牛頭、多瞳、焔口
“うわあああぁぁああ!?”
俺は情けない声を発しながら部屋の扉に向かって走る。そして扉を開けたところで、廊下の奥から女達が俺の部屋へ歩いてくるのが見える。この屋敷を出るには玄関から出るしかない。
しかしその玄関を通るにはあの化け物と、あの女達を避けていかなければならない。
俺は一度扉を閉める。すると俺が飛ばされて空いた壁の穴から、化物の手が少しだけ見える。その手の大きさたるや人間小物とは比べ物にならず、爪はまるで猛獣を思わせるほど鋭くなっていた。
化け物はその怪力で、バリバリッと壁を少しずつ剥がしている。そして後ろの扉からは、女達が扉を強く叩く音が聞こえてくる。
“ヤバいっヤバいっ!? どうする。どうすれば逃げれる!!”
俺は必死になって部屋に何かないかを探すが、この部屋にはタンスとベドしか置いていない。設置された窓は外が見えず、開けることもできない。
「なぜ逃げる!! ここは貴様の創ったゴクラクだろう!!」
もはや人間とは思えない地響きの様な叫び声に、俺は焦燥感に駆られる。だが俺はそこで、あることを思いつき一度目を閉じて深呼吸をした。
“落ち着け、落ち着け”
そう、落ち着くんだ。ここは俺の思い通りに内装を変えれる。俺が逃げれる様に屋敷内を変えてやればいい。そうだ。俺が初めてこの屋敷に来た時の様に、道も部屋も全てぐちゃぐちゃにしてしまえば良いんだ。
まずは俺は目を閉じたまま、まずは部屋の傷を修復する。そうして俺は頭の中に壁が直るイメージを浮かべると、たった今まで部屋に響いていた激しい破壊音が鳴り止んだ。
目を開けると先ほどまで空いていた穴が完全に塞がっており、扉を叩く音も聞こえなくなる。
“よしっ。よしよし!!”
俺は小さくガッツポーズをすると、後ろを振り返り部屋の扉を恐る恐るあける。そして扉の隙間から外を確認すると、歪に曲がりくねった廊下が目に入った。
“音は聞こえないな。出るか...?”
俺は扉をゆっくり開けると、辺りを警戒しながら静かに廊下へ出た。音は何も聞こえない。
逃げるなら今だ。そう思い俺は音を立てない様に、静かに玄関へ向かう。俺がイメージした通りなら、初めてあの部屋に案内された通りに進めば、この屋敷の玄関に辿り着けるはず。
“ああ、くそ!!”
俺が視線を向けた先には、あの化け物がその沢山ある瞳でこちらを睨んでいた。
さっきは化け物の姿を見る事はできなかったが、こうしてみると本当にこの世の者とは思えない異形の姿をしている。
8つの牛頭に4本の角。かぎ爪の様な牙が見え隠れしている口からは火が漏れている。まさにそれは地獄の様な化け物であった。
俺は無我夢中になって屋敷を走る。それに反応した化け物は鈍い動きで俺の後を追ってくる。動きは決して早くはない。だがその巨体と、障害物を者ともしない怪力で一直線に俺を追いかけてくる。
俺は廊下にある壺や小物などを床に落としながら逃げ回るが、化け物はその破片を全く気にする様子も無く踏みつける。
“クソックソ!! 変われ変われ変われ!!”
俺は走りながら屋敷の内装が変わる様に祈る。しかし集中できないこの状況では、上手く変えることができず、壁紙がごちゃ混ぜになってしまう程度で終わってしまう。
“あぁ......はぁっ、はあぁ”
息も絶え絶えになって玄関に向かうが、とうとう俺は化け物に捕まってしまう。
「$#*#^€?€\{>^%!!」
化物の声は既に人間お言葉すら発することはなく、音質の悪いラジオの様な音を垂れ流しているだけになっていた。
“ア゛ア゛グ゛ア゛ウ゛ゥ゛ア゛ぁ゛ぁ゛”
痛い!!痛い!!痛み!! 化け物に握られた俺の体から軋む音が聞こえる。
俺は涙で歪んだ視界を閉じ、女達に助けを乞う。
“お願いだ!! 謝るから助けてくれぇ!!”
俺の叫びに呼応したのか、視界の端に女達が映る。
“おい!! 頼むから助けてくれぇ!!”
俺は再度、女達に助けを乞うが......女達はただ微笑むばかりで俺を助けようとする気配を見せない。そして俺が助けを乞うている間にも、俺の体がどんどん握りつぶされてゆく。
既に俺の腕は折れてしまい、指の力は入らない。俺は最後の頼みとばかりに目をギュッと閉じた。すると......
「$#*#^€?€\{>^%(!?」
「きゃー!?」
「ぎゃー!?」
俺たちの上から大量の熱湯が降り注ぎ、化け物と女達がその熱湯でのたうち回った。
“最初に聞いたのを思い出したんだ。ここには2階にも風呂場があることを......とびっきり熱いのを用意してやったぞクソッタレ!!”
俺は未だのたうち回る化け物と女達に唾を吐くと、間をすり抜け玄関へと走っていった。
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