木の刃の森

 俺は動かない腕をぶらぶらさせながら、屋敷の出口へ向かう。最初に入った屋敷を思い浮かべたせいで、異様に長い廊下となってしまったがここまでくれば奴らもそう簡単には追いつけないだろう。それに扉ももう目に前だ。


 そうして走っているとだんだんと周囲の温度が上がっているのに気がつく、浅くなる息にヒリつく肌。まるでサウナに入っているかのようだ。


 俺はまさかと思い後ろを振り向くとそこには、口から火を吐きながら走っている。俺は慌てて前の扉へ再度走ると、傷ついた腕などににせず扉へ体当たりをした。


"いってぇ......"


 悶絶するほどの痛みに耐えながら、俺は急いで館を離れる。そして後ろを振り返ると、化け物にとって小さすぎる玄関からは、幾多の目だけが覗き込んでいた。恨みの籠もったその鋭い視線と、俺の周りに吹く涼やかな風に俺は身震いをし、急いでその館をあとにした。



 一体ど程の道のりをくらい歩いたか。砂浜を超え森に差し掛かったあたりで、俺はちょうどいい丸太へ腰を下ろした。


"くそ、一体どうなってるんだ? ここは極楽のはずなのに、まるでこれじゃあ地獄じゃねえか"


 俺は悪態をつきながら近くの小さな石を拾い上げると茂みに投げつけた。するとその茂みから、聞き覚えのある女の悲鳴が聞こえてきた。


 俺は反射的に体を後方へ動かしてしまい、バランスを崩してマルタの後ろへと倒れてしまった。だがすぐさま起き上がり、さっき声が聞こえた方向を凝視する。


 するとそこから服を着ていないあの女たちの一人が、茂みの中から泣いて姿を表す。俺は女の姿を視認すると一目散に逃げようとするが、女が俺を泣きながらその鈴の様に美しい声で呼び止める。


"クソッなんでお前がここに居るんだ!? さっき屋敷に置き去りにしたというのに!!"


「お願い逃げないで!! 私は貴方を害そうとしていません。ただ貴方を救いたかっただけ!!」


 俺は足を止め女の方へ振り向くと、女の身体に刻まれた数々の切り傷に目が留まる。


"それはアイツラにやられたのか?"


 俺はいつでも逃げれるように準備をしながら、女へ冷静に質問をする。すると女は静かに頷いた。


「私はあなたを愛したいだけ。お願いこちらに来て私と逃げましょう!!」


 女は傷だらけの腕をコチラに伸ばすと、涙ながらに訴えかけてくる。


 俺はそんな鈴声の女の姿に見覚えがあった。


"また俺をあの時みたいに騙そうってんだろ!? そうは問屋がおろさないぞ!!"


「お願いです!! 信じて!!」


 俺は女の静止を振り切って、森の奥へ逃げようとする。すると女は金切り声を上げながら、俺に向かってあたりの草木を投げつけてくる。


「なんで私をあの時のように愛さないんだ!! そんな貴様なんか死んでしまえ!!」


 泣き叫ぶ鈴声の女が投げた木の枝の一部が、俺の首をかすめた。すると俺の首元で嫌な感触が発生する。


 俺は首元に手を当てると、ぬるりとした生暖かい液体が手のひらを伝って腕を流れ落ちる。一度手を離し掌に溜まった赤い液体を視認すると、体中の血の気が引く感覚に襲われる。


 それだけではない。そんな突然の怪我に動揺していると、今度は肩辺りにナイフで刺されたような痛みが襲う。


 確認するとそこには、自らの血液で赤く染まった木の葉が突き刺さっていた。理由のわからない状況に混乱する俺は、一度首の出血部だけ手で強く圧迫すると急いで隠れる場所を探し始めた。


"まずいまずい。どこか、隠れる場所は無いのか!?"


俺は辺りのあぜ道を進もうと手を伸ばすが、皮膚を裂く痛みに腕を引き戻した。


"クソッここもダメなのか!! 一体どこに逃げれば......"


 そこまで言うと俺の頭の中に、あの女たちが言っていたある場所が浮かぶ。


"花畑。そうだ、あの花畑に行こう。あの奥の平原、あいつ等は頑なにあそこへ近づくのを拒んでいた"


 きっとあの先には俺に行ってほしくないなにかがあるはず。そう思った俺は痛む手を擦りながら、花畑がある方向へ歩き出す。


 あたりには涼やかな風が俺の心中を表すかの様、穏やかに吹いていた。

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