姉ちゃんとのある日常④-2

1

「それじゃ、まずバス停に行こう」


玄関を出たところで麦わら帽子をかぶった姉ちゃんがそう言って笑った。夏が少しずつ終わりに近づいているとはいえ、外はまだ陽射しは強くて暑かった。


「ああ、ごめん。俺、遊園地の行き方調べてないんだけど……」


「大丈夫。私が調べたから」


姉ちゃんがスマホを持って得意気に言う。


「そっか。それじゃ悪いけど道案内よろしくね」


「うん。任せて」


姉ちゃんに手を差しだされて、その手を握った。そのまま歩いて俺たちはバス停へと向かった。



2

15分バスに乗って駅前のバス停で降り、そこから駅まで歩いて電車に乗った。電車で席に座ることができた俺たちはガタゴト揺られながら窓の景色を眺めて平和な世間話をした。20分ほど乗っていると遠くに大きな観覧車が見えてきた。もうすぐ遊園地に着くと分かって、不思議とわくわくした。


「懐かしいね」


と姉ちゃんが言った。


「懐かしい?」


と俺は聞いた。


「昔、家族四人で遊園地に行ったの覚えてない?」


「……あったね。そんなこと」


姉ちゃんに言われて、俺の頭の中に昔遊んだ遊園地の景色が急に浮かんだ。確か俺が小学一年生で姉ちゃんが中学一年生の頃の話だ。お父さんと今のお母さんが再婚してから、初めて行った遠くの場所が遊園地だった。あの時食べたソフトクリームはすごくおいしかったし、ジェットコースターに乗ったのもあの時が初めてでとても楽しかった。家族の中にまだ少しぎこちない雰囲気はあったけど、四人で過ごしたあの時間は新鮮で心地よくて、今思い出すと少しだけ胸が切なくなった。


「あの頃は楽しかったなー」


と言って、姉ちゃんがえへへと笑った。それじゃ、まるで今が楽しくないみたいに聞こえるよってツッコもうとしたけど、結局俺はツッコまずに黙っていた。


……そういえば、結局姉ちゃんが何を悩んでいるのかわからずじまいだ。姉ちゃん自身もよくわかっていないと言っていたし、わかったところで俺なんかじゃ全く力になれないのかもしれないけど、それでもやっぱり気になった。外出する場所で真っ先に遊園地を選んだのは、姉ちゃんの悩みと何か関係しているんだろうか。


「……」


「どうしたの?ユウタ」


俺が考えこんでいると、姉ちゃんがきょとんとした顔で俺の顔を見た。俺もその顔をじっと見つめた。


「……いや、何でもない」


もうしつこく質問しないと言ってしまった手前、姉ちゃんには質問しづらい。かといって自分で考えてみても、姉ちゃんが何を悩んでいるのかはさっぱりわからなかった。



「やっと着いたー」


遊園地のゲートまでたどり着くと姉ちゃんは少し疲れたようにため息をついた。姉ちゃんは人混みが苦手で、満員電車とか大きなショッピングモールとかに行くとすぐに酔ってしまう。きっと今も遊園地が思いのほか人が多くて、かなり気力を消耗しているはずだ。


「ゲートをくぐったら、風当たりの良い場所でちょっと休憩しようか」


と俺が言うと、


「うん。そうしてくれると助かる」


と言って姉ちゃんは額の汗をぬぐった。


 俺たちはゲートの前に並んだ。すでにたくさんの家族連れやカップルが並んでいて、みんな何やら楽しそうに会話をしていた。二十分くらい待ち続けてやっとゲートをくぐれた。

 

 遊園地の中に入ると、大観覧車やジェットコースター、メリーゴーランド、空中ブランコなどのアトラクションが目に入った。すぐ近くでバルーンをたくさん持ったピエロがアイスクリームを子供に渡している。平和な景色だなと俺は思った。


 俺は姉ちゃんと手をつないでしばらく歩いた後、日陰のベンチを見つけてそこに座って涼んだ。次から次へと流れていく子供連れの家族を見て、


「遊園地ってこんなに人が多いものだっけ?」


と姉ちゃんが言った。俺は今日が八月三十一日だったことを思い出して、


「多分、夏休み最後の日だからじゃないかな」


と言った。


「そっか。みんな、夏の最後の思い出を作りに来てるんだね。それなら納得」


そう言うと姉ちゃんは立ち上がって


「ちょっとトイレ行ってくるね」


と言った。うん、了解、と俺が返事すると姉ちゃんはすぐそこにある公衆トイレに入っていった。



 姉ちゃんがトイレに行った後も、俺は一人でぼーっと広場を行きかう人たちを眺めていた。しばらく眺めていると、広場の真ん中に蝉の死骸が一つ転がっていることに気がついた。この人混みだと、そのうち踏みつぶされてしまうだろうと予想して、俺はベンチから立ってその蝉の死骸へ近づいていった。踏みつぶされる前に救助してあげようと思ったのだ。すぐ目の前まで来て、しゃがもうとした時だった。


「……あ」


その蝉の死骸は道行く人にあっけなく踏みつぶされてしまった。そして、ぺしゃんこに踏みつぶされた蝉の死骸をまた誰かが気づかずに踏んだ。蝉の死骸はもう原形をとどめていなかった。


「……」


俺はまたベンチに戻って座った。今度は蝉の死骸を見つけないように空をぼーっと眺めた。青空は綺麗だったが心にこびりついた不快感はなかなか消えなかった。最初から空だけ見ていればよかったと俺はちょっと後悔した。



トイレから戻ってきた姉ちゃんが


「だいぶ、気持ち悪いのなくなってきたー」


と言うので、俺たちはとりあえずお昼ご飯を食べることにした。メリーゴーランドがある広場を抜けて、芝生が植えられている公園のようなエリアまで歩くと、そこにレストランがあったので俺たちはそこに入った。


店はなかなか込んでいたが、待たされることなく席に着くことができた。渡されたメニューを見て、


「俺はミートソーススパゲッティにする」


と言うと、


「あ、いいなー。私もそれにする」


と姉ちゃんが言った。そしてウェイターにミートソーススパゲッティを2つ頼んだ。10分もせずに料理はテーブルに置かれた。


「はい、粉チーズ」


と言って姉ちゃんに粉チーズを渡す。


「あ、ありがとう。気が利くね」


と言って姉ちゃんは粉チーズの容器の蓋を開けて、スパゲッティに振りかける。俺はタバスコを開けて自分のスパゲッティにかけた。


「これ食べたら、どこに行く?」


粉チーズを振りながら姉ちゃんが聞いた。


「遊園地って言ったらやっぱりジェットコースターかなぁ」


タバスコを振りながら俺は答えた。


「ここの遊園地のジェットコースターけっこう怖そうだよね。楽しみ」


「姉ちゃんは怖い乗り物得意なんだっけ?」


「うーんと、よく覚えてないかも。辛くなったらユウタの手を握るから大丈夫」


「……まあ、それで大丈夫になるなら別にいいけど」


というか、姉ちゃんのことだから怖い怖くないに限らずアトラクションに乗ったら手をつないでくると思っていた。


「……ねえ、ユウタ。さっきから通り過ぎる人たちがみんな私たちを変な目で見ていくんだけど、何で?」


姉ちゃんが深刻な顔で聞いてくる。


「多分、それのせいじゃないかな」


俺は姉ちゃんの粉チーズで真っ白になったスパゲッティを指さした。こんなにかけているのに未だに粉チーズを振る手は止まっていない。俺はもう見慣れているけれど、初めて見る人はびっくりだろう。


「そういうことかー」


と姉ちゃんは言った。


「……もしかしたら、俺の方を見られている可能性もあるけど」


と俺は付け足した。タバスコをかける手を止めて、自分のタバスコまみれになったスパゲッティを見た。この光景も姉ちゃんは当たり前のように受け入れているけど、初めて見る人からしたらびっくりだろうな、と俺は思った。


いただきますをして、タバスコまみれのスパゲッティと粉チーズまみれのスパゲッティをお互いおいしく平らげて、俺と姉ちゃんはレストランを出た。



ジェット―コースターはレストランのすぐ近くにあって、並んでいる人も少なかった。たった今ジェットコースターがレールの頂上から急降下していき、乗っていた人達の断末魔のような悲鳴が聞こえた。俺は後ろにいた姉ちゃんの方を見て、


「よし、乗ろっか」


と言った。姉ちゃんはびくっと体をこわばらせて、


「そ、そうだね」


と言った。様子が明らかにおかしかったので


「……姉ちゃん、もしかして怖いの?」


と聞くと姉ちゃんは俺から目をそらした。どうやら怖いらしい。


「どうする?やめとく?」


と俺が聞くと、姉ちゃんはう~んと本当に苦しそうな声を出して悩みだした。数分、真剣に悩んだ末に姉ちゃんは


「怖いけど乗る。本当に怖いかどうかは乗ってみないとわからないし」


と言った。確かにそうだな、と俺は思った。


「うん。とりあえず乗ってみよう」


と俺が笑いかけると、姉ちゃんは安心したように微笑んで繋いでいた俺の手をさらにぎゅっと握りしめた。



「た、楽しかった……」


ジェットコースターから降りると、姉ちゃんが目をキラキラ輝かせながら言った。


「ね!ユウタ、すっごい楽しかったね!」


と姉ちゃんが満面の笑みでこっちを見た。


「……」


ジェットコースターが思いのほか怖くて、ゴリゴリに精神を削られていた俺は何も言うことができなかった。ジェットコースターがこんなに怖いとは思っていなかった。なんか、乗る前にあんなに余裕ぶっていた自分が恥ずかしくなってくる。

下を向いていると、姉ちゃんが俺の顔を覗き込んできた。


「……あれ?ユウタ、ちょっとふけた?」


「いや、ふけてないし!」


と言いつつ自分の顔を両手で触った。心なしか、確かにげっそりしているような気がする。そんな俺の姿を見て、姉ちゃんが笑った。


「あははは。ユウタ、そんなに怖かったの?」


その顔がびっくりするくらい無邪気だったので、俺はいろんなことを忘れて見入ってしまった。


「う、うん。正直ちょっと……、いや、かなり怖かった」


「そっか。それじゃ次はもうちょっと平和な乗り物に乗ろう」


姉ちゃんが上機嫌に言った。


「え、いいの?怖そうな乗り物、他にもたくさんあるけど」


「ユウタのげっそりした顔が見れたから私は満足かな」


「何その発言……。でも、正直助かる。ありがとう」


と言って俺と姉ちゃんは笑った。



結局それからはコーヒーカップとか、ゴーカートとかあまり怖くないアトラクションに乗ったり、行く先々にある売店を見て回ったりして時間を過ごした。


売店を出て、しばらく外を歩いていると


「あ、あそこでソフトクリーム売ってる。行こう」


と姉ちゃんがソフトクリームのキッチンカーを指さして、繋いでいた俺の手を引っ張った。


「こんにちはー。ソフトクリームいかがですかー」


近くまで行くとキッチンカーの中にいるおじさんが笑顔で言った。おじさんは俺と姉ちゃんを見て


「お、もしかしてカップル?今、カップル割引やっててお得だよー」


と言う。


「いえいえ、兄妹ですよー」


と姉ちゃんが笑顔で言うと、


「え?」


と言っておじさんは俺と姉ちゃんの繋いでいる手と俺たちの顔を二度見した。そして


「あ、あははは。そっかー仲がいいんだねー。おじさんてっきりカップルかと思っちゃったよー。変なこと言ってごめんね」


と言った。

あ、これは引かれてるな、と俺は思った。俺と姉ちゃんはこんな感じで距離感が近いから、昔から気味悪がる人はそれなりにいた。だから、今さらそれで傷つくこともないけれど……。俺はちらっと姉ちゃんを見た。

(姉ちゃんはこういうのどう思ってるんだろう……)

おじさんと会話している間、終始姉ちゃんはニコニコしていて、何を考えているのか俺には上手く読み取ることができなかった。



「はい、ソフトクリーム」


姉ちゃんから二本持っているソフトクリームのうちの一つを差し出されて、俺は受け取った。二人で歩きながらソフトクリームを食べる。姉ちゃんがえへへと笑う。


「聞いた?『カップルかと思っちゃったよー』だって」


てっきり姉ちゃんは傷ついているのかと思っていたので、俺はその発言を聞いた時に拍子抜けした。姉ちゃんはおじさんが引いていたことに気付いていなかったようだ。


「カップルだと思われるのが嬉しいの?」


と俺は聞いた。


「うん。嬉しいよ。だってそれだけ仲良しに見えるってことでしょ?」


と姉ちゃんは言った。そっか。そういう考え方もできるか。と俺は思った。姉ちゃんが俺の数歩前を歩く。


「私、ユウタ以外の人と仲良くできたことないし。だから誰かと仲良しだって思われるのは新鮮で嬉しいよ」


と姉ちゃんは言った。



10

気づいたら空は茜色になっていて、時刻は17時を回っていた。ここの遊園地の閉園時間は18時なので、遊べるとしてもあと1時間しかない。


「早いねー」


と姉ちゃんが少し寂しそうに言った。


「姉ちゃんは何かやり残してることない?」


「んー。ひとしきりやりたいことはやったと思うけど……」


と言いながら姉ちゃんが考え込んでいると、横からきゃーというたくさんの叫び声が聞こえてきて、姉ちゃんは声がする方を見た。そこにはフリーフォールがあった。


「……」


姉ちゃんが口を開けてじっとフリーフォールを見つめている。もしかしたら、乗りたいのかもしれない。なかなか言い出さないのは俺がさっきジェットコースターで怖がってしまったからだろう。


「乗ってきたら?」


と俺は言った。


「え?でも……」


と言って姉ちゃんは俺の顔を見た。


「俺はあのベンチで休憩してるから」


すぐそこにあるベンチを指さして言った。


「……うん。ちょっと行ってくる」


と言って姉ちゃんは俺に手を振ってフリーフォールの乗り場の方へと走っていった。俺はベンチに座って、行列に並ぶ姉ちゃんの姿を眺めた。

(だいぶ、元気になったよな)

と俺は思った。いつの間にか、ミンミンゼミやアブラゼミの声は消えていて、代わりにヒグラシがそこかしこで鳴いている。


(私ね、自分でも何を悩んでいるのかよくわからないの)

ふと今朝の姉ちゃんの言葉を思い出した。で、姉ちゃんは今日一日でそのよくわからない悩みを解決できたんだろうか?なんとなくだけど、そういうわけではないような気がした。むしろ、解決しないままその悩みを一生心の奥に閉じ込めようとしているんではないだろうか。もしそうだとしたら本当にそれでいいのだろうか?


ふいに姉ちゃんがこっちに振り向き手を振ってきた。俺は手を振り返す。遠目からでも姉ちゃんがニコニコしているのがわかった。


(まあ、でも悩みなんてそんなものかもな)

と俺は思った。悩みがあっても、ゲームをしたり、本を読んだりで誤魔化しつづけて。みんなだってきっとそうやって生きている。……そんなもんだよな。


フリーフォールから帰ってきた姉ちゃんは


「もうやり残したことはないかも」


と満足げな顔で言った。スマホで時間を確認すると時刻は17時30分だった。


「最後に観覧車乗ろうよ」


と俺は言った。


「あ、いいね。行こう行こう」


と姉ちゃんは言った。



11

「……あ」


観覧車を目指している途中で、俺はまたメリーゴーランドの広場に蝉の死骸を発見した。


「ごめん。姉ちゃん、ちょっと待ってて」


と言うと、俺は大急ぎで走って、蝉の死骸に近づいていった。今度はちゃんと踏まれる前に手に取ることができた。俺はほっとしてその蝉の死骸を遊園地の敷地の端っこまで持っていって土に埋めた。


「ふぅー」


と自分の額の汗をぬぐっていると、後ろからゆっくり姉ちゃんが抱きついてきた。俺はなされるがまま抱きしめられていた。


「何やってるの?ユウタ」


と姉ちゃんは言った。


「蝉の墓を作ってた」


「どうして、作ろうと思ったの?」


「わからないけど、作らなきゃいけない気がして……」


昼に踏みつぶされた蝉を見てしまったから、罪悪感があったのかもしれない。こんなことしたって何も償いにはならないけれど。


「そっか。ユウタは優しいね」


ふふふ、と俺の後ろで姉ちゃんは嬉しそうに笑った。



12

一度手を洗ったあと、俺と姉ちゃんは2、3分歩いて、観覧車にたどり着いた。閉園時間が迫っていたからか、人が全然並んでいなくて、俺たちはすぐに観覧車に乗ることができた。


従業員が扉を閉めて、ゆっくりとゴンドラが動いていく。どんどん目線が上がっていき、いつの間にか遠くの街なみや、その先の地平線まで眺めることができるようになっていた。


「観覧車ってこんな遠くまで見れるようになるんだね」


と姉ちゃんは言った。


「乗って正解だったね」


と俺が言うと、


「うん。そうだね」


と姉ちゃんは言葉少なに言った。夕日が沈んでいく。ゴンドラの中は少しずつ薄暗くなっていく。


「さっき、蝉の死骸を見て思い出したんだけどね」


と景色を眺めながら姉ちゃんは言った。


「結構前にね、職場の近くの公園で清掃員のおばちゃんが何の迷いもなく蝉の死骸をつまんで、可燃ごみの袋に投げ捨てるところを見たよ。私、それを見た時、すごいやるせない気持ちになっちゃった」


俺は、うん、と相槌を打って話を聞いていた。


「あ、別に清掃のおばちゃんを批判したいわけじゃないよ?私はむしろ、そのおばちゃんに親近感を持っていたから」


「親近感?」


と俺は聞いた。


「うん。きっとね、清掃のおばちゃんも最初は蝉の死骸を捨てることに少しは心を痛めていたと思うの。けれど、毎日公園の清掃をしているうちに少しずつ、少しずつ何も感じなくなっていったんだと思う。……でも、しょうがないよね。清掃のおばちゃんは清掃しなきゃいけないところが毎日たくさんあって、清掃するたびに蝉の死骸はたくさん出てくるだろうから。死骸を捨てたときにいちいち心を痛めてたらやってられないもんね」


……私も、早くそうならないとね。と言って姉ちゃんは笑った。


「ユウタ、今日はありがとね。遊園地すごい楽しかった。まるで子供の頃に戻ったみたいだった」


「……うん」


姉ちゃんがまたゴンドラの景色を眺めた。外はさらに暗くなっていて、遠くが少し見づらかった。


「……あーあ。明日、仕事に行きたくないなー」


ぼそっと姉ちゃんは言った。しばらく間を置いてから鼻をすする音が聞こえてきて、びっくりして俺は姉ちゃんの方を見た。姉ちゃんは泣いていた。俺は急な出来事にただ慌てることしかできなかった。何か言ってあげなきゃ、何か言ってあげなきゃと思いながら必死で言葉を考えていると、ゴンドラがゴトンと揺れて扉が開いた。


「ね、姉ちゃん。とりあえず外に出よう」


と言って俺は姉ちゃんの手を取った。



13

ゴンドラの外に出てからも姉ちゃんは泣き止まないので俺は姉ちゃんの手を引いて、遊園地の出口のゲートまで歩いていった。


「……姉ちゃん。もし、そんなに仕事に行くのが辛いならさ、誰かと結婚して、専業主婦になるとかどう?」


と俺は聞いた。姉ちゃんは涙を自分の片腕でごしごしと拭いて、


「無理だよ。私、恋愛とかよくわからないし、結婚なんてできる気しないよ」


と言った。


「……まあ、もし俺が社会人になっても姉ちゃんが結婚してなかったら、俺が養ってあげてもいいし」


と言うと、姉ちゃんが笑った。


「あはは、それ、ユウタに何もメリットないじゃん」


「メリットならあるよ。仕事終わりに毎日姉ちゃんとゲームができる」


俺は冗談っぽく笑いながらそう言った。


「……」


けれど、姉ちゃんはまったく笑わず無言になってしまった。何か間違えたか?と思い慌てて俺は、


「も、もし本当の本当に辛いってことだったら、一回仕事を辞めちゃうのもありだと思うよ。お父さんもお母さんも責めたりしないと思う」


と言った。姉ちゃんは首を振って


「ううん。大丈夫。なんだか、頑張れる気がしてきた。ありがとう。ユウタ」


と穏やかな声で言った。



14

家に帰り、夕食を食べてお風呂に入るともう時刻は22時を回っていた。俺も姉ちゃんも明日は早いし、今日はたくさん遊んで疲れていたので、もう寝ようかという話になった。


「それじゃ、おやすみ」


と言って俺が自分の部屋に入ろうとすると、


「ユウタ、ちょっと待って」


と言って姉ちゃんが俺に近づいてきた。姉ちゃんが俺の顔に触れた瞬間、あ、キスされると俺は思った。目を閉じると、案の定姉ちゃんは俺にキスをした。1秒、2秒、3秒、4秒、5秒……。俺はとっさに姉ちゃんから顔を離した。


「ちょ、ちょっと、長いよ。息できないって」


と俺は言った。


「ご、ごめん」


と姉ちゃんが少し傷ついた顔で言った。その顔を見ていてなぜか申し訳ない気持ちになった俺は


「いや、こっちこそごめん。別に嫌だったわけではないから」


と謝った。今のキスのせいで心臓がとても速くなっていて、頭がふらふらした。


「うん、わかった」


俺の言葉を聞いて姉ちゃんは嬉しそうにうなずいた。


「ユウタ」


「何?」


「明日は、ゲームしようね」


姉ちゃんは優しい顔で言った。


「うん」


俺は自然と微笑んでいた。


「それじゃ、おやすみ」


「おやすみ」


俺と姉ちゃんはそれぞれ自分の部屋に入っていった。

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