第2話 術式

「ただいま……」

オーロを倒した俺は急に眠気に襲われ家路に着いた。

おじさんはまだ仕事場に出ているだろう。俺はおじさんのベッドに寝転び天井を眺めながら、今後のことについて考えていた。

──”暗黒魔法とその研究について”

黒歴史ノートかと思ったら本物の魔導書だった。このノートを書いたのは誰なんだろう。筆跡を見るに複写された物ではないことは確かだ。つまりこのノートは現状この1冊しかなく、公的な研究機関が書いたものではないことも明白だろう。

「著者名書いてないんだよな……」

俺は他のページもパラパラめくることにした。


──暗黒通常魔法 5級術式 ディ・ジルバレット

指先から自身の血液を弾丸にして飛ばすことができる。


──暗黒通常魔法 4級術式 ディ・ラブリュス・ヘルズスラッシュ

自身の前にミノタウロスの斧を出現させる。重さはその星の重力で100kg


「なんか……やたら術者に負担が掛かる魔法が多いな……」


俺は最後のページまで軽く読み進めることにした。

大抵こういう本は最後のページに著者のあとがきがあって、本の執筆意図とか、著者の近況がわかるものなのだ。


               未来の魔王様へ

”──グレイオス歴430年 

ある部族の儀式にて四属性の魔法体系から外れた術式を観察した。

以来私は既存の魔法体系に組み込まれていない。全く違う原理の魔法を研究することにした。

この本は先住民族が儀式に用いる民族魔法、アマチュア魔法使いが偶然生み出した禁術、カルト宗教が信者の血を流して作成した悪魔魔法などを体系化し、一般の魔法になぞらえて記述したものだ。

四属性魔法が精霊界からエネルギーを取り出す代物なのに対し、

暗黒魔法は、魔界という全く違う世界からエネルギーを取り出し、実現しているものである。

最もこの魔法を実現できるのは、今は亡き魔王の末裔か、その親族に限られるだろう。魔王の末裔であれば完全な黒髪、親族であれば少なからず黒い髪の形質が発現するはずである。私はこの本を未来の魔王様へ託すためタイムカプセルへ封印し、魔王城跡地へうずめることにする。願わくば、次世代は魔族が復権していることを願う。”

           第13代魔王軍四天王兼魔法研究者 フレイオス・ベックマン


「……………………ん?」

「なんだこれ」

ちょっと待て、情報量が多すぎて整理できないぞ。

グレイオス歴430年? 500年前の本じゃねーか!

そしてフレイオス・ベックマン。魔法を使う者なら知らない者はいない。歴代の四天王の中でも指折りの魔法使いで、ベックマンは歴代の魔王を除いて歴史上最も人類を殺した魔法使いと言われている。彼の魔法は既存の魔法体系に属さない術式もあったと言われていたが、まさか本当だったとは……

というか、俺は魔王の末裔なのか……? 俺が……?

「は、はは、まさかな……」

にわかには信じられなかった。だが少なくとも暗黒魔法に適正があるのは紛れもない事実のようだ。


しばらくボーっと天井のしみを眺めていたが、俺は決意した。

「……ベックマン」

「あんたが人類を殺しまくった魔法は、確かに受け取ったぜ」

俺は立ち上がった。

「あんたの魔法で、平和な世の中作ってやるよ」


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、」

その日から俺の地獄の鍛錬が始まった。理由は二つ。暗黒魔法術式5級と4級が……「使い物にならねぇええええええええええ!!」


──数時間前

「ディ・ジルバレット」

ディ・ジルバレットは指先から血液の弾丸を発射する魔法だ。

「痛ってええええええッ!!」

ジルバレットは指先の皮膚を貫いて弾丸を発射したのだ。おまけに自分の血を消耗するから、あまり数は撃てない。1発20mlだとしても、人体の構造的に精々20発だ。

「痛ぇけど、二発目からは余裕だろ」

「ジルバレット」

甘かった。

「痛ってええええええええええええッ!!」

一発目と違って二発目は怪我しているところに更に衝撃を加えるから、より痛い。傷口に塩を塗るようなものだ。

詠唱するまでめちゃくちゃ強い魔法だと思っていた。通常火炎魔法ならもっと高威力かつ数十発は連射できるぞ。


「もう一つのディ・ラブリュス・ヘルズスラッシュも使ってみるか」

「ディ・ラブリュス・ヘルズスラッシュ」

詠唱すると目の前に俺の身長と同じかそれ以上の禍々しい大斧が出現した。赤文字で何やら書かれている。

「えーっと何々、これは魔王軍で使われている暗号だな、ノートの付録に解読表がついていたはずだ」


──天に掲げよ、さすれば鬼神ミノタウロスの力の一端を借り受けるだろう。

「ええ……地面に突き刺さってるんですけど……ていうか100kgだよねこれ……」

「ふぬぬぬぬぬッッ!」

「はあ、はあ、だめだ、1mmも動かん……」


そして今に至り、俺は裏庭でおじさんが昔使っていたバーベル60kgでベンチプレスをしている。

「おお、フレネル、珍しく自分から励んでいるな」

「じいちゃん、傷は大丈夫だった?」

「ああ、なんともない。もうこの通りさ」

デンデおじさんは笑いながらマッスルポーズを決めていた。

「じいちゃん、俺男の喧嘩してきたよ」

デンデおじさんは目を丸くした。

「そうかそうか、強くなったな。わっはっは」

デンデおじさんはまた笑った。


その日の夕食時

「おじさん」

「なんだ? 改まって」

「俺さ、冒険者になりたいんだ。」

「なんじゃと!? 冒険者だと!?」

デンデおじさんの反応は最もだ。魔法が使えない人間が冒険者になるなんて正気の沙汰じゃない。反対されるのは覚悟していた。

「……どうしてもなりたいんだな?」

「……いいの?」

「いいも何も、フレネルの人生だ。野たれ死ぬ覚悟が出来ているなら、わしは止めんよ」

「本当? ありがとう!」

「そういえば、来月は16歳の誕生日だったな。フレネル、お前と過ごして丁度10年になるな」

「そうだね……」

「フレネル、魔法が使えなくとも、お前には立派な肉体と技と、

なにより清らかな心がある。きっとうまくやれるだろう」

ごめん、おじさん。本当は少し魔法も使えるようになったんだけど、

とても人に話せる程清らかな魔法じゃないんだ……

「よし、16歳の誕生日には冒険者ギルドへ行くといい。適性検査があるが、剣士かモンクなら魔法の試験はない。どちらかで登録するといいだろう。どっちにする?」

俺はもう決めている。

「当然、モンクだよな? なんてったってワシの弟……」

「剣士にするよ!」

「…………え?」


「なんで剣士なんじゃ!? 拳はどうした! 拳は!」

「いや、まあ確かにモンクの技は一通り覚えたけどさ……冷静に考えたら拳より剣の方が強くない?」

「グサッ……」

デンデおじさんはいかにも図星を突かれたような顔をしている。

「それにおじさんは土魔法で身体強化できるからいいけど、俺は生身で戦うんだ」

「…………そうじゃな、拘る必要はない。よし、それならこれから1ヵ月で剣技を教えてやろう。そっちも少しなら教えられるからな。」

「ありがとうおじさん! じゃあ明日からよろしくね!」

「おうよ、任せとけ若人!」


「左足かかと! 浮かせろと言っとるじゃろ!」

「モンクの時は右足だったのに……」

「それは拳のスタイルじゃ、剣は左足!」


「右手に力を込めすぎだ! 普段は添える程度、当てる時に込めるんじゃ!」

「両手で力込めた方が強いんじゃ……」

「あほう、ワシに一本でも打ち込んでから言え!」


昼は瞑想と座学で魔力の増強に努めた。当然魔力増強の訓練なんかしたことがなかったので、かなり遅れてのスタートだ。

夜はデンデおじさんに剣術をつけてもらい、ベンチプレスも続けた。なんだか今まで以上にトレーニングが厳しい。全く、これじゃ魔物にやられる前におじさんにやられちゃうよ。


──1ヵ月後

「フレネル、荷物は持ったか」

「うん、全部持ったよ」

「そうか……ちょうど10年だな」

「……長いようで短い時間だったね」

「ああ、お前と居れて楽しかった。頑張ってこい」

「ありがとう。デンデおじさん。俺立派な冒険者になるよ」

「……ちょっと待ってろ」

おじさんは納屋の方向に引き返していった。なんだろう。

「フレネル、餞別だ。」

「これは……!」

「ウルツァイト宝剣だ。俺が鍛えた。」

「そんな……ダイヤモンドより高いんじゃなかったの!?」

「はっはっはっ、伊達に節約しとらんわ」

「あとこれ」

なにこれ。黒い……ローブ……?

「お前の親父が使っていたローブだ。まあいわば形見だな」

形見って本人以外が言うんだ……

「結構上質なものだぞ。ある程度魔法に耐性をつけてくれる。

魔法が使えないなら装備で補うといい。人生の基本だぞ」

「わかった。ありがとう」

俺は早速羽織ることにした。黒髪、黒剣、黒ローブと黒だらけになったが背に腹は代えられない。

「じゃあおじさん! 本当に行ってくるよ!」

「新年祭には帰ってこいよー!」

「うん! 行ってきます!」


こうして俺は冒険者を目指し、故郷を離れた。

世界を平和にするには、まず自分の力を高めなければならない。

そのために冒険者になって、実践経験を積むんだ。

「よーし、まずは冒険者ギルドがある街、ハイネストを目指すぞ!」


「ジレンさーん!」

「おおフレネル、デンデから聞いたぞ。冒険者になるんだってな」

「はい! 本日はよろしくお願いいたします!」

「うんうん、ちょうどハイネストまでの護衛が必要だと思っていたんだ。ぜひうちの馬車に乗ってくれ」

「ありがとうございます! ぜひご一緒させてください!」

ちょうどジレンさんがハイネストまで行商に行くとのことなので、乗せてもらうことにした。


──数時間後

「ううっ……結構揺れるんですね……」

「そうか、乗るのは初めてか。まあすぐ慣れるさ、ほれ、ポーションでも飲んでおきなさい」

「でもこれ売り物なんじゃ……」

「いいっていいって、気にすることはない」

「では頂きます。……意外とおいしい。白糖が入っているんですね」

「最近は飲みやすいポーションを作る人が増えたからな。俺が冒険者やってた頃は白糖なんか入ってなかったぜ。」

俺たちは道中雑談にふけりながら悪路を進み続けた。そしてリノ砂丘に入った頃、事件は起こった。

「アオオオオオオオオオン!」

突然、オオカミの遠吠えが轟いた。それを皮切りに、丘の裏側から、

炎のたてがみを持つオオカミ。ファイアーウルフの群れが現れたのだ。

「なっ!? なぜこんなところにファイアーウルフが!?」

リノ砂丘には普段魔物の類は生息していない。だからこそわざわざ熱い砂丘を通っているのに、魔物が出てくるとは踏んだり蹴ったりだ。

「1、2、3、合計8体ですね……」

「フレネル君、馬車の中で構えていなさい。私が戦おう」

「そんな! 無茶ですよ」

「ななななななーに、わわわわわわっわしが若い頃は、ファイッヤァーウフルのいっいっ体や二体」

「震えてるじゃないですか!」

「フレネル、言っちゃ悪いがあの数は駆け出しの冒険者には無理だ。ファイアーウルフ8体は数年修行を積んだ冒険者一行でやっと戦闘になる程の強さだ。君が勝てる相手じゃない」

そうこう言っている間にも、ファイアーウルフの群れはゆっくりとこちらへ近づいてくる。

「ジレンさん、俺は大丈夫です。任せて下さい」

俺は勢いに任せて馬車を飛び出した。

「あ、コラ! 無茶するんじゃない! 戻りなさい!」


──怖い。初めての実践だ。しかもスライムやゴブリンじゃない。動物として格上の相手だ。でも俺はこんなところで立ち止まる訳にはいかない……!

ファイアーウルフ達は様子を伺うように近づいてくる。

……恐らく省略術式では威力不足だ。

「ディ・ジルバレットッ!」

俺は群れの中で一番近い一体にジルバレットを放った。

血の弾丸は見事眉間に命中し、1体目の撃破に成功した。

勝利の感触を握りしめている暇はない。残りのファイアーウルフが一斉にこちらへ向かってくる。

「ディ・ジルバレット・バルカン!」

俺は10本の指先全てから血の弾丸を発射した。これはジルバレットを俺なりに改造した魔法だ。狙いをつけるのは厳しいが、弾幕を張ることができる。7体中3体に命中した。胴体に穴が開いたファイアーウルフは地面にうずくまっている。

「フレネル君! まだ来るぞ!」

「はい!」

とはいえこれ以上ジルバレットを使うのは危険だ。既に220mlの出血をしている。

ファイアーウルフはついに目下7メートルのところまで来た。

「グラド」

ファイアーウルフ4体が眼前に迫った時、グラドを詠唱した。

「チェンジザグラビティ:10G!」

10倍の重力空間ではファイアーウルフ達は立ち上がることができない。

「ごめんね、君たちの命、頂くよ」

俺は黒剣を抜き、ファイアーウルフ達にとどめを刺した。


「いや~助かったよ、まさかフレネル君が魔法を使えたなんてね」

「は、はは」

致し方なかったとはいえ、派手にやってしまった。

「あ、あの、俺の魔法のことはどうか内密に」

「ん? ああもちろん! 何か事情があるんだろう。誰にも言わないから安心しなさい」

人情派な人でよかった。

まあ、ジレンさんも助けられたし、結果よければなんとやらだろう。

「おっ、そろそろハイネストが見えてきたぞ!」

「うわぁあああ、大きい街ですね!」

「そうだろうそうだろう、周りの村々からはみんなこの街まで上京するからな。」


「っと、じゃあおじさんは行商に行ってくるから、ここでお別れだな」

「冒険者ギルドは反対方向だから」

「はい! ありがとうございました!」

「いやいや、こちらこそだよ、おっとそうだった。」

ジレンさんは懐からコイン袋を取り出した。

「これ、護衛の報酬ね。色付けといたから」

ずっしりと重い。

「いいんですかこんなに?」

「なーに、命の恩人に渡すには安すぎる位さ。無理せず気楽にやりなよ。冒険者がダメならうちで働くといい。」

「はい! 何から何までありがとうございます!」


俺とジレンさんは拳と拳を交わして別れた。

今、俺の前には夢にまで見た冒険者ギルドの看板が掛かっている。

いよいよ冒険者としての人生が幕を開けるんだ。

高鳴る鼓動を抑えながら、俺は一歩ずつ歩みを進めた。

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