第3話 冒険者ギルド

「ここが冒険者ギルドか……なんだか強そうな人がたくさんいるな」

中央には受付ホール、右壁には掲示板、左側は冒険者の憩いのスペースがある。どうやら簡単な食事もここで取れるらしい。

天井にはギルドの紋章がステンドグラスで描かれていた。いかにも人間の砦といった建物だ。

俺は受付ホールへ歩みを進めた。

「すみません、冒険者登録をしたいのですが」

「は~い! 新規ご登録者様ですね! ご案内いたします!」

活発な受付のお姉さんに促され、諸々の書類を記入していく。

背中からひそひそ声が聞こえてきた。

「おい……あいつ髪黒くね?」

「俺知ってるぜ、髪が黒いやつは魔法使えないんだってよ」

「えーかわいそう、いくら剣士と言っても身体強化魔法が使えないんじゃどうしようもないじゃん」

はあ……人が気持ちよく冒険者の第一歩目を踏み出そうとしているというのに、ここでも言われなきゃいけないのか……


「それでは、剣士の適性検査を行います!」

お姉さんに言われるままに、俺は裏庭で剣士の適性検査を受けることになった。体力、筋力は申し分ない。問題は……

「それでは最後の項目です。こちらの大岩を身体強化魔法を用いて斬って下さい!」

はい……? この大岩を剣で斬れと? そんなことが可能な人間がいるのだろうか。

「あの……すみません、身体強化魔法は使えないんです。」

受付のお姉さんは目を丸くしていた。

まあ、流石に魔王軍で使われている魔法をおいそれと披露する訳にもいかないし、ここは仕方ないだろう。

「そうですか……身体強化魔法を使われないとなると、冒険者としてクエストをこなすのはかなりリスクがありますが……本当によろしいですか?」

「はい、大丈夫です」

お姉さんは心配そうな面持ちで書類に何か書き始めた。

「では、フレネル様の等級はアプレンティス級からのスタートとなります。

「あの、アプレンティスって何ですか?」

受付のお姉さんは冒険者の等級表を見せてくれた。

「ギルドに登録される冒険者には、その能力、功績に応じてランクが付与されます。

ランクが高い程報酬も高く、また高難易度のクエストやダンジョン探索を受注できるようになるんですよ」

なるほど、初心者が高難易度のダンジョンに入らないための仕組みか。

「冒険者の等級は下から順に

アプレンティス→ノービス→ジャーニー→マスター→レジェンドの順で表されます。」

「ふむふむ」

「ほとんどの冒険者はアプレンティスからスタートしますよ。

「それで、どうされますか……? 登録されますか……?」

何も迷うことはない。こういうのは一歩ずつ登るのが楽しいんだ。

「わかりました。よろしくお願いします」

「ご登録ありがとうございます! 次は学科ですね」

……まだあるのか。


「え~であるからして、ダンジョンの歴史を紐解いていくと……」

俺はギルド内の学科教室でダンジョンの基礎知識をつける初心者講習を受けていた。

俺以外にも新米冒険者が何人かいるようだ。

先生役はいかにもな老魔法師である。

「まず、そもそもダンジョンとは何なのかという話じゃが、これは旧時代の遺跡。即ち科学文明時代の建物のことじゃ」

この辺りは本でも読んだことがあるな。

「元々我々人類は魔法ではなく、科学を信仰しておった。だが、科学文明は1万年前に魔法文明に取って代わられる形で姿を消した」

「どうして科学文明が滅びたのですか?」

前の席の方にいる新米冒険者が訪ねた。

「いい質問じゃな。単純に科学は魔法に比べてエネルギー効率が悪かったからじゃ」

老魔法使いはここが重要とばかりに身体を教壇に乗り上げて説明した。

「科学はそこにあるエネルギー以上の現象を引き起こすことはできない。エネルギー効率はどれだけ頑張っても1=1なのじゃ」

「それに対し魔法は、エネルギーを精霊界から持ってくることで無尽蔵にエネルギーを取り出すことができる。式で表すと1=Nじゃな。質量保存の法則は魔法には適用されないのじゃ」

大分話が脱線していないか?

「さて、ダンジョンについて話を戻そう」

「ダンジョンは、この世界の地面のはるか下にある科学文明時代の遺跡が空間魔法の暴走によって地表へ押し上げられることで生成される。建物の総称のことじゃ」

「この時、ダンジョン空間内の時間もある程度巻き戻ることにより、科学文明時代の遺物が回復したり、科学文明時代の動物も化石から復活するのじゃ」

「そして遺物と動物は無理やりこの世界の魔法に適合し、マジックアイテムなり魔物となる」

「例えばワシが首から下げている火炎耐性ブレスレットも、元はただのブレスレットだったんじゃよ」

つまりダンジョンは科学文明時代の遺跡を巡る冒険という訳だ。

「さて、地表から表出したダンジョンじゃが、無視することはできない」

老魔法使いは教室の片隅にある骨董品を取り出した。

「ダンジョンの最奥には、そのダンジョンの空間を支える天球儀が存在する。これはレプリカじゃがな」

「天球儀は周囲の魔力を吸収することで、空間内の魔力を強化していく。これによりマジックアイテムの質は上がり、魔物は強くなる。」

「そして天球儀は限界まで魔力を貯めこむと崩壊し、ダンジョンブレイクを引き起こすのじゃ」

──ダンジョンブレイク。ダンジョンそのものが消滅し、中にいた魔物が世の中に解き放たれる現象のことだ。ダンジョン外を放浪している魔物は全てダンジョンブレイクによって解き放たれた個体らしい。

「つまり冒険者の使命は、ダンジョンブレイクを引き起こす前に天球儀を破壊し、魔物が強力になる前にダンジョンを消滅させることなのじゃ」

老魔法使いは天球儀を強く握りしめて教壇の前に突き出した。

「ダンジョンブレイクを起こす前に破壊してしまえば、そのダンジョンは丸ごと消滅する。中にいる魔物も消滅するのじゃ」

少し離れて座っていた新米冒険者が手を挙げた。

「マジックアイテムもなくなっちゃうんですか?」

「ほっほっほっ。その辺りの心配は無用じゃ、冒険者が手に入れたと認識したマジックアイテムは無くならん。」

ものすごい都合がいいな。ありがたいけど。

「この辺りの理論を説明すると長くなるが、魔法が意思の力を必要とするように、マジックアイテムにも意思の力が作用するのじゃ。詳しいことは解明されとらんがな」

老魔法使いが魔法と意思の理論の説明を始めようとすると、教会の鐘が12時を告げた。

「おっと時間じゃな。もう少し話したかったが、これでワシの学科は終わり。」

そういってスタスタと教室から去っていった。

さて、午後からはいよいよ実戦だ。足手まといにならないように頑張るぞ。


新米冒険者の初めての実践は、ギルドのベテラン冒険者引率の元、難易度の低いダンジョンを攻略する形で行われる。俺が所属する班の引率冒険者は2人、新米冒険者は3人の5人パーティだ。今は顔合わせの最中である。

「引率のガリューンだ。俺は剣士で属性は火。ちなみに等級はジャーニーだ。よろしくな」

ガリューンさんはなめされた革の防具に片手剣と、素早く敵陣に切り込むタイプの剣士らしい。

「同じく引率のダリスだ。俺もクラス上は剣士だが、大盾を持っている冒険者はパラディンと呼ぶのが通例だぜ。ちなみにダリューンと同期だ。ま、俺がいりゃ死ぬことはねえから安心しろ。見りゃわかるだろうが属性は土だな。」

ダリスさんは全身を鎧で包んだ防御重視の装備をしている。後衛の盾となる役職だろう。

「んじゃ、そっちも自己紹介してくれ。」

紫色の帽子とローブに身を包んだ、水色のロングヘアの少女が口火を切った。

「初めまして、新人のアーテルです。水と風の魔法を使います。よろしくお願いします」

全員の間に驚きが走る。ダリスが口を開いた。

「ほう、ツーホルダーか、珍しいな。確か数万人に一人とか二人とかだろ。」

ガリューンも頷いている。

「そっちの大鎌の嬢ちゃんはどうだい。」

全員の視線がもう一人の少女に移った。茶色と赤色が混じったかなり黒髪に近い髪をしている。両手で大鎌を持っており、装備品の薄さから機動性で戦うタイプの剣士のようだ。ゴシックだが薄いコートが珍しい。

「名前はフィーレ。クラス上は剣士よ。使うのは大鎌だけどね」

なぜ大鎌なのか、皆がそのことを聞こうとした時、フィーレと名乗った少女は話を続けた。

「私もツーホルダーよ、属性は火と土。よろしくね」

またしても全員の間に驚きが走った。

「驚いたよ、まさか二人ともツーホルダーなんて、しかも片方は剣士か……」

「最近の若いのはどうなってるんだ……」

引率の二人が驚くということは、ツーホルダーという存在は相当珍しいものらしい。

この二人の後に紹介するの、嫌だなあ。

「黒髪の兄ちゃんはどうだ? いい剣持ってるらしいじゃねえか。しかも黒髪なんて珍しいな! まさか兄ちゃんもツーホルダーだったりするのか? わっはっはっ」

「ちょっとダリス」

ガリューンがダリスに察するよう目くばせした。

「なんだよ、なんかまずいこと言ったか?」

面倒なのでさっさと済ませてしまおう。

「俺はフレネルと言います。属性はありません。クラスは剣士です。」

今度は全員の間に沈黙が漂った。

「まあ、魔法が使えなくても、冒険者の仕事は薬草採取とかもあるから」

「そ、そうだぜ! それに、俺の後ろに隠れとけばなんの問題もねぇ。気にすんなよ」

気を遣われるのもこれはこれでつらいものがあるな。

アーテルと名乗った少女も乗っかっている。

「そ、そうですよ、本来パーティは4人で組むのが一般的なんですから、全然大丈夫ですよ」

フォローしてくれるのは嬉しいけど、俺は戦力に数えてないのね。

フィーレも口を開いた。

「別にいんじゃねーの、うちのじいちゃんもあんま魔法使えなかったけど、剣の腕はよかったし」

ぶっきらぼうな人かと思ったが、意外と優しい人なのだろうか。

「ま、いるだけタダだから、私の後ろにいときなよ。いざとなったら頼るからさ」

「は、ははは、よろしくお願いします」

まあ、この初心者講習は必ず受けなきゃいけないから仕方ない。魔王軍で使われている魔法をおいそれと披露する訳にもいかないし、ここはおとなしく皆の後ろについていよう。

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