第4話 オフィスビルダンジョン
──オフィスビルダンジョン──
「それじゃあ今回攻略するダンジョンの説明を始めましょうか。」
ガリューンさんが先頭に立って説明を始めた。
「今回踏破するダンジョンは1週間前に表出したオフィスビルダンジョンだよ。
科学文明時代の人たちはこの建物の中に等間隔に並んで仕事をしていたらしい。」
「仕事ってなんの仕事だよ」
ダリスさんが剣の素振りをしながら尋ねた。
「さあ、編み物とかじゃないか?」
「なるほどな」
ガリューンさんは咳払いして説明を続けた。
「オフィスビルダンジョンの特徴は、各階のフロア構造がとてもよく似ていることなんだ」
「おまけに面白いのが、ダンジョンのフロアを作っている壁も腰回り位の大きさしかないんだよ」
「見通しがいいということでしょうか」
アーテルと名乗った少女だけ真面目に生徒役をしている。
「そ、アーテル君だったよね。君要領いいタイプ?」
「ほどほどです」
ほどほどね……どうみても天才肌ですってオーラを漂わせてるんだよな……
「つまりその階に入ったらどんなフロアなのか一瞬で見渡せるんだよ。これほど初心者向きのダンジョンはないでしょ?」
「ちなみに魔物はどんなのが出るの?」
フィーレと名乗った少女も鎌を研ぐのを止めて会話に参加するようだ。
「下層はほとんどスケルトンだよ。上層に行くとゴブリンも出てくるけどね」
「なんだ、超ザコじゃん。」
随分はっきり言うタイプだなぁ。
「さて、全員装備の点検は終わったかな? それじゃあそろそろ行くよ」
ガリューンさん曰く、この位のダンジョンならノービス級冒険者1人でも攻略できるらしい。新人を戦力に数えなくてもジャーニー級冒険者が2人いるからまず攻略はできるだろうとのことだ。
「それじゃあ、入るよ。みんなダンジョンの前の装置にIDカードをかざして」
冒険者は一人1枚冒険者IDカードを持っている。カードには冒険者の基本情報も書いてあるが、どちらかというと攻略届を自動でギルドに送信してくれる機能がメインだ。
攻略届を出してから24時間が経っても帰還届が出されない場合、
マスター級冒険者率いる救助隊が助けにきてくれる。
ダリスさんがガラス製の扉を手斧で破壊して鍵を開けた。
「いよいよだな、何度冒険しても足を踏み入れる瞬間はわくわくするぜ」
1Fーエントランスホール
フロアにはスケルトンが2体。
最奥には受付があり、机の後ろからスケルトンシューターが矢を構えている。
「スケルトンシューターがちとやっかいだな」
ダリスさんは言いながら土属性の身体強化魔法を唱えた。
「地響きの
アースロアーは強化土魔法 第6級の呪文だ。効果は確か、自身に注目を集めるだったか?
スケルトンシューターの攻撃は吸い寄せられるようにダリスさんの盾に弾かれた。
「よし、シューターはダリスに任せて、アーテル!フィーレ! スケルトンを撃破するんだ」
「了解」「あいよ」
「ハウリングストーム!」
ハウリングストームは通常風魔法第3級の呪文である。音を乗せた風を使って振動とかまいたちを放つ技だ。ハウリングストームを受けたスケルトンは振動で骨がバラバラになっている。あれはもう無力化されているだろう。
「派手な魔法だなぁ」
フィーレはそう言いながらスケルトンの元まで走って大鎌で上半身と下半身を切断した。残った下半身が突っ込んできたが、こちらも前蹴りで対応したようだ。鎌を体の後ろ側に持っていって反動を利用している。大鎌の遠心力が乗る分この蹴りは強力だ。
「二人ともいい感じだな! んじゃ、スケルトンシューターは倒しちまうぜ」
そういってダリスさんは腰に差した手斧を取り出し、スケルトンシューターに向けて投擲した。見事命中し、スケルトンシューターもバラバラになり崩れ落ちた。
「受付の奥に階段があるね。登ろうか」
階段で2階まで登ったが、3階への道は壁で閉ざされていた。
「3階までの階段は壁で塞がれてるな、まああるあるだが」
「どうすればいいんでしょうか?」
アーテルは生徒役に慣れているらしい。
「2Fのフロアの最奥に非常階段があるはずさ、それで登ろう」
「壁ごと破壊した方が早くねーか?」
その一言はガリューンさんを説明モードに入れないだろうか。
「ダンジョンの壁は土魔法で作られる壁よりはるかに強固なんだ。科学文明時代のオーパーツとも呼ぶべき代物だよ」
「ふーん、まあ見るからに固そうだしな」
2Fー執務室
階段を登った先は腰回りまでの壁が2つ長方形に伸びており、中央に2体、腰回りの壁を挟んでスケルトンが1体ずついた。
最奥のテーブルにはゴブリンが鎮座している。
「今回は長射程の敵はいないな、ようしフレネル……だったか? 戦ってみろ!」
「わかりました」
スケルトン2体が襲い掛かってくる。
俺は手前のスケルトンに向けて抜剣した。同時にスケルトンの腰から肩にかけて斬撃を与え、先ほどのフィーレの戦闘を参考にキックで下半身を対処した。
「ほう、太刀筋はなかなかじゃねえか」
剣を正面に構え左足かかとを浮かし、次の攻撃に備える。
スケルトンは無策で突っ込んでくるようだ。俺はそのまま両手正面斬撃を浴びせ、スケルトンを一刀両断し、バラバラにした。
「いい技だね。誰に教わったんだい」
ガリューンさんも褒めてくれるようだ。
「おじさんが昔冒険者をやっていて、最近習いました」
「お見事です。すごい速さですね!」
「悪くないんじゃない、別にドラゴンと戦うのだけが冒険者じゃないし」
気を遣ってくれてるのだろうが、おじさんの剣技が褒められるのは悪い気がしない。
残った2体のスケルトンは両サイドから、短剣を持ったゴブリンは正面から突っ込んでくる。
「よしアーテル、正面のゴブリンをやれ、両サイドはフィーレとフレネルで対処」
「了解」
「はいよ」「わかりました」
アーテルは先ほどより威力の低い風魔法で、俺達は獲物でそれぞれ撃退した。
「このフロアも制圧完了だね。それじゃ3階に行こうか。」
俺達はフロアの最奥まで進み、非常扉を開けた。外壁を伝う形で鉄の階段を登り、3階の扉はカギがかかっていたのでダリスさんに破壊してもらった。
3F─応接室
応接室は両サイドに本棚があり、何冊かの魔導書が置いてあった。
また部屋のカーペットには繊細な模様が描かれており、模様が見えるようにか床には一切の物は置かれていない。奥の壁には誰かの肖像画も飾られている。
「お、いかにも最上階って感じですね」
攻略中は固い顔をしていたガリューンさんも、自然と頬が綻んでいた。
最奥には大理石で出来た四角形の宝箱がある。
「レッドキャップだな」
レッドキャップ、それはゴブリンの個体の中でも特に戦闘に秀でた個体のことだ。普通のゴブリンより遥かに素早いらしい。
レッドキャップはこちらを一瞥すると、宝箱をバネにして突っ込んできた。速い。
「俺が受ける!」
ダリスさんはすかさず反応し、盾で弾き返した。レッドキャップはすぐに後ろへ引く。
アーテルはその隙を逃がさなかった。
「ブラスト」
ブラストは通常風魔法 第6級の魔法だ。威力は高くないが、風のように速く撃つことができる。しかしレッドキャップは引き下がると同時に高くジャンプした。
「嘘……ブラストを避けるなんて……」
だがこの機を逃す程ガリューンさんは甘くなかった。
「飛んだね、もう避けられない」
ガリューンは紅色の剣をレッドキャップの胸に突き刺した。
レッドキャップは絶命、消滅した。
「はあ、なんとかなりましたね……」
アーテルが力なく呟いている。
「ま、初実戦にしちゃ上出来だろ、宝箱開けようぜ」
「私魔導書貰っていいですか?」
5人はダンジョン踏破の余韻に浸りながら、戦利品の収集を始めた。
「鑑定魔法で見てみたけど、それはミミックじゃないね。開けなよ」
新米冒険者に宝箱を開ける体験を譲ってくれるらしい。いい人達だ。
代表してフィーレが蹴っ飛ばして開けた。
「なんだこれ……」
かなり大きな宝箱だったが、中に入っていたマジックアイテムは一つだけだった。
どうやら彼岸花を模した髪飾りのようだ。
ガリューンの鑑定によるとどうやら火属性魔法を強化するマジックアイテムのようだ。火属性を持っているのは新米冒険者の中だとフィーレだけなので、彼女が貰うことになった。
「私は魔導書を貰うから」
俺も魔導書を1冊貰った。属性魔法関係だったので正直無用の長物だが、売ればいくらかにはなるだろう。
戦利品を分け合ったところで皆が違和感に気づいた。
「あの、そういえば天球儀はどこにあるんでしょう」
俺は率直に疑問をぶつけた。
「おや、見当たらないね。どこにあるんだろう」
まさか、いや可能性はある。
「あの、もしかしてこのダンジョン4層構造なんじゃないですか? 例えば屋上にあるとか」
「あ」
ガリューンさんも失念していたようだ。
「そういえばオフィスビルダンジョンは屋上があるパターンもあったんだった。屋上は立ち入り禁止になっていることが多くてかなり珍しいけどね」
俺達は非常階段まで引き返した。見落としていたが、非常階段の上には鉄で出来たはしごがあり、屋上へ登ることが出来る。
「下を見るなよ、こういう時どうすればいいか分からなくなって下を見るやつがいるが、下は見ないのが正解だ。」
流石ジャーニー級のパラディンである。アドバイスが的確だ。だが新米とはいえ冒険者を志しているだけあって、この位なら誰にも動揺はない。
4F─屋上
「天球儀があったぞ、あそこだ」
屋上には鉄の扉が備えられた四角形の小屋があり、側面のはしごで小屋に登れるようになっていた。天球儀はその上に堂々と鎮座している。
屋上の中央辺りまで来た時、バタンと鈍い音がして小屋の扉が開いた。
「おいおいおいおいなんてこった、新米は後ろに下がってくれ」
そういってガリューンさんとダリスさんは前に出た。
見たことのない魔物だ。
ダリスさんも警戒しながら説明している。
「あれはドウクツライオンだ。かつての科学文明時代では百獣の王として恐れられていた存在らしい。しかもあの個体は百獣の王の癖に暗がりを好む陰湿な野郎だ。めったに戦える相手じゃねぇぜ。というか俺達も初めて見た。」
科学文明時代の動物が魔物化した場合、元々の強さに応じて魔力量も増幅される。
百獣の王と恐れられた動物ともなれば、相当強大な魔力を保有していることだろう。
「アーテル、1Fで見せた魔法を構えろ!」
冷静なガリューンさんも声が荒くなっている。
ドウクツライオンはこちらを伺っている。科学文明時代の動物は人間に対してかなり敵対的だ。はしごを降りる隙はないだろう。
「アーテル、撃て!」
先に動いたのはこちらだった。
アーテルは即座にハウリングストームを放った。対してドウクツライオンは咆哮を上げた。ハウリングストームは瞬く間にかき消されてしまった。
「これは……プライドの咆哮か!」
ドウクツライオンはこちらに向かって突進してくる。魔物化した時に出来たのか、元々なのかは知らないが、皮膚の黒いぶち模様や尻尾の蛇が恐ろしい。
ドウクツライオンの噛みつきはダリスさんが防いだ。だが、悲劇は起こった。
尻尾の蛇が突然巨大化したのだ。巨大化した蛇はダリスさんの首に巻き付き、骨を折った。ダリスさんは絶命した。
一瞬全員の動きが止まった。ガリューンさんはすぐに我に返ったのか、強化火炎魔法 第3級 フレイムイリュージョンを唱えた。フレイムイリュージョンは全身を炎で包み、刀身全体に炎を宿す大技だ。これなら蛇に巻き付かれる心配はない。
「ダリスの仇ッ!」
ガリューンさんはそう言ってドウクツライオンの頭に剣を突き刺した。
ドウクツライオンは絶命した……はずだった。だが蛇は更に巨大化し、もはや大蛇と称するべき大きさにまで巨大化した。本体は蛇のほうだったのだ。
大蛇は目にも留まらぬ速さでガリューンさんを飲み込んだ。火傷など気にしないらしい。ガリューンさんは一瞬で溶かされ、服だけ吐き出された。
俺たちは茫然としていた。だがこの大蛇と戦わなければならないことは火を見るよりも明らかだ。
片目をやると、アーテルはガタガタ震えていた。無理もない、ジャーニー級冒険者が一瞬で2人も葬られたんだ。この怪物は恐らくマスター級冒険者でも厳しい相手なのかもしれない。
フィーレはまだ戦う意思があるらしい、自分を奮い立たせているようだが、全身の汗を見れば恐怖と戦っていることがよくわかる。
……俺がやるしかない。
俺は剣を抜き、二人の前に立った。二人とも驚いているようだ。無理もない、ずっと後ろにいた無属性が前に出るんだから。だが二人ともいくばくか冷静さを取り戻したようだ。
大蛇はこちらの様子を伺っている。速く、即死級の一撃を持っている相手だ。出し惜しみはしない。
俺は剣を左手だけで持ち、右手をフリーにした。
「ちょっと、何やってるの!」
フィーレが叫んだが、技の都合上仕方ない。
「ジルバレット」
俺は5本の指からジルバレットを放った。5つの弾丸は大蛇に見事命中した。大蛇はうめき声を上げながらこちらへにじり寄ってきた。速い、次弾を撃つ猶予はない。
「グラド:
魔法陣で捉え、大蛇の足が一瞬留まった、しかし蛇行運動する大蛇にはあまり効いて
いないらしい。
「あんた魔法使えたの!?」
「ジルバレット」
俺は再び5本の指からジルバレットを放った。フィーレの問いに答える余裕はない。
大蛇は更にうめき声をあげているが、遂に眼前まで来てしまった。
「ディ・ラブリュス・ヘルズスラッシュ」
俺はヘルズスラッシュで大斧を召喚し、大蛇との間に障害物を作った。
大蛇は斧の存在感とウルツァイト宝剣の突きに押されたのか、少し距離を取った。
大蛇がグラドの魔法陣から離れた為、グラドは解除した。
「アーテル! フィーレに防御魔法を!」
「フィーレ! 5秒稼いでくれ!」
アーテルは大蛇が引いたのを見て少し落ち着きを取り戻したのか、俺の後ろでフィーレに防御水魔法 第3級 アクアシールドを掛けた。これなら丸呑みされても酸で溶かされることはないだろう。
フィーレは大蛇が前に出ないように大鎌で牽制している。
俺は大斧、いや、ミノタウロスの斧を両手で握りしめた。
ベンチプレスでは80kgが限界だった。だが、今この状況で持ち上げなければ命に関わる。
(……やはり重い、だが戦闘の高揚感からだろうか、不思議と持ち上げられるイメージが湧いてくる)
(ぐおおおおおおおお!!!!!)
俺は全力で力を込めて大斧を持ち上げ、天に掲げた。
発動するのは初めてだ。さあ、何が起こる。
「フィーレ、下がれ!」
フィーレは再び俺の後ろに下がった。
「嘘……でしょ……」
「なに……この禍々しい悪魔は……」
俺の後ろには黒い体躯に白黒の角を携えた巨人、ミノタウロスの上半身が現れていた。しかしよく見ると霧のように薄い存在感だ。恐らく幻影の類だろう。
ミノタウロスは俺の手に重なるように斧を手にした。すると突然、大斧が嘘のように軽くなった。
(これが……ミノタウロスの力の一端)
俺は軽く大斧を大蛇に向けて振り下ろした。すると斧から振り下ろされた黒い衝撃波が大蛇に向かって繰り出され、大蛇の肉体を真っ二つに切り裂いた。
大蛇は絶叫を上げながらこちらへにじり寄ってきた。
「遅い」
俺は大斧をレイピアでも振るうかのように、何度も降り回した。
その度に大蛇はバラバラになっていき、目の前に来る頃にはついに頭だけになっていた。
「終わりだ」
最後は純粋に大斧を叩きつけ、大蛇を一刀両断した。やがて大蛇は消滅し、残されたのは天球儀と3人の冒険者だけだった。
俺は最後の力を振り絞ってはしごを登り、天球儀にウルツァイト宝剣を突き刺した。
天球儀は結晶の花吹雪をあげて散り、ダンジョンは消滅した。
俺たちは気球にでも乗っているかのようにゆるやかに地面に向かって落ちていった。
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