脱却を夢見て

 俺は今、初めて目覚めた浜辺でビーチチェアに寝転びながら、全く波が立っていない海を眺めていた。


 あの日から、かなりの時間が経過した。一年か二年か、もしかしたらもっと経っているかもしれない。ここにきて穏やかな日々がずっと続いている為か1日の......1日と言っても太陽が沈まないので正確な事はわからないが、とにかく1日の体感時間が酷く緩やかになっている様に感じる。


 もちろんだからと言って、実際に何か不都合があるわけではない。わけではないが、少し退屈さを覚え始めている。変わり映えしない景色、味わい尽くした料理、見慣れた裸体、もうこれらの娯楽では頭の中を埋め尽くしている、この渇きを満たすことが出来なくなっていた。


“新たな趣味を見つけなければ......でなければ”


 きっと俺は狂ってしまう。


 俺はビーチチェアを降りて立ち上がると、住み慣れてしまった屋敷に向かった。屋敷にはいつもの様に18人の美女達が、微笑みを浮かべて佇んでいる。飽きが来てからというもの俺は、こいつらと必要最低限しか関係を持たない様にしていた。


 理由は自分でもわからない。こいつらを見ていると言い知れない不安が、俺の心を支配するのだ。


“俺はこいつらを怖がっているのか......?”


 俺の呟きが聞こえているはずのこいつらは、一切の反応する素振りも見せない。その見た目の美しさから、俺の目にはもうこいつら人形にしか見えなくなっていた。


 俺は屋敷の玄関を潜ると目を瞑り、いくつかの工具を創造した。それから俺は海へと戻りある物の作成を始めた。


 そのある物とは手製のボートだ。俺はずっと穏やかな世界にはうんざりとしていた。永遠とも思える、この退屈な世界を俺は逃げ出したかった。


 それからと言うもの俺は森に生えている木を使って船の作成に試行錯誤した。その中でボート作成とは全く関係のない、この世界についていくつか判明した。


 それは、この世界では食事は必要がないと言うことと、怪我などしてもすぐに治ると言うこと。ここでは怪我をする様なものは殆どなく、危ない場所に近づくと何処からともなくあいつらがやって来ては、こう言いながら俺を止めるんだ。


(貴様あなたさまそこから先は危険です。お戻りになってください)


 俺が何をするにもあいつらは、俺の心を見透かしているかの様に先回りして行動していた。初めあいつらと会った時は、さっき会った時の様にただその場に佇むだけの人形みたいな存在であった。


 だが初めて花畑を案内されたあの日......いや正確にはあの花畑の奥に見える平原に興味を持ってからと言うもの、あいつらは俺が花畑や何かしらの危険な場所に近づくと先回りして止めに来るようになった。


“ああクソ。やっぱ慣れないことをするもんじゃないな。いてぇ......”


 考え事をしながら作業をしていたせいか俺は、釘と間違えて自らの指を叩いてしまった。指先を見ると爪がすぐに赤く腫れ始める。


 しかしジワジワ広がる痛みを感じるや否や、俺の周りに涼やかな風が俺を包み込み、それと同時に指の痛みが引いていく。そして誤って叩いた指を改めて見ると、既に腫れは引いて痛みも無くなっていた。


“ここは本当に便利だな”


 俺は手を握ったり開いたりを繰り返して、異常がないかを確かめるとまた作業を再開した。


 そしてまたしばらくの時が経ち、やっと1個目のボートが完成した。俺は初めて作ったボートを遠巻きに眺めていると、満足感が俺の中に溢れてていることに気がつく。


“やはり新しい事は素晴らしいな。まあ、これで海を泳ぐなんて夢のまた夢だろうが”


 そう呟くと俺は出来損ないのボートを引きずって、波が一切立っていない海にボートを流した。しかしボートは浮かぶどころか、海につけただけで水が浸水しはじめ、数分とせずに海底に沈んでしまった。


“まあ、最初にしては上出来か”


 俺はここにきて久しく忘れていた充実した感覚に、ついつい頬の筋肉が緩んでしまった。

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