懐かしい料理
俺の横で息も絶え絶えに倒れている二人を横目に、俺は美しい花畑をただジーッと眺めていた。この畑を見ていると穏やかな気分になるが、それと同時にあの奥に見える平野への好奇心も増大していく。
女はあの奥に行くなと言っていたが、そう言われると行くたくなるのが人間というもの。俺は一度立ち上がり背を伸ばすと、周囲に響くほど大きな腹の虫が鳴いた。
“死んだ後も腹が減るんだな“
そんな事を考え二人の方を向くと、先ほどまで裸で倒れていた二人は既に、いつもの衣装を身にまとい何事もなかったかの様に佇んでいた。
”お腹が空いたんだが、ここには食べ物は無いのか?”
「もちろんありますよ。ではお屋敷に戻りましょう。馳走をご用意いたします」
そう言うと来た時と同じ様に、豪華絢爛な女が先導し屋敷に向かって歩き出した。
“なあ、ここは時間が止まっているのか?”
「どうしてそう思うのですか?」
幼顔の女が俺の疑問に質問で返してきた。
“ここに来てからずっと思ってたんだ。あの太陽......あの太陽は俺が初めて目覚めた時に俺の頭上で輝いていた。そして今も、屋敷をたってから時間が経っていると言うのに、全く同じ位置で動いていない”
まさか初めて目覚めた時から、24時間も眠っていたとも考えられないしな。そうなるとここに来てから夜は訪れず、ずっとあの太陽が同じ位置で輝き続けていることになる。
「少しだけ違います。ここでは時間が止まっているのではなく、とても緩やかに時間が進んでいるんです。それこそ動いていない様に感じるほど」
時間の進みが遅くなっているか。時間が遅いからと言って不都合があるわけでもないから、あまり気にする様なことでもないのかもしれ無いが、どうも時間の感覚が狂ってしまう。
”なるほどな。まあ、時間のことはなんとなくわかったよ。わざわざ止めてすまなかった“
「いいえ、とんでもございません」
豪華絢爛な女が手で口元を隠してクスクスと笑うと、また屋敷に向かって歩き出した。その後ろ姿を眺めていると、幼顔の女が背後から抱き体を押して来る。
そうして俺たちはここまでの道のりを、辿る様に静かに歩いて戻った。
◇
屋敷へ戻り扉を開けるとそこから、なんとも懐かしい匂いがして来る。この和風料理特有の甘くて香ばしい匂いは.....
”肉じゃが......?“
「はい、その通りです。
確かに肉じゃがは好きだが、なぜその事を知っているんだ? ここに来てからまるで俺の頭を覗かれている様な、なんとも言えない不気味な感覚がある。
料理の準備だってそうだ。俺が腹が減ったことはこいつらは知らないはずなのに。まるで最初からそうする事を知っていたかの様に......
”もう食事は用意できてるのか?”
俺は二人にそう聞くとキッチンがある扉から、別の女がお盆を持って出てきた。
「
そういうと女はリビングがある扉の中へ入っていった。俺は近くにいた二人の女に視線を向けると、豪華絢爛な女が俺の手を引いて、リビングまで歩き出す。
「さあ、行きましょう。ご飯が出来てますよ」
(ご飯が出来てるよ)
女の言葉が生前の祖母の姿にかぶる。
「ああ、わかったよ」
そうして俺はリビングへ向かって足を進め、扉を開け放ち中を確認する。そこには祖母がよく作ってくれた肉じゃがや唐揚げ、栗きんとんなど懐かしい料理がテーブルいっぱいに置かれていた。
その光景を見た瞬間、俺の腹の虫が大きく鳴った。流石に人前で大きく音を鳴らしてしまった恥ずかしさえゆえに、俺は照れ隠しで頭を掻きながらテーブルの前に座った。
それを確認すると一緒にいた女達は部屋を退出し、部屋は俺一人だけとなった。
“いただきます”
俺は手を合わせながら小さく呟くと、目の前に広がる懐かしい料理に涙した。
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