至らないが、弱らせるには十分だ。

「へぇー、リッチも召喚できるんだ。まあ、すぐ倒しちゃうけどね!」

「シャドウナイト、シャドウリッチを守れ」

俺はシャドウリッチを下がらせ、俺の配置した。俺とシャドウナイトでリッチを守り、リッチの魔法で倒す算段だ。

「おいおい、従者を守るのかよ」

「最も合理的な選択だ」

俺とシャドウナイトでフィーレに攻撃を加える。しかしフィーレは獲物を薙刀から大鎌モードに切り替えて、綺麗にいなした。

「そういえばなんで大鎌使ってるか言ってなかったね。見せてあげる」

「イフリート!」

イフリートだと!? 強化火炎魔法 第1級の魔法じゃないか。効果は確か、炎の如く敵を斬り付け……

そう考えている間に、フィーレは大鎌を横薙ぎの姿勢で構え、次の瞬間にはシャドウナイトと俺のデプスドールの上半身と下半身を真っ二つに切断していた。

「あたしの勝ちだな……!」

「いいや、まだだよ。フィーレ、上を見てみな」

「ん、上……? なっこれは!」

フィーレの上空には1立法メートルの水のキューブが浮いていた。これは通常水魔法第3級の魔法 ウォーターキューブだ。

ウォーターキューブは既に発動を確定させており、フィーレの頭上めがけて落ちてきている。1立法メートル辺りの水の質量はおよそ1tだ。人間など簡単に殺してしまうだろう。

「ちょ、ストップ」

そう言い残す間もなくフィーレの頭上へウォーターキューブが激突した。フィーレのデプスドールは跡形もなく消滅した。

「引き分けってことで」

俺は笑いながらそういった。

「あーあ、絶対勝ったと思ったのに」

「ははは、それはお互い様さ」

俺達は持ってきたお弁当を食べながら談笑し、その後は背中合わせでお互い自分の修練に集中した。

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