懐かしい料理

 俺の横で息も絶え絶えに倒れている二人を横目に、俺は美しい花畑をただジーッと眺めていた。この畑を見ていると穏やかな気分になるが、それと同時にあの奥に見える平野への好奇心も増大していく。


 女はあの奥に行くなと言っていたが、そう言われると行くたくなるのが人間というもの。俺は一度立ち上がり背を伸ばすと、周囲に響くほど大きな腹の虫が鳴いた。


“死んだ後も腹が減るんだな“


 そんな事を考え二人の方を向くと、先ほどまで裸で倒れていた二人は既に、いつもの衣装を身にまとい何事もなかったかの様に佇んでいた。


”お腹が空いたんだが、ここには食べ物は無いのか?”


「もちろんありますよ。ではお屋敷に戻りましょう。馳走をご用意いたします」


 そう言うと来た時と同じ様に、豪華絢爛な女が先導し屋敷に向かって歩き出した。


“なあ、ここは時間が止まっているのか?”


「どうしてそう思うのですか?」


 幼顔の女が俺の疑問に質問で返してきた。


“ここに来てからずっと思ってたんだ。あの太陽......あの太陽は俺が初めて目覚めた時に俺の頭上で輝いていた。そして今も、屋敷をたってから時間が経っていると言うのに、全く同じ位置で動いていない”


 まさか初めて目覚めた時から、24時間も眠っていたとも考えられないしな。そうなるとここに来てから夜は訪れず、ずっとあの太陽が同じ位置で輝き続けていることになる。


「少しだけ違います。ここでは時間が止まっているのではなく、とても緩やかに時間が進んでいるんです。それこそ動いていない様に感じるほど」


 時間の進みが遅くなっているか。時間が遅いからと言って不都合があるわけでもないから、あまり気にする様なことでもないのかもしれ無いが、どうも時間の感覚が狂ってしまう。


”なるほどな。まあ、時間のことはなんとなくわかったよ。わざわざ止めてすまなかった“


「いいえ、とんでもございません」


 豪華絢爛な女が手で口元を隠してクスクスと笑うと、また屋敷に向かって歩き出した。その後ろ姿を眺めていると、幼顔の女が背後から抱き体を押して来る。


 そうして俺たちはここまでの道のりを、辿る様に静かに歩いて戻った。



 屋敷へ戻り扉を開けるとそこから、なんとも懐かしい匂いがして来る。この和風料理特有の甘くて香ばしい匂いは.....


”肉じゃが......?“


「はい、その通りです。貴様あなたさまが好きそうなご料理は一通りご用意しております」


 確かに肉じゃがは好きだが、なぜその事を知っているんだ? ここに来てからまるで俺の頭を覗かれている様な、なんとも言えない不気味な感覚がある。


 料理の準備だってそうだ。俺が腹が減ったことはこいつらは知らないはずなのに。まるで最初からそうする事を知っていたかの様に......


”もう食事は用意できてるのか?”


 俺は二人にそう聞くとキッチンがある扉から、別の女がお盆を持って出てきた。


貴様あなたさまおかえりなさいませ。準備はもうできております。ささどうぞ、リビングまでおいで下さい」


 そういうと女はリビングがある扉の中へ入っていった。俺は近くにいた二人の女に視線を向けると、豪華絢爛な女が俺の手を引いて、リビングまで歩き出す。


「さあ、行きましょう。ご飯が出来てますよ」


(ご飯が出来てるよ)


 女の言葉が生前の祖母の姿にかぶる。


「ああ、わかったよ」


 そうして俺はリビングへ向かって足を進め、扉を開け放ち中を確認する。そこには祖母がよく作ってくれた肉じゃがや唐揚げ、栗きんとんなど懐かしい料理がテーブルいっぱいに置かれていた。


 その光景を見た瞬間、俺の腹の虫が大きく鳴った。流石に人前で大きく音を鳴らしてしまった恥ずかしさえゆえに、俺は照れ隠しで頭を掻きながらテーブルの前に座った。


 それを確認すると一緒にいた女達は部屋を退出し、部屋は俺一人だけとなった。


“いただきます”


 俺は手を合わせながら小さく呟くと、目の前に広がる懐かしい料理に涙した。


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