姉ちゃんとのある日常②-1

「Vtuberになりたいなあ」


いつものように夜に姉ちゃんとゲームをしていたら、姉ちゃんが唐突に言った。


「姉ちゃん、Vtuberとか見るんだ」


「最近、昼休みとか暇な時間に見てる。ユウタも見る?」


「うん。俺も家に帰ってきて、やることがないときとか見るよ」


「おもしろいよね」


「うん。……姉ちゃん、Vtuberになりたいの?」


姉ちゃんはゲーム画面から目を離して、俺を見た。


「だってVtuberになったら、ゲームしてお金を稼げるでしょ?夢みたいじゃない?」


目を離している隙に姉ちゃんの操作しているキャラが敵に殺された。そこで対戦が終了し、俺たちのチームは負けてしまった。あちゃーと姉ちゃんが言って頭を掻く。飽きてしまったのか、ゲーム機をテーブルに置いて、ソファの背もたれに寄りかかりこっちを見た。


「それに、外出も早起きもしなくて良さそう。……本当に目指してみようかな」


「……姉ちゃんがVtuberか」


俺は実際に配信している姿を想像した。姉ちゃんは確かに声が綺麗だと思うし、話し方もおっとりしてて聞き心地はいい。……頑張ればなれるのかもしれない。


「でも、あの3Dのキャラクターってどうやって手に入れるんだろうね」


と聞くと、姉ちゃんもうーんと唸った。


「調べてみるかな」


姉ちゃんがポケットからスマホを出して、何やら検索し始めた。俺も顔を近づけてスマホを覗く。ふむふむ。どうやらソフトやアプリを使って自分で作るか、プロの人に代わりに作ってもらう必要があるようだ。


「自分で作るのは私にはちょっと無理かなあ」


と姉ちゃんが独り言を言う。


「でも、プロの人に作ってもらうのってすごいお金かかりそう……。あ、十五万くらいかかるって書いてあるよ。たっか」


「まあ、出せなくはないかな」


「え!」


と言って姉ちゃんの方を見ると、姉ちゃんは少し得意気な顔をしていた。社会人になって四か月。考えてみたら姉ちゃんはどこにも遊びに行ったりしてないし、既に結構お金が貯まっているのかもしれない。


「社会人ってやっぱりすげー」


と言うと、姉ちゃんはえへへ~と笑った。


「あとVtuberを始めるのに必要なことって何があるんだろ~」


機嫌良さそうに姉ちゃんは画面をスクロールする。


「……人気とか?」


と俺が言うと、動きがピタっと止まった。こっちを向いて


「人気ってどうやったら出るの?」


と聞いてくる。


「何で俺に聞くの?」


「だってユウタは友達いっぱいいるし……」


私と違って、あはは。と姉ちゃんが笑った。

俺はそれを笑わなかった。


姉ちゃんは中学生の頃にクラスの女子にいじめられていたという過去がある。お母さんの話だと、男子人気が高かった姉ちゃんをクラスの女子たちが僻んでいじめていたらしい。姉ちゃんはその時のことが相当ショックだったようで、それから女子にも男子にも近づかなくなった。目が隠れるくらい前髪を伸ばして、あまり目立つような行動はしないようにして、教室の隅で別に好きでもない本を読んで中学時代を乗り切ったらしい。姉ちゃんはその時のトラウマを乗り越えることなく高校も大学もほとんど一人で過ごして社会人になった。今でもよく一人の方が楽だとか、誰とも会いたくないとか言うけど、本当にそれが本心なのかはわからない。


「……人気がどうやったら出るか、ネットで検索してみようよ」


数秒考えたあと、あえて友達の話題を遠ざけるように俺は言った。


「あ、そっか」


と言って姉ちゃんはまたスマホをいじり始めた。


「えーと、トークスキルが必要だって。いきなり難易度高い……」


と言って姉ちゃんがうなだれる。俺もスマホ画面を覗く。


「低クオリティ動画じゃダメ、自由に好きなことやっているだけじゃ伸びない、海外ユーザーを狙う……。なるほど」


当たり前だけど、チャンネル登録者が多いVtuberはこういうのちゃんと意識して配信してるんだろう。何というか、夢のような職業の裏側を見せられたような気分だ。


「海外ユーザーを狙うって、つまり英語とか話さなきゃいけないってことかな」


と姉ちゃんが聞いてくる。


「多分、そういうことじゃないかな」


「うへー」


と言って姉ちゃんが嫌そうな顔をする。


「あと、他のVtuberとコラボする、だって」


「……それも私には難しそう。やっぱりVtuberになるのはそんな簡単な話じゃなないんだね。わかってたけどさ」


やーめた!と言って姉ちゃんは大きく伸びをする。


「今日も楽しかったー。そろそろ寝よっかな。ユウタはまだ起きてる?」


「いや、俺も寝ようかな」


「うんわかった。それじゃおやすみ」


姉ちゃんは目を細めて眠そうに笑うと、そのまま自分の部屋へ入っていった。

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